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天才アイルトン・セナの裏側 2

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  ■ 驚異のオープニングラップ 話を93年に進めましょう。この前年までホンダエンジンを使用していたマクラーレンはホンダエンジンを失うばかりか、ワークスエンジン供給の契約をまとめられず、この年はフォードのカスタマーエンジン(※)を使用してマシンを走らせることになった。 ワークスエンジンを失ったマクラーレンに対して、セナは契約をしようとはしなかったが、期待したウィリアムズへの移籍もかなわずこの年、セナは1GP毎に契約するという変則的な形でマクラーレンをドライブすることになった。 そして、迎えた第三戦 ヨーロッパGP。スタート前から雨が路面を濡らし、スタート時に雨は上がったが全車レインタイヤでのレースとなった。予選4番手からのスタートしたセナはスタートに失敗。5番手で第一コーナーへ向かう。 そして、そこから前代未聞のシーンが展開された。二つ目のコーナーでシューマッハーをパスすると、次のコーナーでベンドリンガーをアウトから追い抜き、続いてヒルもオーバーテイク。ヘアピンでプロストをパスするとセナはなんと、1週目を1位で通過。 その後も天候の変化に悩まされるプロストをしりめにトップでチェッカー受けたセナ。 この年、最終的にプロストが7勝をあげ、順当にチャンピオンになったが、誰もが圧倒的に不利なマシンに乗りながら5勝をあげランキング2位になったセナを褒め称えた。 ■逆境こそチャンス 私がこの84年と93年が印象深いのは、それがセナにとって逆境であったからだと思います。人間、順調にいっているときはなにをやってもうまくいきます。ミスをしても勝てます。 しかし、逆境に陥ると、本当のその人の姿が見えてくるのです。勝てない、苦しい。その中で真の人間性が表れます。そしてその逆境を乗り越えることにより、また一歩成長します。そう言う意味で私はこの2年を本当のセナの姿を見られた貴重な期間だったと考えるのです。 人生は生きる時間の長さが大事なのではありません。いかに生きたか、どのような人間になりたかったか。それに向かって進んで行くことこそが重要なのではないでしょうか。そして、セナこそは全力で自分の目標に向かって、進んでいたからこそ、これほどの共感を得ることが出来たのだと思います。 ■ 天才とは 私は天才と言う言葉が嫌いです。天才という言葉には産まれ持った才能だけで事を成し遂げると言う意味が込められているように感じられます。天才に対して努力は意味のないことと思われて嫌いなのです。 天才の定義を産まれ持った才能を、最大限の努力をして花開かせた人と定義するのならば、セナは紛れもない天才だと思います。彼がF1に傾けるその情熱はブラウン管を通してでも、我々に訴えかけるものがありました。 セナは亡くなりましたが、我々が彼のことを忘れない限り、我々の心の中に生き続けることでしょう。 ※ 用語解説 プライベートエンジン:メーカーからの技術的、資金的援助を受けないで開発したエンジン。当然、ワークスエンジンよりは性能的に劣る場合が多い。 カスタマーエンジン:供給はメーカーからされるがワークスエンジンより性能的に少し劣るエンジン。現在はメーカーと同じエンジンが供給されることが多い。 ※このコラムは2004年5月にメルマガ「F1 HYPER NEWS」に掲載したものを、加筆訂正して掲載しました。

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