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2009 Rd.16 ブラジルGP観戦記

▽荒れたレースの裏側 非常におもしろいレースとなったブラジルGPだったが、そこには現在のレギュレーションが大きく関係している。 現在のルールでは、予選から決勝までセットアップの変更が基本的に許されない。 天候が変わった場合は、フロントウィングやブレーキダクト、ラジエータダクトの微調整が許されているが、基本的には予選、決勝は同じセットアップでのぞむ必要がある。 だから今回のように、予選が雨の場合、翌日の天候を睨みながらセットアップを決定していかなければならない。 今回予選で日曜日は晴れになると予想してマシンをセットアップしてきたのは、わかっている範囲では、バトン、クビサ、ハミルトン、そしてウェバーとベッテルのレッドブルの二台だった。 ドライ用のセットアップは、ダウンフォースを減らし気味にし、ウェット用はダウンフォースを増やしてくる。 雨の予選ではダウンフォースがある方がいいが、決勝が晴れるとダウンフォースがあるとトップスピードが伸びずに、インテルラゴスのような直線区間の長いコースだと、タイムが伸びないし、抜かれる可能性も高くなる。 かといって、雨の中をダウンフォースを減らして走るのも、かなり難しい。 少しのミスが即、スピンアウトにつながり、最悪の場合、クラッシュへと至る。 いつでもどこでも、スピンするF1マシンを操るドライバーにとっては、うれしくないセッティングだ。 その為、雨の中でドライ用のセッティングをするのは、ドライバーの覚悟とテクニックが必要になってくる。 予選、特にQ1とQ2前半は雨が強くて、コース上の至る所でアクアプレーニング現象が起きていた。 アクアプレーニングとは、タイヤ表面と路面の間に水の膜ができ、まったくグリップしない現象である。 スリックタイヤは溝がないので、雨が降り路面に水がたまると、水の逃げ場がないため、すぐにアクアプレーニング現象が発生する。 レインタイヤは溝が掘ってあるので、路面上の水はその溝に逃げて、タイヤ表面と路面の間には水の膜ができない設計となっている。 だがタイヤの溝と深さには限界がある。 その溝の太さと深さの合計値以上の雨が降り、大量の水が路面にたまると、タイヤの溝に逃げ切れない水が出てきて、レインタイヤでもアクアプレーニング現象に見舞われる。 アクアプレーニング現象が起こるとドライバーは何もできることはない。 ただ、グリップが回復してくれることを願うだけである。 こうなっては、予選アタックとは呼べない。 ドライバーはコース上に残るためだけの、ドライビングを強いられた。 ライコネン曰く、予選はくじ引きとなったのだ。 ▽チャンピオンへの道 そんな厳しい条件の中で始まったブラジルGPは、バトンにとって非常に難しいレースになった。 アップダウンが激しい今シーズンを象徴するようなレース。 大雨の降る中、Q2へ進出したバトンだが、タイヤ温度が上昇しないバトンはまったくグリップが得られず、14位で予選を終える。 ライバルのバリチェロはポール・ポジションからのスタートである。 バトンの心境は穏やかではなく、彼は土曜日の夜を苦悩しながら過ごした。 これがチャンピオン獲得へのプレッシャーである。 だがバトンは日曜日、一転して幸運に見舞われた。 天気が晴れて気温が上がったのだ。 これでタイヤ温度が上昇したバトンは、守りにはいることなく、攻撃的なレースを披露した。 だがポール・ポジションのバリチェロははるかさに先。 今回は、とてもチャンピオンを決められるとは思えなかった。 レース前は、いかに縮められるポイント差を少なくするかが、このレースのポイントと思われた。 その為には、バトンは前に行くしかない。 だが更なる幸運がオープニングラップで訪れる。 ライコネンがフロントウィングを破損してピットイン。 そして、上位を走るスーティル、ツゥルーリ、アロンソがそろってリタイヤ。 1周目終了時には早くも9位へ進出。 しかもSCがピットに戻った6周目にグロージャン、7周目に中嶋一貴を続けてオーバーテイクして7位になり、ポイント圏内に入ってきた。 リスクを恐れず積極的にいくバトンのドライビングだった。 だが、ここでバトンに難敵が表れる。 ブラジルでF1デビューを飾ったトヨタの小林可夢偉だ。 彼の話題はのちほど詳しく述べるが、ここでバトンは可夢偉に18周も付き合わされた。 だがこの間にもバトンは激しく可夢偉を攻め立てた。 きわどい場面もあったが二人ともマシンをよくコントロールした、いいバトルだった。 最もバトンからすれば、チャンピオン争いをしているドライバーに、ど新人が勝負を挑むのであるから危なくてしょうがないと、感じていただろう。 バトンは25周目、可夢偉を三度目のアタックで抜き去る。 そして、そのまま6位をキープして終盤を迎える。 この時点でバリチェロは3位で、ベッテル5位なので、このままでバトンのチャンピオンが決まる状況。 しかしながら、バトンはそれまでと変わらず1分14秒台半ばのラップを続ける。 マシンのバランスが良かったのだろう。 最終的にバリチェロはハミルトンと接触し、後退して8位でフィニッシュ。 バトンは自分自身初のワールド・チャンピオンを決めた。 積極的に攻め続けた、素晴らしいチャンピオンらしい走りだった。 ▽雨に嫌われたベッテル ベッテルもまた雨の予選に泣かされた。 大雨の中でのQ1は、とてもF1が走ることのできるコンディションではなかった。 とても予選”アタック”と呼べる走りは無理だった。 彼らはただ、F1マシンをドライブしていただけである。 各ドライバーの証言によると、コース上のあらゆるところでアクアプレーニング現象が起きていて、まっすぐ走らせることも困難な状況だった。 Q2ではリウィツィがストレートでスピンしクラッシュする有様で、他のドライバーもストレートですら、エンジンを全開にできていなかった。 もちろんコンディションは、全てのドライバーに公平である。 だが、このような状況はドライバーの実力が発揮できるコンディションではなく、危険ですらあった。 そういう状況であったが、それでもベッテルは予選上位を目指し、走らなければならない。 だがレッドブルがそれをサポートしきれなかった。 インテルラゴスの低速区間セクター2では事実上追い抜きができない。 だから、予選アタック中も前にマシンがいないことが、良いタイムを出す条件となる。 そのギャップを見つけるのは、ピットのチームの仕事である。 特にQ1は4.3Kmの短いコース上に20台のマシンが走り続けるという状況で、スペースを探し出すのが非常に難しかった。 前とのクルマとの空間を作るために、ペースを落とすとタイヤの温度が下がり、次のラップのタイムアタックが難しくなる。 そう考えるとレース・エンジニアは数周先のことを考えて、ドライバーに指示を出す必要がある。 ここにレース・エンジニアの経験や能力が如実に表れる。 今シーズン、ここまでブラウンGPに匹敵する速さを持つベッテルとレッドブルであるが、その部分ではまだまだトップチームには及ばない。 その為今シーズン、予選や決勝レースの作戦で最適の作戦をとることができずに、ポジションを失うことも多かった。 そして、ここブラジルGPで勝たなければならない、彼のレースはQ1で終わった。 それでも、決勝が雨になれば勝てる可能性はあったのだが、晴れのレースになり万事休す。 チャンピオンの夢は来年に持ち越しとなった。 ドライのレースで15番手からのスタートから4位入賞は素晴らしい成績である。 速さは十分にあっただけに、予選での失敗が悔やまれる。 一方、勝ったウェバーは難しいQ1を突破した後は、雨が弱まったQ3で二番手に付けた。 レッドブルのマシンは、ウィングを軽くしても、マシンのアンダーボディで稼ぐダウンフォースが強めであることに加えて、タイヤの発熱性が良いことから、雨の予選でも力を見せ、ウェットよりのセットアップにしていたバリチェロを最初のストップでかわすと、後は悠々とトップでチェッカーを受け、今シーズンの二勝目を飾った。 ▽速さを見せつけた ハミルトン ブラジルGP前には、ハミルトンが優勝するのではないかと考えていた。 チャンピオン争いに絡まないハミルトンは、思い切った作戦をとることができる。さらに、長い直線部分と低速区間に分けられるこのサーキットは、マクラーレンには合っていた。 ところが、ハミルトンも雨の予選に足下をすくわれた。 なんとコバライネン17位、ハミルトン18位とマクラーレンの二台は共にQ1落ち。 昨年、雨のモンツァでの予選失敗を思い起こさせた。 だが、晴れの決勝レースではその速さを見せつけてくれた。 なんとハミルトンは17位スタートから、3位表彰台まで上昇した。 好成績の原因はオープニングラップでのピットインにある。 スーティル、ツゥルーリ、アロンソの多重クラッシュにより、SCが入るとチームは、即座にハミルトンとコバライネンをピットに呼び戻している。 ソフト側のタイヤでスタートしていたハミルトンはここで、燃料を補給しハードタイヤに履き替える。 これでタイヤ使用の義務を果たすことに成功。 残りのレースを実質ワンストップ、ハードタイヤで走ることが可能になった。 今回ワンストップ作戦をとるチームが少なかったのは、ソフトタイヤでのロングランに不安があったのが大きい理由だ。 金曜、土曜と雨が降り、路面にラバーがのらなかったのもソフトタイヤには厳しかった。 このマクラーレンの作戦とパワーのあるメルセデス・ベンツのエンジンと低速区間で速いマシンに、昨年のチャンピオン ハミルトンの力で彼らは17番手から3位にまで登り詰めた。 ハミルトンもまた予選順位がよければ勝てる可能性があった。 このレースを見ているとやはりマクラーレンが持つ組織力は、F1の中でもトップであることを強く印象づけられた。 ▽ 小林可夢偉 F1デビュー ワールドチャンピオンを目指すジェンソン・バトンの前に立ちふさがった可夢偉。 堂々とした走りは、とてもデビューレースとは思えなかった。 一時は6位を走行し入賞圏内に位置していたが、全体のペースは伸びず、最後は9位でフィニッシュ。 しかし、今年のテスト禁止の中で、シーズン途中でデビューした新人の中では最も印象深いドライバーになったことは間違いがない。 日本人ドライバーであることを除外しても、素晴らしいドライビングだったと思う。 あの難しい雨の予選で、Q2で脱落したものの11位スタート。 ルーキードライバーとしては上出来である。 決勝レースを考えると燃料搭載量を、自由に決められる11位は10位よりも優位である。 何より素晴らしかったのは、彼がチャンピオンを争うバトンを相手にしても、ひるむことなく戦い続けたことである。 相手はチャンピオン争いをするベテランドライバー。 こちらは、これがデビューレースとなる、ルーキー。 しかも相手の方が1秒ほど速い。 となると普通は、バトンを先に行かせた方が、いいと思うだろう。 バトルをしてバトンと接触でもしたら、ペナルティは避けられない。 だが、可夢偉は決して逃げなかった。 彼は相手が誰でも臆することなく戦い続けた。 そのメンタリティが素晴らしい。 たった一人で戦うF1の世界では、コース上で味方はいない。 チームメイトといっても、コース上では一人のライバルである。 そう言う厳しい世界で生き残っていくには、相手が誰であろうと戦う気持ちがなければやっていけない。 これは速さやテクニック以前の問題である。 その強い気持ちがあって初めてF1レーサーとなれる。 可夢偉は日本人に欠けていた、その強い気持ちを持っていることを証明した。 だから結果は9位でも、棚ぼたで入賞するよりもはるかに、素晴らしい結果だと思う。 そして、その強い気持ちも素晴らしいのだが、それ以上に素晴らしかったのは彼が、マシンをコントロールできていたことだ。 インテルラゴスの1コーナーは急激に下っていて、リアの荷重が抜けるので、とてもドライビングが難しい。 そこで二度もバトンのアタックを退けた。 しかも、サイド・バイ・サイドでのバトルだ。 ほんの少しバランスを崩しただけで、バトンと接触しかねない。 そこでバトンに対して一歩も引かずに、マシンをコントロールする能力はただ者ではない。 第二スティント以降は、タイムが安定していなかったことは少し不安材料だ。 だが彼はこれが最初のF1レースであり、このマシンとスリックタイヤで長距離走ることが始めてであったこと考えると、仕方がないと思う。 彼はトヨタに欠けていたレーシング・スピリットを持っている。 願わくばもう一度、彼にチャンスがあることを望みたい。

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