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奇跡ではないレッドブルの勝利 70周年記念GP観戦記1

 
今シーズン、メルセデスが全勝しても不思議ではないと思われていましたが、レッドブル・ホンダのフェルスタッペンがついに今シーズン初勝利を上げました。しかしポールからスタートし1位と2位を独占していたメルセデスは勝利へ一直線に見えました。彼らに何が起こったのでしょうか。振り返ってみましょう。
 
▽事件は予選から始まっていた
フェルスタッペンの勝利の予感は予選から始まっていました。予選と言ってもQ3ではなく、Q2からです。皆さんもご存じの通り予選トップ10の選手はQ2で履いたタイヤでスタートしなければなりません。なのでタイヤに厳しいサーキットではQ2をミディアムタイヤで走るドライバーはこれまでにもいました。今回、ピレリは先週行われたイギリスGPよりひとつずつ軟らかいタイヤを持ち込んでいます。つまり先週のミディアムタイヤは今週のハードに、先週のソフトタイヤが、今週はミディアムになっています。
 
普通シルバーストーンはタイヤに厳しいサーキットなので、その年の最もかたいタイヤ3種類を持ち込むことが多く、先週もそうでした。それにも関わらず早めのセーフティカー導入とその後の長い第2スティントの影響もありハードタイヤは最後に限界を超えてしまいました。となるとこのレースでは先週以上にタイヤが厳しくなることは明白でした。だからメルセデスはミディアムタイヤを履いてQ2をアタックしました。そしてここまでは想定内でした。
 
ところがフェルスタッペンはなんとハードを履いてQ2をアタックしました。これはかなりのギャンブルです。ソフトタイヤよりハードタイヤは1秒近く遅く、いくら競争力の高いレッドブルといえどもハードを履いてQ2を突破するのはかなり難しい仕事でした。実際、フェルスタッペンのQ2の順位は9位。上位10台がQ3に進出することを考えるとギリギリです。しかも普通、こういう状況の時はミディアムタイヤを履かせてアウトラップに出て、危なかったらアタックするという保険をかけるのですが、彼らはそれすらもしなかった。新品のミディアムを温存したかったからです。
 
今シーズンは変則的なシーズンで、昨年まではタイヤの種類と本数をチーム側がある一定の制限内で自由に選択できました。ところが今年はコロナウィルス大流行の影響でレースが連続することや最終戦までのスケジュールがいまだに決まっていないこともあり、今年はピレリがタイヤの種類と本数を決めて、チームは決められた本数で週末を戦わなければなりません。昨シーズンまでのタイヤ選択を見ると、予選でソフトタイヤの本数を多く使うこともあり、今シーズンもソフトタイヤが一番多く持ち込まれています。
 

 
今年はピレリが5種類のタイヤの中から3種類を選んで、ソフトを8セット、ミディアム3セット、ハード2セットのタイヤを提供します。硬い方からC1、C2、C3、C4となり一番軟らかいのはC5です。先週のイギリスGPと来週のスペインGPには硬い方の3セットであるC1、C2、C3を持ち込みますが、今週はレースにアクセントをつけるために、先週よりワンランク柔らかいタイヤセットであるC2、C3、C4に変更しています。
 
ところがこのシルバーストーンではC4のソフトタイヤではあまりにも軟らかすぎて、ピークグリップがワンラップ持たないチームもありました。つまり1周全体を平均的に見ればミディアムの方がいいタイムが出ることもありました。だから自由にタイヤを選べるQ3でもミディアムを履いてアタックするドライバーもいました。ソフトでアタックしたドライバーの中にも、ミディアムをセーブしたいとか、すでに新品のミディアムを使い果たしていたという消極的な理由によりソフトタイヤでアタックしたドライバーもいたと思います。つまりもっとも多く持ち込んだソフトタイヤは捨てタイヤとなっていたことになります。だから決勝レースでもソフトタイヤを3セットも残すチームもあったくらいです。普通のレースではあり得ない光景です。
 
Q2をハードでギリギリ通過したフェルスタッペンは、トップ10の中で唯一ハードタイヤでスタートするドライバーになり、それがフェルスタッペン勝利への第1ステップとなりました。
 
▽ミディアムを捨てたレッドブル
次のフェルスタッペン勝利の鍵は、レッドブルがミディアムタイヤを捨てたことです。先週のイギリスGPでワンストップで長い距離を走ってタイヤが終盤壊れてしまったことや、ラバーがひとつ軟らかくなったこともあり、このレースではツーストップが予想されていました。となるとミディアムを2回履いて、1回ハードを履くか、ハードを2回にしてミディアムを1回にするかしか選択肢がありません。どちらにしても1周も持たないソフトはレースタイヤとしては見なされていませんでした(実際ソフトをレースで使用したのはヒュルケンベルグただひとりだけでした)。ピレリの予想した最速の作戦はミディアムを2回つないで、最後にハードでした。
 
ところがレッドブルはハードタイヤを2回使ってレースをしようとしました。実際はレッドブルもハードタイヤの間にミディアムタイヤを1回挟んでいるのですが、彼らはそのミディアムを、たったの6周しか走らせていません。つまりレッドブルはルール上、二種類のタイヤを使う義務があるので仕方なくミディアムも使いましたが、ミディアムタイヤは捨てタイヤと判断していたことになります。チームメイトのアルボンも最初の6周だけをミディアムで走り、その後ハードを2回つないで5位入賞しているのがその証拠です。上位陣のなかでスタートタイヤのミディアムを10周以下で交換したのはアルボンだけです。
 
さらにフェルスタッペンのタイヤ交換直前のミディアムのタイムは、メルセデスより良かったのに、レッドブルはそのタイヤを交換しました。つまりまだまだタイヤは活きていて、普通ならそのまま引っ張るのが定石なのですが、レッドブルはこのままミディアムで引っ張るより、32周目にハードに履き替えた方がこの日のシルバーストーンではトータルで速く走れると判断しタイヤを交換しました。実際、上位陣のドライバーはワンストップ以外の、ほとんどのドライバーがハードタイヤを2回使っています。つまりチームから見るとミディアムを2回使う選択肢はなかったことになります。
 
このタイヤ利用の判断もフェルスタッペン勝利に大きく貢献しています。
 

そしてもちろんこの日の勝利にもっとも貢献したのはフェルスタッペンのドライビングです。彼は13周目と14周目にハードタイヤへ交換したメルセデスとほぼ同じラップタイムを距離を走ったハードタイヤで記録しています。しかも毎周自己ベストも更新していました。これはタイヤのタレが少なくて、燃料が軽くなるにつれてタイムが改善していることを示しています。ハードタイヤを履いてもブリスターに悩まされていたメルセデスを尻目にフェルスタッペンのタイヤはレース終了時もとてもきれいな状態で、ブリスターも発生していませんでした。タイヤを労りながら速く走るのはハミルトンも得意としていますが、フェルスタッペンの走りもそれと並ぶくらいに素晴らしいものがありました。
 
どんなに優れた作戦もドライバーのひとつのミスですべては台無しになることもあるので、この日の勝利は当たり前ですけど、フェルスタッペンの見事なドライビングがあってのことでした。