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メルセデス 驚速の秘密

今年、メルセデスが速い。とても速い、めちゃくちゃ速い。まるで別のクラス、例えばフォーミュラーゼロというクラスで走っているかのようです。

今のレギュレーションに変わった当初の2014年から2015年は確かにメルセデスは圧倒的に強かった。彼らにトラブルがない限り他のチームが勝つことは、難しかったですよね。ただ2016年あたりから確かにメルセデスはトップランナーでしたが、他のチームも徐々に戦えるようにはなってきました。何事にもそうですが、追いかける方はメルセデスの模倣をしたり、また独創的なアイディアで徐々に競争力をつけてきました。

昨年のレッドブルなどはサーキットによってはメルセデスを寄せ付けないレースすらありました。今のルールに変わってからはあまり見られなかった光景です。なので今年は新型コロナウィルスの影響はあるものの、レース自体は接戦が繰り広げられると思われていました。

ところが、今年のレースはまるで2014年を見ているかのようにメルセデスが独走しています。いやそれ以上と言ってもいいかもしれません。当時と違うのはドライバーがロズベルグからボッタスに変わった事とボディの色がブラックに変わったことくらいです。

細かいルールの変更はあるものの、安定しているレギュレーションの下でいきなりメルセデスが圧倒的に速くなったのはなぜなのでしょうか。その秘密の一端を見ることができたので、共有しわかりにくい部分は解説していきます。

▽DASはカモフラージュだったのか
シーズン前のテストではメルセデスの話題と言えば前輪のトー角度を変更できるDASでした。もちろんこのDASも今の速さに貢献しているのだとは思う。もっともレース中に彼らがこのシステムを利用している映像は見たことがなく、もっぱらセーフティカーラン中にタイヤを温めるために使われているものと思われます。

確かにこのシステムもとてもユニークで斬新なアイディアです。ただこれだけでラップあたり0.5秒以上も差がつくはずはない。しかも1周のラップタイムが1分ちょっとしかないレッドブルリンクで0.5秒もの差がついた。だから1周がもっと長く、空力の効果が大きいシルバーストーンで1秒の差がついても驚きではないですよね。

もっと別のところにその秘密があるはずです。と思っていたらマシンのパフォーマンスに決定的な影響を与えるマシンの後半部分が今年のメルセデスは大きな変更を加えていたことがわかりました。しかもこれをメルセデスは隠していたわけではありませんでした。メルセデスのテクニカルディレクターであるジェームス・アリソンは今年のマシンの発表会でリアサスペンションのジオメトリーを大きく変更したことを述べていました。

ただ私が見逃していたのは、サスペンションのジオメトリーを変更したとしても、それ単独で機能して速くなると言うものでもなく、他のシステムやパーツと組み合わされてアドバンテージを生むのが通常です。だからうっかり見逃していたのですが、このサスペンションの変更にこそ、今年のメルセデスの驚速の秘密だと思っています。

それでは彼らはどうサスペンションを変更し、不公平なまでのアドバンテージを得ているのでしょうか。

彼らがやっているのはリアのサスペンションアームの低い方、すなわちロアアームの取付位置を昨年と比較してより高く、より幅狭く変更しています。ではこうすることで、どういうメリットがあるのでしょうか。

▽ダブルディフューザーの再来か
実はこのリアサスペンションの取付位置が通常とは異なることは、開幕戦のメルセデスのトラブルにより発覚しました。みなさんも覚えていると思いますが独走する2台のメルセデスに対してギアボックスにトラブルがあるので、縁石を使うなと指示が出たあのトラブルです。

のちにこのトラブルの原因が振動によるセンサーのトラブルであると報道されました。振動によるセンサーのトラブルは開幕戦にありがちな初期不良なのだろうと考えていたら、その振動の原因がリアサスペンションの取付位置に起因するといわれて不思議に思いました。普通、トラブルになるような箇所ではないからです。

メルセデスはリアサスペンションのロアアームの取付位置をマシン最後方にある衝撃吸収構造に接続しています。普通サスペンションアームはギアボックスに取り付けられるのが通常です。サスペンションアームには大きな力が掛かるし、それがマシン側に伝わってしまうので強度のあるギアボックスのケースに取り付けるのが一般的です。一般的であると言うかそれが常識です。ボディ側のサスペンションアームの取り付ける部分が動いてしまえば、サスペンションは想定した通りには動かず、当然ドライバーは一貫しない挙動に苦しむことになります。

ところがメルセデスはその常識を超えてきた。後端の衝撃吸収構造は強いと思われるかもしれないが、衝撃吸収という名前の通り、衝撃を吸収して後方からクラッシュした際の衝撃を和らげるのがその目的です。衝撃を吸収するのですから、ぶつかった際に潰れる必要があります。これが強くて潰れなければ、ぶつかった衝撃は直接ボディに伝わり、それはドライバーを痛める原因になります。

しかもそもそもこの衝撃吸収構造は後ろからの衝撃を吸収することを考えられて設計されているので、横にサスペンションアームを接続して使用することは考えられていません。サスペンションの力は上下に加わるのでまた違う設計が必要になります。

ではなぜメルセデスがこの位置にサスペンションアームを取り付けてきたのかというと、サスペンションアームを高い位置に取り付けて空気の流れを改善したかったからだと思っています。通常、リアサスペンションのロアアームはディフューザーの上部に露出しています。このアームをより上部へ移動させれば、ディフューザーの上部の空気の流れが速くります。そしてこの空気の流れを速くすれば、ディフューザーの空気の流れも速くなり、リアのダウンフォースが増えると考えられます。

ただ確かにそうすると空気の流れ的には理想的なのですが、サスペンションの力学的にはまったく理想的ではありません。しかも彼らはロアアームの前端接続部分も大きく後方に移動しています。すなわちA型をしているロアアームの角度がかなり狭くなっています。これはさらに力学的には負荷の掛かる構造で、開幕戦で多くの振動が発生したのはこれらのことが複合的に影響してのことだと思われます。

だからメルセデスのテクニカル・ディレクター、ジェイムズ・アリソンは、マシン発表会の時、リア・サスペンションについて「極めて大胆」と評価し、「空力学的機会を高めてマシンのダウンフォースを増やすような新しいジオメトリを導入した」と述べています。

これにより彼らはディフューザー上部にスムーズに空気を流すことができます。これはかなり大きなアドバンテージであり、ライバルに決定的な差をつけることができます。これがメルセデスが今年独走しているひとつの大きな原因だと考えられます。

当然ライバルチームはこれに気がついてはいると思いますが、これを模倣するのはかなりの時間が必要です。さきほどから述べているように空力的には理想的なこのサスペンションアームの配置ですが、力学的には悪夢としかいいようがありません。

サスペンションアームの角度が狭いと言うことは力学的には厳しくなるので、補強する必要があります。当然重くなります。サスペンションだけではありませんが、特にサスペンションは軽くしたい部品のひとつです。しかも衝撃吸収構造も通常とは違う方向に力が掛かるので、補強が必要になり、これも重くなる原因となります。マシンの最後部が重くなるのも理想的ではありません。

だからこれを模倣するには時間が必要です。しかも今年は連戦が続くのでライバルチームがこれを模倣する頃にはシーズンが終盤になるか、最悪シーズンが終わってからになるでしょう。

ただメルセデスがすごいのは、メリット・デメリットを考えて、まったく新しい発想でマシンを設計開発したことです。どんなに現場の人間が新しい発想があったとしても、それを採用するかどうかはトップの判断です。これができるからこそメルセデスは長い期間トップを走り続けることができています。

こうして見ると今年のメルセデスが最速なのはわかるし、これがわかってしまうとイギリスGPの終盤のようにタイヤがパンクしたりしない限り、彼らが負けることはないような気がします。そしてそのイギリスGPでメルセデスが勝ってしまった以上、今年彼らが全勝してもまったく驚きではありませんでした。70周年記念GPでフェルスタッペンが勝利しましたが、これはピレリが軟らかいタイヤを持ち込んだという特殊要因があっただけで、純粋な実力で勝ったわけではありません。

コロナウィルスの影響で混乱する今年のシーズンですが、メルセデスがマクラーレン・ホンダが打ち立てた16戦15勝に並ぶ大記録を打ち立てる年になるかもしれません。

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