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ボッタス失意の二連敗 トスカーナGP観戦記

今回の主役の1人となったセーフティカー

ムジェロに初めてF1サーカス一団がやってきました。コロナウィルス大流行の影響で開幕が遅れたF1。長距離の移動ができない中で、今年はヨーロッパでのレース開催を増やさざるを得ませんでした。そこで白羽の矢が立ったのがイタリアはフィレンツエ近郊にあるムジェロ・サーキット。オールドファンにとっては昔F2レースをしていたことで知られているかもしれません。長い直線と高速コーナーが織りなすクラシックなサーキットは多くのドラマを生みました。しかし結局、勝ったのはハミルトンでした。久しぶりにスタートでハミルトンを出し抜いたボッタスはなぜ失意のうちにこのサーキットを後にしなければならなかったのでしょうか。フェラーリ参戦1000レース記念のトスカーナGPを振り返って見ましょう。

初開催のムジェロのレースは二回も赤旗中断がでる荒れたレースになりました。ハミルトン曰く、3レースをやった気分だそうです。実際、三回のスタンディングスタートがあり、それがレースを決定づけました。

まずは最初のスタートです。ポールポジションのハミルトンが出遅れました。イタリアGPのボッタスのように、シグナルが消える前に動きそうになってしまったので、動き出し後の加速が遅くなってしまいました。さらにそれを取り返そうとアクセルを深く踏みすぎてホイールスピンも多くなり、さらに加速が鈍ります。二番手グリッドからスタートしたボッタスは見事なスタート見せ、トップでターン1に飛び込みます。しかもハミルトンはスタートミスにより三番手スタートのフェルスタッペンにも抜かれてしまいました。これでボッタスとハミルトンの間に手強いフェルスタッペンが入るかに思えました。これはボッタスには有利な展開です。

本日一回目のスタート

ところがターン1に向かう前にハミルトンをかわしたフェルスタッペンは、その直後にスピードが落ちてハミルトンに抜き返されます。さらにフェルスタッペンは後続集団に飲まれ込み、ライコネンと接触し1周も走れずにリタイヤしてしまいました。フェルスタッペンのパワーロスの原因はまだ判明していませんが、現象から見てモーターのパワーアシストがなくなったと思われます。フェルスタッペンのマシンはレコノサンスラップの時にも異変があり、グリッドの到着後もメカニックがリアのカウルをあけて修理をしていました。これでフェルスタッペンは二週連続でPU関係のトラブルに見舞われています。

これでハミルトンは難なく2位の座に返り咲き、ボッタスを追いかけたいところですが、ここで最初のセーフティカーが登場しました。そして7周目にレース再開したのですが、セーフティカー後の再スタート時に後方グループで多重クラッシュが発生しました。通常セーフティカーのライトが点灯中は、トップを走るマシンは10車身以上離れてはいけないルールになっています。

セーフティカーがこの周で退場する前に、ライトの点灯が消えます。ライトの点灯が消えるとトップのマシンは10車身以上離れてもよくなり、トップを走るマシンは自分でペースをコントロールできます。だからタイヤを温めるために左右にマシンを振ったり、加速したり、ブレーキを踏んで温めます。そして二番手以降のマシンに抜かれないようにギャップも調整しつつ、加速するタイミングを計ります。一度急激に減速した後に加速して再スタートするのは、トップを走るマシンが抜かれないようにする常套手段です。ところがこの時のセーフティカーは退場する直前までライトを点滅させていました。そのためボッタスはこの駆け引きを使うことができませんでした。

そうなると直線の長いムジェロではスリップを使わせたくないので、できるだけ直線部分を短くすることがトップを走るマシンの最適戦略になります。だからボッタスはセーフティカー退場後も加速しませんでした。それでもスタートラインまでは後続のマシンは前のマシンを抜けませんから、ボッタスと同じようにゆっくり走るしかありません。しかも具合の悪いことにセーフティカーが退場した後、オーバーテイクが可能になるコントロールラインはピットレーン出口近くに設置されています。このコントロールラインは他のサーキットではもっと手前に設置されています。そのためこのサーキットではボッタス以下のトップ集団はノロノロ走行をこのコントロールラインまで続ける事になり、事態を悪化させました。

ところが後続を走るマシンはそんな事実を知りません。しかも最終コーナーを立ち上がるとグリーンライトが点灯しているのが見えます。そうして後続のマシンは加速したけど、前のマシンはゆっくり走るという状態になってしまいました。こうなれば後ろから来るマシンが、前のマシンに突っ込むのは当然です。そうして後方のマシンがクラッシュしコースを塞いだので、ここで最初の赤旗中断となります。

ここでゆっくり走行したボッタスを非難する声もありましたが、そもそもセーフティカーがライトを早いタイミングで消灯すれば、ボッタスは余裕を持って隊列を整えられたはずですし、コントロールラインをもっと手前に設置することも可能だったはずです。FIAはドライバーブリーフィングで説明していたと釈明していますが、忙しく興奮状態のレース中にそれを思い出せるドライバーはほとんどいないでしょう。さらにメルセデスはこうした事態を想定しており、再スタート時にはコントロールラインまでゆっくり走り、そこから加速するように指示していました。トップを走るボッタスは自分で加速時期を決まられますが、2位のハミルトンは決められないですから、1-2体制を維持するにはこの作戦が必要でした。

さらにセーフティカー退場後のストレートライン上にある掲示板には青色が表示されましたから、少し遅れていた中団グループが加速すれば、後続のマシンも加速するので追突するのは必然でした。これは以前のバクーサーキットでも同様の現象が発生していたので、今後は改善の余地があると思います。

これで最初のレースが終了しました。赤旗中断中は自由にタイヤを交換できます。ここでボッタスとハミルトンは新品のミディアムに交換します。赤旗中断後はスタンディングスタートになります。スタートからターン1までの長い距離を考えると、スタンディングスタートでの蹴り出しは重要ですから、ここはハードではなくミディアムの選択になりました。この二回目のスタートがレースを決定づけることになります。再スタート直後にハミルトンはボッタスのスリップに入りターン1のアウトからボッタスを抜きます。このターン1はアウト側に強いキャンバー角がついているので、アウト側を走るマシンは速いスピードで回ることが可能でした。

これでボッタスは受け身のレースを強いられてしまいます。いつものようにハミルトンの乱気流の後ろを走りながらタイヤを消耗し、タイヤを使い切り遅れ始めます。さらにはバイブレーションも出始めたので31周目に新品のハードに交換します。この時、ハミルトンはタイヤはまだ生きているよと報告しています。しかし不確定要因を排除しておきたいメルセデスは次のラップでハミルトンにもタイヤ交換させます。このタイヤ交換の前にボッタスは次のタイヤ交換ではハミルトンとの逆のタイヤを履きたいと訴えていました。ところがボッタスが先にタイヤ交換してしまったので、当然ハミルトンはボッタスと同じタイヤを履いてリスクを避けました。

ボッタスは第2スティント同様に最初はハミルトンについていけましたが、タイヤが徐々にグリップを失い43周目には5秒以上の差がつき、そこでタイヤのパンクが原因でストロールのクラッシュが発生しセーフティカーが登場。ここでボッタスがタイヤ交換します。そして次の周ではハミルトンもタイヤ交換します。しかしその後赤旗中団になり、ここでレースは三度振り出しに戻ります。ここまで残ったのが12台。最近では珍しいサバイバルレースとなりました。

ここでもタイムロスなくタイヤ交換できました。ただどのドライバーも新品のタイヤを使い果たしていたので、どのタイヤで再スタートするかは問題でした。そしてすべてのドライバーは中古のソフトタイヤを選択しました。これはソフトでも最後まで持つということもありましたが、スタートラインからターン1までの距離が長いので、蹴り出しの良さも考えてのソフトタイヤの選択だった思います。

再びハミルトンとボッタスの差がなくなり、この日三回目のスタンディングスタートになります。ボッタスとしてはスタートで前に出たいところでしたが、ハミルトンは同じミスを二度はしません。逆にボッタスはスタートに失敗してリカルドに抜かれてしまい万事休す。もちろんスピードの違うボッタスはすぐにリカルドを抜き返しますが、ハミルトンは迫るボッタスに対して1秒以上の差をキープしてDRSを使わせません。そしてタイヤを温存しておいてラスト2周でファステストラップを記録。そして諦めたボッタスは最終ラップでペースダウンし、最終的には4秒以上の差をハミルトンにつけられてゴールしました。

この最後のボッタスのペースダウンは、気持ちはわかるんですけどね。ただ負けても最後まで戦う姿勢を見せることは今後の対ハミルトンに対するプレッシャーという意味で大事だと思うのでちょっと残念でした。

この優勝争いの後ろで、アルボンがリカルドを抜いてキャリア初の表彰台に登りました。経験に勝るリカルドが抑えるかなと思ったのですが、レッドブルとルノーとの性能差があまりにも大きくて、さすがのリカルドも抵抗することはできませんでした。

最初のスタートで珍しくミスをしたハミルトンに対して、赤旗中断後の再スタートでトップの座を失ったボッタス。もし赤旗中断がなければボッタスは勝てていたのでしょうか。その可能性は大いにあったと思います。特にメルセデスはトップを走ることを前提にマシンは最適化されています。だから2位を走るとクーリングも厳しくなりますし、タイヤの消耗も早くなります。ただ先週もハミルトンがミスをして後退にしたにも関わらずボッタスが勝てなかったのはなぜでしょうか。これを運だけで片づけるわけにはいけません。

ハミルトンは90勝を上げる大チャンピオンでです。つけいる隙はほとんどありません。それだけに数少ない彼のミスにつけ込んで勝つことにより、ハミルトンにはミスはできないというプレッシャーがかかります。そしてプレッシャーがかかればミスをすることも多くなります。残念ながら今のボッタスはハミルトンの本当の脅威にはなっていないので、ハミルトンはのびのびと自分のレースができています。だからボッタスはもっとアグレッシブに攻撃しないといけません。ハミルトンと接触してもいいくらいの気持ちで戦わない限りハミルトンに勝つのは難しいでしょう。

F1は最終的にはドライバー個人のスポーツなので、メンタルが持つ意味はとても大きくなります。この日、完膚無きまでにたたきのめされたボッタスが再び起き上がり、より強く生まれ変わったボッタス2.0としてハミルトンとバトルすることを、全てのF1ファンが望んでいると思いますし、私も強く思っています。