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ペレスの歓喜とラッセルの落胆 サヒールGP観戦記

タイヤ交換してコースに戻るラッセル。このあと悲劇が訪れるとは予想もできなかった

ハミルトンのコロナウィルス感染発覚とラッセルの代理出走。ボッタスの意地にメルセデスの大きなミス。そしてペレスのメキシコ人ドライバーとしての50年ぶりの初優勝。今回も見所満載の観戦記になりました。では今回は金曜日以前から振り返って見ましょう。

▽レース前にドラマは起こった
このレースは週末が始まる前に大きく動きました。バーレーンGPで優勝したハミルトンがその翌日にコロナウィルス感染が判明。連続開催で同じ場所で開催されるサヒールGPを欠場することが決まりました。絶対的なエースが欠場するのですからメルセデスは大変です。複数人の候補者がいましたが最終的にメルセデスはリザーブドライバーのバンドーンでもなく、今年代役ドライバーとして大活躍したヒュルケンベルグでもなく、メルセデスの育成ドライバーであるジョージ・ラッセルをウィリアムズから借りてくることでこの難局を乗り越えようとしました。

ラッセルが大抜擢されたのはいいのですが、ここからが大変です。ラッセルが乗ることが決まってから金曜日までたったの2日間しかありません。移動制限もあるのでイギリスへ戻りシミュレーターに乗ることもできません。シートは以前メルセデスのテストに参加したこともあるので問題ありませんでした。ただラッセルはハミルトンより大きいので、コクピットに座るとヘルメットの上部が高く、空力的には不利です。なので体を潜り込ませなければならず、そのため彼はワンサイズ小さなシューズを履かなければなりませんでした。微妙なアクセルやブレーキングワークが必要なドライバーにとってこれは不利です。また体が大きければ手も大きいので、ハミルトンの小さな手に合わせたパドルも扱いにくかったと思います。これらを修正する時間もないなかラッセルがどのような活躍を見せるかが、この週末の最大の興味でした。

タイヤ交換のミス後も2位までリカバーしたラッセルだったが

さらにもう一つのドラマもありました。レーシングポイントは前週のバーレーンGPでストロールがマシンを横転させ、ペレスは最後にPUから火を噴いて止まりました。ペレスのマシン後半部分は燃えて使えません。この時点でレーシングポイントは一部のスペアパーツが足りなくなりました。彼らはオーナーのプライベートジェットを飛ばしパーツを木曜日に持ってきました。これがなければこの週末のドラマは生まれなかったかもしれません。

▽予選からラッセル活躍もポールはボッタス
予選ではラッセルが活躍を見せます。フリー走行1回目と2回目で最速を記録していたラッセルがQ1とQ2でもボッタスを凌駕します。さすがにQ3でボッタスが意地を見せポールを取りますが、それでもラッセルはそのボッタスに0.22秒差の2位です。これはほとんど準備できなかったドライバーの成績としては予想以上です。そしてそのラッセルはレースでは、それ以上の活躍を見せます。

スタートの蹴り出しは、ボッタスとラッセルでほぼ同じだったのですが、その後の加速(1速から2速にチェンジする直前に)でボッタスは前週と同じくホイールスピンをしてしまい、加速が鈍ります。その間をぬってラッセルはインに飛び込みトップに立ちます。その後ボッタスはターン2でふらついて更に遅れます。これに影響されたのがフェルスタッペンです。彼はソフトタイヤを履いており、蹴り出しからの加速はメルセデスの2台より良かったのですが、ラッセルがボッタスと並んでいたのでフェルスタッペンは行き場がなく、三位に留まりました。もしフェルスタッペンの前に空いていればターン1までにボッタス(と恐らくラッセルも)を抜けたでしょう。結局、フェルスタッペンはメルセデスを1台も抜くことができず、しかもボッタスがふらついたので接触を避けるために減速します。するとペレスがフェルスタッペンを追い抜きターン4に突入します。この時ペレスとボッタスに挟まれたフェルスタッペンは接触を避けるためにアクセルを緩めて後退しますが、そこをチャンスと見たルクレールがペレスのインに飛び込みます。しかし、これはさすがに無理がありました。汚れたイン側の路面でルクレールはブレーキをロックさせてペレスに接触(というか激突といった方がいいでしょう)。フェルスタッペンは接触は免れたのですが、2台を避けるためのアウト側のコース外に逃げましたが、スピードを落としきれずしかもバリアが手前にあった不運もあり、そのままバリアに激突しレースを終わります。この時、ルクレールはフロントサスペンションを破損して即リタイヤになりました。

ルクレールに接触されてスピンしたペレスは、そのままピットインしてタイヤ交換。最後尾の18位(フェルスタッペンとルクレールがリタイヤしているので)まで落ちます。この時ここから奇跡の大逆転が起こることを予想している人はペレス本人も含めて誰もいなかったでしょう。

ボッタスをリードするラッセル。初優勝まであと一歩だったのだが。

ペレスにとってラッキーだったのは、このクラッシュでセーフティカーが登場したことで、彼がタイヤ交換してコースに戻って最後尾につけることができたことです。普通ならスピンしてタイヤ交換して最後尾から数十秒も遅れてコースに復帰するはずなのに、それがなかったのは接触自体は不運でしたが、大逆転劇の狼煙をあげる幸運な出来事でした。さらにペレスにとって幸運なことに、ルクレールの左フロントサスペンションアームが破損するほどの事故だったのに、彼のぶつけられた右リアのサスペンションは無傷だったのです。これは横Gがかかっている状態でルクレールに接触されたので、サスペンションアームに無理な力が加わることなくスピンしたことが良かったのかもしれません。

それにしてもフェルスタッペンには不運なリタイヤとなりました。ボッタスとペレスに挟み撃ちになったフェルスタッペンはターン4の手前でアクセルを戻して後退しました。トルコGPで無理なアタックをして勝てるレースを落としたことを学習したのでしょう。このレースでもメルセデスに勝つチャンスはありましたから、ここは無理をせずに後から反撃しようと判断したと思います。ところがそれが逆にでます。接触したペレスとルクレールを避けてアウトのグラベルの飛び出したフェルスタッペンでしたが、ついてないことにアウト側のガードレールはコース方向に飛び出してきておりフェルスタッペンは接触を避けることができませんでした。もしガードレールがもう少し後ろに設置されていればフェルスタッペンはコースに戻れたと思います。そして最後尾からペレスと共に快進撃を見せられたカらもしれません。

その後、ペレスは続々とマシンを追い抜き、追い上げていくことになります。もうひとつのペレスの幸運はバーレーンの外側のコースを使ったこのコースレイアウトではほとんどマシンがダウンフォースをつけた状態で走っていたことでした。リアウイングがたっていれば当然ドラッグは増えます。その状態の前走者をDRSを使えば大きなドラッグが削減されるのですから、追い抜く方からすれば有利な条件となります

その後7周目にレースは再開されましたが、そこでもラッセルはリードを保ちます。そしてレースをリードするラッセルの落ち着き払った態度に感銘を受けました。本来ボッタスが追い上げなければならないのですが、これまでも指摘したようにメルセデスのマシンはクリーンエアの中を走るときに最適化されているので2位で走るのは誰にとっても(ハミルトンにとっても)簡単なことではありません。

1回目のタイヤ交換はまずラッセルが先にすませます。これは1-2体制で走っているときのメルセデスの基本的にルールです。ところが通常は翌週に二位のボッタスがタイヤ交換するはずなのですが、今回はステイアウトします。結局、ボッタスはラッセルの4周後にタイヤ交換しました。この間、距離を走ったミディアムを履いたボッタスは新品のハードを履くラッセルに差をつけられます。これはボッタスに意地悪したとかではなくて、もしセーフティカーが入った場合に備えてボッタスのタイヤ交換を遅らせたようです。ただこれでラッセルとボッタスの差は広がりましたが、もしこの時セーフティカーが登場していればボッタスはトップになれていたと思われます。

そして最大のドラマが訪れます。

見事な走りを見せたボッタス

▽セーフティカー登場でタイヤ交換するだけのはずだった
62周目にセーフティカーが登場したときにメルセデスがタイヤ交換を指示したこと自体は間違っていませんでした。理由はバーレーンの舗装路面はタイヤに厳しくタイヤのタレが大きいからです。セーフティカーが解除されたときに、後続のマシンがフレッシュなミディアムタイヤを履いていて、メルセデスの2台が10周以上走ったハードタイヤで走っていれば、さすがのメルセデスでも順位をキープするのは難しかったでしょう。

さらに彼らはタイヤ交換しても順位を失うことなく戻れるだけのタイム差を3位のペレス(この時点で三位はペレスなことに驚きますが)につけていたのでボッタスをタイヤ交換時に多少待たせても1-2体制をキープできるはずであった。あの事件がなければ。

そのタイヤ交換時の事件はこのようにして起こりました。普通、チーム内の無線は複数のチャンネルに別れていて1人はひとつのチャンネルしか聞こえないようになっています。私たちがオンライン会議するときは同時に会話ができる仕様だが無線はそうではない。同時に何人もの声が聞こえたら誰が何を言っているのかわからないからです。通常、無線はタイヤ交換を指示する人のチャンネルが最優先で通話されるようにプログラミングされています。ところがこの日は違っていました。タイヤ交換する直前、タイヤを準備するように指示する無線が聞こえていたクルーとそうではないクルーがいたのです。

無線の混線でボッタスチームにはタイヤ交換の指示が届いていたが、ラッセルチームには届いていなかった。ただラッセルのリアタイヤ担当は気がついてリアタイヤを持ってきて交換した。ところがラッセルのフロントタイヤ担当は気がつかなくてラッセルがタイヤ交換した時にそこにあったのはバッタスのタイヤだけだった。彼らは普通誰がピットに入ってきたかは気にしないで、目の前に止まったマシンのタイヤだけを見て交換する。だからそこにあったタイヤをラッセルに装着したが、それはボッタスのフロントタイヤだった。このタイヤ交換の動画を見て欲しいのだが、左フロントの新しいタイヤを装着する担当者がラッセルのタイヤを交換した後にボッタスのタイヤがなくて驚き戸惑う様が写っている。

ボッタスが止まったとき、そこにリアタイヤはあったがフロントタイヤはなかった。ラッセルに装着したからだ。そこでラッセル担当がフロントタイヤを遅れて持ってきて装着したがタイヤのガンマンが違うタイヤを装着したことに気がつき、責任者が元のハードタイヤに戻すことを指示した。ボッタスはもうワンセットのミディアムを持っていたが、それを持ってくるのにはさらにタイムをロスするので、今履いていたハードタイヤをもう一度装着してコースに戻すことを選択した。そしてその後ボッタスはその古いハードタイヤで苦労して順位を失うことになりました。間違ったタイヤを履かされたラッセルは正しい自分のタイヤを履くために次のラップでピットに戻ってきて再度タイヤ交換をしてコースに戻っていきました。これでラッセルの勝利はなくなったと誰もが思いましたが、まだレースは終わっていませんでした。

ミスをしたメルセデスチームを擁護するならセーフティカー登場後、ラッセルがピットに戻ってくるまで5秒、ボッタスは10秒しかなかったことです。これはイタリアGPでのハミルトンがピットインを禁止されているにも関わらずピットインしてペナルティを与えられたときと同じです。さすがのいつもは冷静沈着なメルセデスも慌てるとミスをすることもあるということでした。

それでもラッセルは中古だが走行距離の少ないミディアムを履き6位につけていました。そして中古のハードで苦しむボッタスをパスした後は次々とライバルを追い抜き2位に上がった。ペレスとの差は2.4秒。残りは18周もあった。セーフティカーが登場したときにタイヤ交換しなかったペレスは絶体絶命のピンチと思われたが、ペレス自身は最後までラッセルを抑える自信があったと述べています。確かにラッセルはレース再開後はフレッシュなミディアムタイヤを活かしてタイムを大きく縮めてきたが、当然ミディアムはたれてくるのも早い。ラッセルが2位になった時点でペレスとの差は徐々にしか縮まっていなかった。恐らく追いつけても最終ラップくらいの計算でした。そうなれば誰が優勝するかはわからない。実際ペレスのペースはとても速く、チェッカーフラッグを受けるときには、2位のオコンを10秒も離していました。

しかしラッセルもこの時、別の問題も抱えていました。彼はボッタスのタイヤを履いてコースを1周していて、これはルール上は許されないことでした。もしこれが許されたら、新品のタイヤを持つチームメイトのタイヤを使えてしまうからです。最終的にこれはチーム側に責任があり、ドライバーにはペナルティはありませんでした。だがこれはあくまでも二度もタイヤ交換して後方集団に沈んでいたからであり、これにさらに罰するのは二重罰になり厳しすぎると考えられたからであろう。もしラッセルがペレスを逆転して優勝していたら、なんらかのペナルティを与えられていたかもしれない。その結果ラッセルが勝ったのか、ペレスが勝ったのは誰のもわからならいが。

ところがまたもラッセルに不運が襲いかかる。コース上の破片を拾ったか、もしくは縁石に乗り上げた時にタイヤにダメージを受けて空気圧が徐々に減ってきていた。そのまま走ると当然バーストする可能性があるので再度ピットインしてソフトタイヤに交換した。ただこれでも彼のレースは終わっていなくて、そこから更にライバルを何台も抜き彼にとっての初ポイントを獲得することになる。彼にとってはなんの慰みにもならないだろうが。

▽ラッセルは本物
スタートで見事な加速をみせてトップに立った場面。その後のトップを走っているときの冷静で落ち着き払った態度はもう10年選手の貫禄すら漂っていました。彼は完全にレースをコントロールしていました。ボッタスを1秒以上離しDRS圏外に保ちながら走れていました。タイヤ交換で後退した後にボッタスを抜き去るときも大胆だけどリスクを最小限にする素晴らしい判断でした。F1に来るようなドライバーはみんな速いので、速いだけのドライバーなら驚きはしません。ただこの冷静さはなかなか教えてできるものではありません。

また毎ラップ、タイヤを痛めないようにしながらも、プッシュし続けていました。これもなかなか2年目のドライバーができることではないですよね。結論としてはラッセルは来年ハミルトンの代わりに乗ってもチャンピオン争いができるドライバーだし、恐らく将来チャンピオンになれる逸材だと思います。もともとウィリアムズに乗っていたときからただ者ではないなとは感じていました。だってあのウィリアムズでQ2に進出しちゃうんですよ。普通ならあり得ないですよね。つまり彼はマシンから性能以上のものを引き出す能力があるということです。そしてそれはハミルトンやベッテル、かつてはセナやシューマッハーにしか備わっていない特殊な能力です。マシンの競争力や信頼性不足でポイントこそ稼げていませんでしたが、ただ者出ないのは明らかです。今回、勝てなかったのは彼の責任ではありません。なにもなければ勝っていたのはラッセルでしょう。しかも彼はシミュレータに乗る機会もなく、マシンもハミルトン仕様のマシンをラッセルの方が合わせて乗らざるを得ませんでした。にも関わらずまるで何年もチームにいるような感じすら漂わせていた走りでした。

来年はハミルトンとボッタス体制は変わりないと思いますが、2022年シーズンに向けてメルセデスがどういう判断するのは興味深いですね。これだけの能力を見せつけたラッセルですから、もしメルセデスが2022年にラッセルと契約しなければ他のチームが放ってはおかないでしょう。ハミルトンの去就も含めて来年のストーブリーグはシーズン開幕と同時に始まりそうな予感です。

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そして最後になりましたが、最下位から大逆転で初優勝を遂げたペレス。もちろんメルセデスが大きなミスをした幸運はありました。しかし最下位からは一台一台オーバーテイクしてメルセデスがミスをする時点で3位までに上がっていたのは、ペレスでした。ストロールではありませんでした。ストロールがミスをしなければ勝てていたかもしれないという人もいるかもしれませんが、ストロールがペレスに抜かれた後のペースは明らかにペレスの方がよく、ストロールがミスをしなくてもペレスには抜かれていたでしょう。だからストロールは3位が精一杯だったのだと思います。

セーフティカー登場時にタイヤ交換をしなかった判断も素晴らしかったですね。これでトップに立ちそのままハードタイヤで40周を走りきり2位に10秒の差をつけたのは、さすがタイヤに優しいペレスの本領発揮でしたね。これでメキシコ人ドライバーの優勝としては50年ぶりになります。まだ日本人の優勝ドライバーが出てきていないだけに、メキシコの人が本当に羨ましいと思います。