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メルセデスの逆襲 -ハミルトンのギャンブルはなぜ成功しなかったのか- トルコGP観戦記

エンジン交換ペナルティで11位スタートとなったハミルトン。昨年、雨のトルコGPで大逆転勝利をしたハミルトンはそれを再現しようとしましたが、困難に直面しました。ポールからスタートしたチームメイトのボッタスが今シーズン初優勝し、最大のライバルフェルスタッペンが2位になりポイントのリードを取り返した、波乱に満ちたトルコGPを振り返りましょう。

今年初優勝を見事な走りで成し遂げたボッタス

ボッタスにとって、1年前とは大違いのトルコGPとなりました。雨混じりのレースという面では昨年と同じだったのですが、昨年のトルコGPはボッタスのキャリア中で最悪なレースとなり、トルコを立ち去りました。ところが1年後は彼のベストレースと言ってもいいほどのレースを成し遂げます。

まず最初にポールポジションからスタート出来たのは、大きなアドバンテージになりました。メルセデスのマシンは基本的に最前列からスタートして、クリーンなエアの中で速く走れるように最適化されているので、これはボッタスにとっては有利な状況です。

予選で1番計時を記録したのはチームメイトのハミルトンでしたが、彼はエンジン交換のペナルティで11位からのスタートでした。2位スタートはフェルスタッペンです。

日曜日は雨が降り、路面は濡れていました。スタート時には雨は小雨でしたが、気温はかなり低い状態です。

上位二人のスタートは順調で、順位の変動はありません。1周目が終わる頃にはボッタスはフェルスタッペンに1.3秒もの差をつけてしまいます。ただその後は二人の差はあまり開きません。というのも路面状況や天候がどうなるか読めなかったので、このインターミディエイトでできるだけ長く走りたいというのが二人の願いでした。レース序盤は水しぶきが上がっていた路面も徐々に乾いてきて、インターミディエイトには厳しい条件になってきます。

7周目にフェルスタッペンとの差を2.1秒に広げたボッタスはさらに3.7秒まで差を広げます。その後、フェルスタッペンがペースを上げて差を縮めますがボッタスもすぐに反撃に出て差を維持し、徐々に引き離していきます。

そしてレースが中間を過ぎようとする頃、チームはいつどのタイヤに交換するかを考え出します。路面が乾いてきているので、もしかしたらどこかのタイミングでドライタイヤに交換できるかもしれません。そう考えるとできるだけインターミディエイトで引っ張りたい。

そして36周目にベッテルがミディアムに交換するギャンブルをします。ところがこれが大失敗でまともに走れる状態ではありませんでした。路面自体は乾いてきてはいるのですが、気温が低すぎてドライタイヤを動作温度領域まで上げることができません。グリップがないから速く走れず、速く走れないからタイヤ温度が上がらずグリップがないという悪循環でした。

マクラーレンのリカルドが21周目にインターからインターに交換しますが、ライバルと比べて同じ程度のタイムが出せないのを見て、他チームもしばらくは様子見となります。しかし34周目にリカルドがボッタスのタイムを上回ります。これを見たレッドブルが動きます。

この時点でフェルスタッペンのタイヤはインターミディエイトのタイヤの溝がなくなって、スリック状態になっていて、そうするとタイヤのコンパウンドが薄くなりグリップが落ちていました。そこでチームは36周目にフェルスタッペンをピットに入れてインターミディエイトに交換します。

一方のボッタスは、スタートタイヤで最後まで走りきろうとは思っていなくて、途中からバイブレーションも出てきていました。なのでフェルスタッペンがタイヤ交換したとなれば、ボッタスも迷わずタイヤ交換します。タイヤ交換してもペレスの前で戻れることもありました。

これでトップはタイヤ交換をしていないルクレールです。ルクレールはピットにタイヤ交換しないで最後まで走ってもいいかと聞いており、彼らはそのまま逃げ切ろうという作戦です。実際この時ルクレールはタイヤの状況はいいと感じており、最後まで走りきれる自信があったと述べています。

ただ新品のインターを履くボッタスは徐々にルクレールに追いついてきます。ボッタスはかなり路面が乾いた状態で最初からインターで飛ばすとグレイニングが発生することを理解していたので、最初は少しゆっくりしたペースで入ります。ルクレールに追いつく頃には再びスリック状態になっていたのでペースが上がります。45周目に追いつき、その翌周にルクレールを抜いて再びトップに返り咲きます。

路面はかなり乾いていたのですが、気温が低く路面温度も低かったのでスリックタイヤを動作温度領域まで上げるのが難しい状況でした。今のピレリタイヤは動作温度領域から少しでも外れると全然グリップしないので、結局スリックはベッテルが1周だけ走っただけで使われませんでした。

首位の座を奪われたルクレールは47周目にタイヤ交換に向かいます。こうしてボッタスは最後までトラブルもなく走りきり今シーズンの初優勝を飾ります。

トルコGPで、日本GPで登場させる予定だった特別なカラーリングを披露したレッドブル

▽新しい路面に苦しんだレッドブル
ボッタスが苦しんだ昨年と今年の違いはタイヤの表面にありました。昨年はレース直前に路面を再舗装したので、路面表面には油が浮いているような状態で、ドライでも滑りまくる状態でした。それが決勝は雨ですからグリップするわけもありません。今年はFIAが指示して、レース前に高圧洗浄させて路面の軟らかい部分を飛ばして、路面表面の抵抗を多くしたことによりグリップ感が増しました。

この変化した路面にピッタリ合うセッティングをして持ち込めたのがメルセデスでした。彼らは金曜日から絶好調でセットアップの微調整で土曜日も速さを維持し、予選ではレッドブルを圧倒しました。

一方のレッドブルは金曜日の持ち込みセットアップがこの路面にあっておらず、この週末は一度もメルセデスを脅かすことはできませんでした。先ほども述べましたが路面を高圧洗浄したことで昨年とは違いグリップが急激に上がりました。メルセデスはそれに合わせたセットアップを持ち込めましたが、残念ながらレッドブルは間違えました。土曜日にはセットアップを変更し改善はしましたが、メルセデスに追いつくことはできませんでした。

なのでフェルスタッペンはタイヤ交換をした後はボッタスにチャレンジすることは諦めて2位でフィニッシュすることを目指しました。レース序盤からフェルスタッペンがタイムを上げるとボッタスもすぐに反応して差を広げていたので、今回はメルセデスには追いつけないと観念したようです。

またフェルスタッペンはステアリングが左に傾くという現象にも悩まされていました。これはタイムに影響があるほどではありませんでしたが、気にはなりました。

こうしてトルコではメルセデスにまったく歯が立たないで去ることになったフェルスタッペンですが、ハミルトンのエンジン交換のペナルティにも助けられてポイントリーダーになることはできました。

▽ハミルトンのギャンブル
ハミルトンはトルコGPでエンジンの交換をしました。いろいろな情報を総合的にまとめると、メルセデスのエンジンからガス圧が少し抜けていたようです。これは対ホンダ用に攻めたマップを使用したので内圧が高くなり発生しています。当然ガスが漏れればパワーは下がるので、ドライバーはそのパワーアップを感じられなくなります。

対策としてメルセデスはガスケット、パイプ、ホース等を強化しました。前回のロシアGPでボッタスのエンジンを交換したのは、この対策を効果を確認するためでした。ロシアGP後のボッタスのエンジンを確認したところ改善が確認されたので、トルコではハミルトンのエンジンを交換することにしました。これがメルセデスがこの週末、圧倒的なストレートスピードを見せていた理由になります。

このため予選1位だったハミルトンは11位スタートとなりました。5位でフィニッシュしたハミルトンですが、マシンのペース的には表彰台も狙えたと思います。

レース序盤に角田に抑えられていたハミルトンですが、角田を抜くと順位を徐々に上げて37周には4位にまで上がります。メルセデスはこの時点でハミルトンにタイヤ交換を指示します。ところがハミルトンはまだグリップが十分にあることから、これを拒否します。この判断自体は問題ではありません。路面はかなり乾いてきており、ドライタイヤの可能性もありましたし、タイヤ交換しないでフィニッシュすることも考えられました。なので3位を争っていたペレスがタイヤ交換しても、状況を見ていました。

リアウィングのフラップには「ありがとう」の文字が

42周目に再度チームからハミルトンにタイヤ交換の指示が出ます。というのももしタイヤ交換するなら、58周のフィニッシュに近いタイミングでタイヤ交換すると、新しいラバーで速いタイムを記録する周回数が短くなり、タイヤ交換のメリットが少なくなるからです。メルセデスはこのタイミングでタイヤ交換しないとペレスに追いついて3位は狙えないと判断していました。ただ逆転優勝を目指すハミルトンはタイヤ交換を渋ります。

それでもタイムが落ちてきたことと50周目にタイヤ交換しないで、そのあとでタイヤ交換しすると後方から近づいて来たガスリーにも抜かれることから、半ば強制的にタイヤ交換します。タイヤ交換後、5位に下がったハミルトンが文句を言っていたのはご存じの通りです。では本当にハミルトンが言うようにインターミディエイトで最後まで走れたのでしょうか。

ピレリのマリオ・イゾラはそれは無理だっただろうと述べています。レース中は本格的な雨は降らなかったものの、時折ぱらぱら降る状況でした。空はどんよりと曇り、それもあり気温は上がらず、湿度も高いままで、これが路面が乾きそうだけど、完全には乾かない理由でした。これらの理由によりこの日はスリックで走れる状況にはなりませんでした。

もちろん状況がハミルトンに有利になると、彼は優勝できたかもしれません。ただタイヤ交換を後ろに引っ張ったことで、狙えた3位を失いました。

唯一スタート時のインターミディエイトで最後まで走ったドライバーがいました。オコンです。彼はなんとか10位で入賞できましたが、40周を過ぎた辺りからライバルよりも1秒近くタイムが遅くなっていました。そして残り7周で20秒も失っています。これならタイヤ交換のロスタイムをカバーできます。彼のレース後のタイヤはコンパウンドがなくなって、内部構造が露出していました。オコンもあと1周走っていたら、タイヤは壊れていただろうと話しています。

つまりハミルトンのギャンブルはこの日に限っては、成功しませんでした。

急速に競争力を回復したメルセデス

▽メルセデスの逆襲
このレースではメルセデスが圧倒的な速さを見せつけました。ハミルトンがポールからスタートしていれば、メルセデスの1-2は間違いなかったでしょう。先ほども述べたようにエンジンを強化したメルセデスはパワーアップを果たしています。今年の空力開発を終了しているメルセデスは、PUの優位性を活かしてレッドブルに対抗するようです。また2回目のエンジンの超過交換は5グリッド降格ですむので、ハミルトンはどこかのタイミングでもう一度エンジン交換する可能性もあります。そうすればエンジンのマイレージを気にすることなく、高いパワーでより長い距離を走ることが出来るようになります。

以前は予選Q3の最後とレースの序盤数周をマックスパワーで走れば、そのあとは流せていたのでメルセデスのPUが壊れることはありませんでした。ただ今年はレッドブル・ホンダとの競争が激しく、レース中も常に競争している状況もあるので、もう一基新品の改良したPUを投入することは、メルセデスには魅力的なオプションだと思います。投入するなら彼らには不利なメキシコか、追い抜きの容易なブラジルになるでしょう。

一時はレッドブルが圧倒していたパフォーマンスも夏休み明けには、逆転したように見えます。残り6戦のうち、高地にあるメキシコとブラジルはレッドブル優位が予想できますが、その他の4レースはメルセデス優位となりそうです。ただイタリアのようにメルセデス絶対有利のサーキットでも勝てないこともあります。

そう考えると今後のレースはこれまで以上に厳しい戦いになりそうです。そういう意味では、今回ボッタスが復活したことはメルセデスとっては大きい意味がありそうです。ハミルトンが勝ってもフェルスタッペンが2位では差は大きく広がりませんが、ボッタスが2位になれれば差がより広がり、チャンピオン争いでは有利になりますし、コンストラクターズでもポイント差を広げることが可能です。

この2チームの激しいタイトル争いは、最後の最後までもつれそうです。