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二強激突 劇的なフィナーレ アブダビGP観戦記

あまりにもドラマチックなフィナーレ。1年間を通じて激しいバトルを繰り広げていた両雄のバトルの結末。スタートから完全にレースをコントロールしてきたハミルトンがコントロールできなかったセーフティカーと絶望的な状況でも諦めず、全力を尽くしたフェルスタッペン。今年最後のアブダビGPを振り返って見ましょう。

逆転劇に大きな役割を果たしたペレスの激走 ハミルトンを抑えたことが最後の逆転劇につながる

▽予選で圧倒するフェルスタッペン
同点で迎えた最終戦。やはり雰囲気がいつもとは違います。1年間激しいバトルを繰り広げてきたハミルトンとフェルスタッペン。あまりにも突出した二人のタレントは、他の追随を許しません。このレースでもどちらから1位でどちらかが2位なのは確実です。そして勝った方がワールドチャンピオンになるのです。

予選で重要なのはどちらがポールを取るのかです。Q2までは両者は余裕で突破します。そして重要なのがQ3。このQ3のバトルはフェルスタッペンの圧勝終わりました。最初のアタックではハミルトンのミスもあり0.5秒差でマックスが勝ちます。そしてハミルトン渾身の走りの2度目のアタックでもフェルスタッペンに追いつくことはできませんでした。二人のQ3の差 は0.371秒差でフェルスタッペン圧勝でした。ハミルトンもマックスのタイムがどうしてあのタイムが出るのか理解できないと述べて、お手上げ状態でした。二人のセクター別の差は下記の通りです。

S1 0.049、S2 0.140、S3 0.182

フェルスタッペンはストレートが多くメルセデスが有利なセクター2でもハミルトンを上回り、得意なセクター3で最速で大差を付けてのポールになりました。ストレートで上回ったのはホンダのPUの力と軽めのリアウィングのおかげです。ホンダは最終戦なのでもう今後の耐久性のことを考えずに済むので、予選でパワーを追加したのだと思います。

これでフェルスタッペン有利かと思うと、そうではありません。スタートタイヤが決まるQ2で上位勢はミディアムでアタックします。当然フェルスタッペンもミディアムでアタックです。そしてタイムを記録した後も、アタックを続けるフェルスタッペンは、なんとターン1で左フロントを激しくロックさせて、緊急でピットインします。この時点でフェルスタッペンが持っているミディアムの他のセットはありませんでした。これはイージーなミスでした。ターン1はそれほどタイヤをロックさせる場所ではありません。さすがのフェルスタッペンもこの時は上ずった声で、ピットにタイヤをロックさせてしまったと伝えています。ここで重要な決断をしなければなりません。つまり大きなフラットスポットを作ったミディアムでスタートするか、ソフトで再アタックしてソフトでスタートするかの選択です。ピットインして左フロントタイヤを確認しますが、これでレースをするのは難しいと判断し、フェルスタッペンはソフトで2度目のアタックに出て、Q3へ進出します。

スタートでトップに立ち最終ラップまでトップを維持したハミルトンだったが

▽レースを支配するハミルトン
ソフトスタートのフェルスタッペンはスタートの蹴り出しもよく、クリーンなレコードライン側からのスタートはハミルトンより有利なはずでしたが、なんと簡単にハミルトンに前に出られてしまいます。これは予想外の展開です。ソフトを履くフェルスタッペンの唯一の勝機は、スタートでハミルトンの前に出てレースペースをコントロールする必要がありました。しかしその目論見も水の泡。これでフェルスタッペンはいきなり苦しい展開です。

スタート時のリアクションタイムもハミルトンが0.25秒、フェルスタッペンは0.35秒と0.1秒も違いますし、2速での加速でもホイールスピンが多くて加速が遅く、ブロックする間もなく、あっという間にハミルトンが前に出ました。

200Kmまでの加速でも二人の差は0.32秒もありました。これではフェルスタッペンがトップを維持するのは難しい。予選でのミディアムタイヤをダメにしたことや、サウジGPの予選最終コーナーでクラッシュするなど、さすがのフェルスタッペンにもプレッシャーがかかっているのでしょうか。ターン1までの距離が短いので、多少ミスしてもトップを維持できるはずだったのですが、フェルスタッペンも焦ったのでしょう。

最後の望みをかけてタイヤ交換するフェルスタッペン

▽ハミルトンにペナルティが出なかった理由
ソフトは1周目からデグラが始まるので、フェルスタッペンは1周目に仕掛けるしかありませんでした。だからシケインで飛び込むしかなかった。フェルスタッペンはシケインでイン側に飛び込んで抜きますが、ハミルトンは直進して難を逃れます。これはサウジGPでフェルスタッペンに順位入替を指示されたのと同じ状況です。ところが今回は順位の入れ替えもペナルティなしでした。

直進したハミルトンはフェルスタッペンに対するリードを増やしましたが、その後すぐにアクセルを緩めて元あった差に戻したのでペナルティありませんでした。ただサウジアラビアのフェルスタッペンも同じ状況で順位を入れ替わるように指示されたので、ここでもFIAの判断基準が明確ではありません。

シケイン飛び込みではフェルスタッペンが前に出ています。これでフェルスタッペンがいつものようにコースオフしていれば、ハミルトンが主張するように、ブラジルのように押し出されていると言えます。

だが今回はフェルスタッペンはきちんとマシンを止めてコース上を走っています。そうであればハミルトンはコースに戻る必要があるはずです。だがFIAのマイケル・マシはハミルトンがシケインを直進したのは、フェルスタッペンに押し出されたからで、直進して得たタイムはその後、ペースダウンして戻したので順位の入れ替えもペナルティもないと判断しました。

奇跡の逆転チャンピオンを決めたフェルスタッペン

▽手も足も出ないフェルスタッペン
その後はミディアムを履くハミルトンがソフトを履くフェルスタッペンを徐々に引き離していきます。ソフトは1周目からタイムが落ちてくるので、これは仕方のない状況でした。この状況を打開するにはタイヤ交換をするしかありません。ただワンストップで行くならできるだけタイヤ交換を延ばしたいのも事実です。しかしこれ以上差が開くと厳しくなると判断したレッドブルは14周目にタイヤ交換を指示。そして当然のごとくハミルトンは次のラップにタイヤ交換に入ります。

同じ作戦をしている限り、抜かれる心配はありません。だがメルセデスが同時にタイヤ交換することにより、タイヤ的には同じ条件になりました。本来ならミディアムはもう少し先まで走れたはずです。そうすればハードタイヤでの周回数は少なくなり、レース終盤でのプッシュも可能です。このタイヤ状況は最後に効いてきます。

引き離される一方のレッドブルが考えたのは、3位を走行していたペレスにハミルトンを抑えさせようという作戦です。19周目にタイヤ交換をしていないペレスにハミルトンが近づいてきます。このペレスのポジションがこのレースの鍵を握りました。(予選も含めて)22周も走ったぼろぼろのソフトでペレスは頑張りました。これにはホンダのPUも後押ししました。ペレスは追いつかれる前にバッテリーを充電し、バトル中はモーターアシストを最大限利用できるようにして、直線の速いメルセデスにも負けない勝負を繰り広げました。

本来であれば20周目のバックストレートで抜きたかったハミルトンですが、ペレスが頑張り抜き返したので、最終的にペレスが抜かれたのは21周目。しかもペレスは後方から来るフェルスタッペンにRDSを与えて、しかもトウまで使わせている。フェルスタッペンがペレスの走りを神だと言ったのも理解できます。このペレスのアシストで19周目には11秒もあったフェルスタッペンとハミルトンの差は、ハミルトンがペレスを抜いた直後に1秒差まで縮まっていました。

ここから同じタイヤを履く二人のバトルが再開と思われたのだが、この日のメルセデスはハードタイヤでとても速かった。せっかくフェルスタッペンが1秒差まで縮めたが、徐々に引き離されていきます。その差は36周目には6秒まで差が広がります。為す術がないフェルスタッペンとレッドブル。こうなったら逆転の可能性は低いが、ツーストップにするしかありません。可能性がゼロに近くても、それしか方法は残されていません。問題はいつタイヤ交換するかです。レース終盤にタイヤ交換しても、追い上げるラップ数が少なくなってしまいます。

そうしたなか抜群のタイミングで、36周目 ジョビナッツィがコース脇にマシンを止めて、VSC登場したので、ロスタイムを最小限にして、フェルスタッペン新品ハード交換し、ハミルトンの22秒後方で戻ります。徐々にハミルトンに引き離されていたフェルスタッペンは、ここで勝負に出るしかなかった。成功の確率は低いが、それしか方法がなかった。

この時、トラックポジション優先のメルセデスはハミルトンにタイヤを交換させません。理由はハードのデグラが少なく、新品に交換しても得られるよりも失うほうが多いからです。実際、フェルスタッペンはラップあたり0.8秒縮めないとハミルトンに追いつけないのですが、平均して0.3秒しか縮めることができませんでした。すべてはメルセデスの計算通りにレースは進んでいました。

▽運命のセーフティカー
もう勝負あったと思われた53周目に、ドラマが動きます。ウィリアムズのラフィティがクラッシュして、セーフティカー出場。マシンがコース上を塞いでいたので、この判断は妥当だったと思います。

ここでもトラックポジション優先のメルセデスはタイヤ交換しない判断をします。この時、ハミルトンとフェルスタッペンの差は12秒。14秒差がなければ順位を入れ替えずにタイヤ交換できないのでハミルトンはタイヤ交換したくてもできない状況でした。一方のフェルスタッペンは後方との差があったのでフリーストップが可能な状態で、最後の望みをかけて新品のソフトにタイヤ交換します。

ただ残りは5周なのでマシンが回収され、レースが再開されるかどうかは、まだこの時点では不明でした。フェルスタッペンはタイヤ交換したことにより順位は失わなかったのですが、周回遅れのマシンがハミルトンとフェルスタッペンの間に5台入ってしまいます。通常SCラン中に周回遅れは同一周回に戻すのですが、今回は時間がなかったのでハミルトンとフェルスタッペンの間にいるマシンのみをセーフティカーの前に出させて、最終ラップだけのレース再開をFIAのマイケル・マシは決断しました。

アブダビGPコースレイアウト

このレース再スタートでフェルスタッペンとの差を広げたかったハミルトンですが、うまくいきませんでした。ハミルトンはスピードを落として急に加速してフェルスタッペンを引き離そうと考えていたと思いますが、フェルスタッペンはハミルトンの横に並ぶようにして、離されません。最終コーナー手前でハミルトンは急加速するもフェルスタッペンは離されずにトウに入ります。

そしてそのままバックストレート手前のターン5にさしかかり、そこで大胆にもフェルスタッペンはハミルトンのインに飛び込みます。そして見事にマシンを止めてハミルトンを抜くことに成功します。ハミルトンはその前に二人の差が少しあったので、ターン5でフェルスタッペンがインに飛び込んでくることを予想していなかったように見えます。それくらい不用意にイン側を空けていました。最後の勝負はその次の直線後のシケインだと考えていたのかもしれません。ターン5でイン側を抑えると、立ち上がりが苦しく、ただでさえトラクションが悪いのに、新品ソフトのフェルスタッペンに直線で抜かれる危険性があったからです。であるならばトラクションに劣るハミルトンのマシンで最高速を稼ぐにはアウトから入って立ち上がり重視で走るしかなかったのです。もしハミルトンがターン5でインを抑えていれば、そのあとの直線でフェルスタッペンに抜かれていたでしょう。

その後のシケインで巻き返そうとするハミルトンですが、さすがに新品ソフトを履くフェルスタッペンを抜けません。2本目のバックストレートでも追いすがるハミルトンでしたが、そこでも抜けずに万事休す。フェルスタッペンはこのレース最後の1周だけのリードして、優勝し自身初のワールドチャンピオンを決めました。

チャンピオンを決めて感極まるフェルスタッペン

▽奇跡の逆転だったのか
覚えておかなければならないのは、VSCの時もSCの時もメルセデスはハミルトンをピット・インさせることはできました。ただトラックポジションを優先して、タイヤ交換しなかっただけです。

もし53周目にハミルトンがフェルスタッペンにあと2秒差をつけていれば、彼は順位を失うことなくタイヤ交換できていました。逆に言うとほとんど勝ち目のないレースにも関わらず、フェルスタッペンは諦めずにプッシュし続け、毎ラップわずか0.3秒を地道に積み重ねていたからこそ、この逆転劇は起こりました。なのでこれは幸運でしたが、奇跡とは呼べないでしょう。

最終的にはメルセデスの判断が間違っていたことが敗因だったと思います。最終ラップにレースが再開する可能性があることはメルセデスも理解していたでしょう。ラップ遅れを先に行かせることも通常の流れです。トト・ウルフは最後の一周だけレースを再開させたマシを非難していましたが、このような場合、最後の一周だけでもレースを再開するということで以前、全チームが同意していました。それを彼は忘れていたのでしょう。最後の1周だけでもレースを再開する理由はセーフティカー先導でのフィニッシュなんて、レースとして、エンターテイメントとして盛り上がらないからです。アゼルバイジャンGPでも同じでした。

上記のことを考えれば、最後の1周だけもレースが再開する可能性があることは、理解できたはずです。ただフェルスタッペンがピットストップウィンドウ内にいたので、タイヤ交換という選択肢を奪われていました。もちろん2位のフェルスタッペンのほうが容易にギャンブルはできます。これは通常のレースと同じですし、なにも特別なことではありません。しかしフェルスタッペンのように絶望的な状況で毎周プッシュし続けることは誰にでもできることではありません。

ピレリのタイヤ交換一覧

実際、フェルスタッペンは最終ラップで足がつっていたと話していますし、最終コーナーではリアを滑らしています。フェルスタッペンにとってもこれは限界ギリギリの勝負でした。

だからマシの判断に異論反論はあるとは思いますが、最終的にセーフティカーをどうするかの判断は彼にあるので、彼の判断が最優先されるということです。以前の周回遅れのマシンが隊列を整える前にレース再開したこともありましたしね。

敗れたとはいえハミルトンもまた素晴らしい走りを見せてくれました。勝利はほとんど彼の手にありました。しかしほんの少し不運から彼の手からこぼれ落ちてしまいました。まるで2008年のブラジルGPの最終ラップで逆転したように。こうしてみると幸運と不運というのは平等なんだなと思い知らされます。

こうして神が筋書きを書いたような素晴らしい2021年シーズンが終了しました。破れたとは言えハミルトンはチャンピオンに足る実力を見せつけてくれました。フェルスタッペンのまたチャンピオンの資格を持つドライバーであることをシーズン通して見せてくれました。どちらがチャンピオンになっても素晴らしいシーズンだったと思います。

そしてホンダはこの勝利をもって、第一線から退きます。日本メーカーがF1からいなくなるのは残念でしかありませんが、それでもこの素晴らしいシーズンを作ったひとつの要因がこの日本メーカーであったことを記して今シーズンの観戦記を締めたいと思います。

今年も長いシーズン、一年間お付き合いいただき、ありがとうございました。また来年会いましょう。