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黄金期の終焉――レッドブルはなぜ転落したのか

かつてF1を支配した王者チームが、今や中団争いに喘いでいる。天才エンジニアの離脱、カリスマ代表の解任、そして止まらない人材流出。2026年の新レギュレーションという「リセット」の波に乗れなかったレッドブルの内側で、何が起きていたのか。栄光の裏で静かに進んでいた「崩壊の種」を、徹底的に読み解く。

王朝は、一夜にして崩れない

歴史を振り返れば、王朝の終わりはいつも静かに始まる。

2023年、レッドブルは前人未踏の21勝を挙げ、フェルスタッペンは3度目のタイトルを圧倒的な強さで手中に収めた。コンストラクターズ選手権も独走。あの年のレッドブルは、F1史上最強のチームと呼んで差し支えない存在だった。

しかしその絶頂の瞬間、組織の内側では静かに「崩壊」が始まっていた。

起点となったのは、2022年10月のディートリッヒ・マテシッツの死だ。レッドブルというブランドを一代で築き上げたこのオーストリア人実業家は、F1チームの運営において絶対的な庇護者だった。現場に干渉せず、クリスチャン・ホーナーとヘルムート・マルコという「現場を知る人間」に全権を委ねる。それがマテシッツのスタイルだった。

彼の死後、親会社レッドブルGmbHの意思決定は3人のCEOに分散された。飲料部門のフランツ・ワッツラヴィック、CFOのアレクサンダー・キルヒマイヤー、そしてスポーツ事業を統括するオリバー・ミンツラフ。現場のレースを知らない経営者たちが、F1チームの舵取りに関与するようになった。マルコが「あのような人物は二度と現れない」と語ったように、マテシッツという唯一無二のリーダーの不在は、チームの力学を根本から変えることになる。

「最強の参謀」たちが去った日

レッドブルの強さは、フェルスタッペン一人の天才性によって成り立っていたわけではない。それは、稀代の人材が長年をかけて積み上げた、集団知性の産物だった。

エイドリアン・ニューウェイ。現代F1における最高の設計者であり、彼がレッドブルで手がけたRB6からRB20までのマシンは、時代ごとにレギュレーションの隙間を完璧に突いてきた。ジョナサン・ウィートリー。ピットウォールで冷静な戦略判断を下し続けた、チームのオペレーション面の要。ロブ・マーシャル。技術部門においてニューウェイを支え続けたテクニカルディレクター。そして10年間フェルスタッペンのレースエンジニアとして、あの気難しい天才と唯一無二の信頼関係を築いたジャンピエロ・ランビアーゼ。

これほどの「知の結晶」が、わずか数年のうちに一斉に離脱した。

さらに深刻なのは、彼らの行き先だ。ウィートリーとランビアーゼはマクラーレンへ。チーフデザイナーのクレイグ・スキナーもマクラーレンに向かう。今やレッドブルの最大のライバルは、レッドブルが育て上げた人材によって急速に強化されつつある。これは単なる人材流出ではない。競争力の「移転」だ。

現場レベルでも状況は深刻だ。2005年以降一度も欠場していなかったフロントエンドメカニックのオーレ・シャック、著名なコーラー兄弟(マットはアウディへ)、さらに少なくとも6人のメカニックが離脱または退職予定とされる。広報部門でもシニアマネージャーのアリス・ヘドワース、部門責任者のポール・スミス、人事・マーケティング・パートナーシップ各責任者が相次いで解雇された。組織の毛細血管にまで及ぶこの流出は、チームの日常業務レベルにおける経験値を急速に蝕んでいる。

クリスチャン・ホーナーという「接着剤」

20年間チームを率いたホーナーへの評価は、今も割れている。彼の行動に関する疑惑は2度の外部調査で無罪とされたものの、マルコとの関係悪化、ヨス・フェルスタッペンによる公然たる解任要求など、チーム内の亀裂は広く知られるところとなった。

しかし評価の是非を超えて、一つだけ確かなことがある。ホーナーは、あの濃密な人間関係の網の目を束ねる「接着剤」として機能していた。

ニューウェイ、マーシャル、ウィートリー、コートニ――みな2006年前後からミルトンキーンズで苦楽をともにしてきた仲間だった。ウィートリーはジャガー時代からのつながりを持ち、二度の支配期を同じ釜の飯を食いながら経験してきた。そのチームとしての記憶と文化を、ホーナーというリーダーシップが一つにまとめていた。

その解任は、感傷的な別れすら許されない唐突なものだった。Netflix『Drive to Survive』でも率直に描かれているように、20年間かけて築き上げたチームへの別れを告げる機会も与えられなかった。

この唐突さがもたらした衝撃は甚大だった。現場からは「無視された」という声が上がり、「全体的に沈んだ空気」が広がっているという。親会社は、ホーナーへの組織内の忠誠心の深さを、おそらく過小評価していた。突然の解任が従業員の信頼を根底から揺さぶることを、経営者たちは理解していなかったのかもしれない。

継承計画なき「大人の事情」

後任のローラン・メキースは、誠実で温和な人物として評される。フェラーリでレーシングディレクターを務めた経験を持つ実力者だ。就任直後にマシンが劇的に復調し、フェルスタッペンはベルギーのスプリントを制した後、連続して表彰台に立った。しかしこれは、ホーナー時代に承認・開発されていたアップグレードの効果によるものだった。

2026年、すべてが変わった。新レギュレーションというリセットボタンが押され、前時代の貯金はすべて無効になった。これはすべてのチームにとって公平なゼロスタートのはずだった。しかしレッドブルには、そのスタートラインに立つための「地力」が、決定的に欠けていた。

ニューウェイ不在で生まれた初のマシン、RB22。2005年のRB5以来、初めて彼の影響を受けないマシンだ。ピエール・ワシェが技術責任者を務め、開発は続いているが、開幕3戦の結果は厳しい現実を突きつけている。

鈴鹿でのアイザック・ハジャーの言葉は率直だった。「今の唯一のポジティブは速く走れることだけ。でも速いマシンをどう作るかの手がかりがない。PUはいい。エンジンはいい。ただシャシーがひどい。コーナーで遅すぎる」。

メキース自身も「根本的な性能不足」を認め、メルボルンではメルセデスに1秒、その後の中国ではさらに差が広がったと明かした。彼が「頭を悩ませている」と公言するほど、この問題は単純ではない。セットアップの話ではなく、マシンの設計思想の根幹に何らかの課題が潜んでいる可能性が高い。

唯一の光明はパワーユニットだ。ホーナーが5年かけて主導したレッドブル・パワートレインズは、自動車メーカー以外で初の自社製PUとして強力な競争力を示しており、現時点でADUO(自動デプロイメントシステム)支援の対象外となる唯一の非メルセデス製ユニットと見られている。シャシーさえ追いつけば、という条件付きではあるが、この点は本物の強みだ。

フェルスタッペンは、待てるか

すべての問いは最終的に、マックス・フェルスタッペンという一点に集約される。

契約上、2026年夏休み時点でランキング2位以内にいなければ離脱可能とされる。開幕3戦で表彰台すら遠い現状では、その条件を満たすのは容易ではない。メルセデスとマクラーレン、両チームが今や世界最高のドライバーを獲得できる現実的な環境を持っている。特にウィートリーやランビアーゼが加わったマクラーレンは、フェルスタッペンにとって抗いがたい魅力を持つ可能性がある。

もし彼が去れば、レッドブルに残る「勝者のDNA」は事実上消滅する。チームは、かつての自分の残像と比較され続けながら、長い再建の道を歩まざるを得ない。

楽観的な材料がないわけではない。RB21の継続開発でシャシーとの相関性の問題に一定の解が得られる可能性があり、新風洞の稼働も近い。2026年の空力テスト制限の規定上、レッドブルはマクラーレンやメルセデスより多くの風洞テスト時間を確保できる立場にある。ただしその効果が結果として現れるのは、早くても2027〜2028年になるだろう。

メキースとミンツラフに求められているのは、短期と長期を同時に解決するという、本来矛盾する課題だ。今すぐフェルスタッペンを繋ぎ止めるだけの競争力を示しながら、流出した経験と文化を再構築していかなければならない。

それは「一時的な低迷」か、「構造的な凋落」か

マテシッツ死後のレッドブルが取り戻そうとしたのは、企業としての統制だった。それ自体は間違いではない。しかしその代償として失ったのは、勝利の文化を長年かけて醸成してきた中核人材だった。

計画なき継承。それがすべての出発点だ。ホーナーという20年間の求心力を突然取り除いたとき、組織の糸がほつれ始めた。糸は今もほつれ続けている。

黄金期は終わった。今問われているのは、これが一時的な低迷なのか、それとも構造的な凋落の始まりなのかだ。その答えは2026年シーズンの後半、そしてフェルスタッペンの去就が明らかになるとき、おそらく見えてくるだろう。