Formula Passion

2026年レギュレーションの深淵——F1が自ら掘った穴はどれほど深いか

エネルギー収支の根本的矛盾、MGU-H廃止という選択、そして日本GP以降の応急処置。数字と仕組みで読み解けば、現在のパワーユニット規定が抱える構造的問題の輪郭が見えてくる。

「50対50」という神話——出力とエネルギーを混同するな

F1の新パワーユニット規定を語る際に必ず登場するフレーズがある。「エンジンと電気が50対50」というものだ。数字だけ見れば確かにそうだ。内燃エンジンが540bhp強、電動モーター(MGU-K)が470bhpに制限されており、厳密には53.5対46.5——おおむね半々と言って差し支えない。

しかしこれは出力の話であって、エネルギーの話ではない。そしてレースエンジニアたちが本当に格闘しているのは、出力ではなくエネルギーだ。

自家用車を運転するとき、あなたは「平均何kW使ったか」を気にするだろうか。気にするのは燃費、つまり「どれだけのエネルギーを消費したか」のはずだ。F1も本質は同じである。

典型的な1周で燃料から得られるエネルギーはおよそ32メガジュール(MJ)。ここでMJという単位に戸惑う必要はない。1MJは約0.278kWhに相当する、エンジニアが好んで使うエネルギーの単位だ。

対して電気系統が1周で使えるエネルギーはどうか。バッテリーの充電状態変化は4MJ以内、回生量はサーキットにより異なるが概ね8MJが上限となる。通常のレースラップでバッテリー残量を中立に保つならば、使える電気エネルギーは8MJ。予選でバッテリーを4MJ使い切っても合計12MJだ。

計算してみよう。32対8——エネルギー配分は80対20に近い。予選でも73対27に過ぎない。出力が「半々」でも、エネルギーは「四分の一強」しか電気系統が担えていない。ストレートエンドでマシンが突然失速して見えるのは、このギャップが可視化された瞬間である。

MGU-Hを葬った決断

では、なぜこのような構造になったのか。その答えは2026年レギュレーション策定過程にある。

旧パワーユニット規定、つまり2014年から2025年まで使われた規定には、MGU-H(Motor Generator Unit – Heat)と呼ばれるデバイスが存在した。ターボチャージャーの軸に直結したこの装置は、排気エネルギーを電気に変換するだけでなく、過給ラグを解消するためにターボを電気的に加速する役割も担っていた。非常に効率が高く、複雑な制御を要するがゆえに、新規参入メーカーにとっては大きな参入障壁でもあった。

2026年規定でMGU-Hが廃止されることが決まった際、失われるエネルギー回収能力を補う代替案があった。前輪にも回生システムを設け、四輪回生によってエネルギー収支を補完する計画だ。適切な規模で設計されていれば、現在のようなエネルギー不足は起きなかったはずだと、複数のエンジニアが認めている。

しかしある有力メーカーがこの案に強硬に反対した。前輪回生を組み込むことへの技術的・コスト的懸念だったのか、あるいは競争上の思惑だったのかは明かされていない。いずれにせよ、その案は撤回された。

残ったのは、エネルギー収支に構造的な穴を抱えた規定と、それと格闘するチームたちだ。

日本GP以降の「応急処置」を解剖する

批判ばかりでは前に進まない。日本GP以降に導入された変更を、具体的に見ていこう。

スーパークリップ出力の引き上げ

まず「スーパークリップ」について説明が必要だろう。これはストレート終盤でエンジンがMGU-Kをオルタネーターとして駆動し、バッテリーを充電するフェーズのことだ。学校で習った物理の基本に戻ると、エネルギー=出力×時間である。この出力上限が250kWから350kWへ引き上げられたことで、同じ量のエネルギーを回収するために必要な時間が短縮される。端的に言えば、マシンが「充電のために走らされる時間」が減り、より長くレース速度を維持できる。

ストレートごとの電気出力制限

同時に、すべてのストレートで電動モーターをフル出力で展開することに制限が加わった。サーキットによって異なるが、100kWまたは50kW単位で毎秒階段状に出力が減衰する仕組みは以前からあり、これに加えて高速域での追加制限も発動する。ラップタイムへの影響は軽微とされているが、消費エネルギーの削減効果は無視できない数字になる。

コントロールライン手前でのリセット機能

これは地味ながら実用上の影響が大きい変更だ。従来、予選ラップを走るドライバーたちは二つの課題を同時にこなす必要があった。計測開始となるコントロールラインを十分な速度で通過すること、そして同時にバッテリーを満充電状態でラップに入ること。この二つは必ずしも両立しやすくなく、ドライバーはアウトラップ中にスロットル操作で細かくエネルギーを調整するという不自然な運転を強いられていた。

今回の変更で、階段状の出力制御をコントロールライン手前でリセットできるようになった。これによりドライバーの負担が減り、エンジニアもラップ終了時までに許容エネルギーをきれいに使い切るシステム設定が組みやすくなった。

オーバーテイクとブースト——知られざる武器の使い方

変更の説明に加え、まだ十分に知られていない機能にも触れておきたい。

「オーバーテイク」モードは、前車から1秒以内の時だけ使える電気版DRSと考えればわかりやすい。有効化すると電動モーターがフル出力を発揮し、さらに追加のエネルギー配分も付与される。追い抜きを仕掛ける側に明確なアドバンテージを与える仕組みだ。

一方の「ブースト」はいつでも使用可能だが、重要な制約がある。追加の回生エネルギーは認められないのだ。つまり、ブーストで電気出力を底上げした分のツケは、必ずラップ後半に回ってくる。エネルギー収支はゼロサムであり、どこかで使えばどこかで節約しなければならない。

この二つの機能は、ドライバーとエンジニアがリアルタイムで行うエネルギーマネジメントの最前線だ。チームによってその使い方の哲学は異なり、それがレース戦略の差異として現れることもある。

構造問題は残ったまま——次の改良はいつか

率直に言おう。日本GP以降の変更は評価できるが、それは「問題を解決した」のではなく「問題を管理可能な範囲に収めようとしている」試みに過ぎない。速度差の縮小という意味では安全面にも寄与するが、根本にあるエネルギー収支の構造的なアンバランスは変わっていない。

F1はいま、レースをしながら規定の欠陥を修正するという、本来あってはならない作業を続けている。それはエンジニアたちの技術力の証明でもあるが、同時にレギュレーション策定プロセスへの問いかけでもある。

次の改良がいつ来るかは分からない。しかし来ることだけは確実だ。2026年パワーユニット規定の全貌を理解するには、まだしばらく時間がかかりそうである。