新フロア投入で息を吹き返したマクラーレンは、ハンガロリンクで再び他を寄せ付けない速さを取り戻した。しかし表彰台の頂点に立ったのは、序盤で優位に立っていたオスカー・ピアストリではなく、1周目に自らミスを犯して首位を明け渡したランド・ノリスだった。ピットストップの優先順位、タイヤ特性の相性差、そしてブルーフラッグ管理システムの不具合という複数の要因が絡み合い、最終的にはピアストリが周回遅れの巻き添えを食う形で優勝のチャンスを失う。レース終盤にはそのピアストリがギアボックストラブルでリタイアするという不運もあり、2位にはマシンの不満を漏らし続けながらも粘り切ったマックス・フェルスタッペンが入った。速さと不運が複雑に絡み合った、内容の濃い一戦を詳しく振り返る。

予選:フロアアップデートが生んだポールポジション
MCL40に投入された新フロアパッケージは、待望のパフォーマンス向上をもたらした。今季ここまでマクラーレンがマイアミ以外でチャンピオンシップ獲得時のような支配力を発揮できる場面はほとんどなく、レッドブルがオーストリアでのアップデートによって勢いを取り戻し、メルセデスとフェラーリもタイトル争いで差を縮めつつあっただけに、この上積みの意味は大きかった。もともと得意としていた低速コーナーでの強さと組み合わさり、マクラーレンは予選を支配。本命視されていたフェラーリを抑え、ノリスはポールを、ピアストリが3位という理想的なグリッドを手に入れた(ハンガリーは奇数グリッドのグリップがいい)。
スタートとターン1・ターン2の攻防
決勝はマックス・フェルスタッペンの好スタートで幕を開けた。出遅れたルクレールをかわして順位を上げると、一時はターン2でピアストリに続く2番手までポジションを上げかける場面もあったが、体勢を立て直したノリスに阻まれ実現しなかった。
その裏でフロントローの2台には早くも決定的な出来事が起きていた。ターン1でルクレールを抜いたピアストリは、その勢いのまま90度左のターン2へ進入。そこでノリスがダーティーなアウト側のラインを選んでしまうというミスを犯し、その隙にピアストリが飛び込んでトップを奪取した。序盤の勝負どころはここで事実上決着していた。

抜けないノリス、耐えるピアストリ
首位を奪われたノリスは、その後もあらゆる手段でトップ奪還を試みた。コース上でのオーバーテイクだけでなく、チームに戦略面での優位を求めるプレッシャーもかけ続けた。しかしその積極性が裏目に出る場面も多く、何度かコースを膨らんではその都度タイムをロスし、再びピアストリに追いつく展開を繰り返した。一方のピアストリは、そうした背後からの圧力を冷静に受け止め続け、この攻防だけを見れば完全に自分のペースでレースを支配していた。
この間、後方ではフェルスタッペンがルクレールとルイス・ハミルトンのフェラーリ勢を抑え込みながら走行していたが、無線ではマシンのハンドリング、バランス、タイヤのデグラデーションについて毎周のように不満を漏らし続けていた。
第1スティントのピット戦略とサインツ絡みの伏線
フェラーリはこの段階からアンダーカットを狙って積極的な戦略を仕掛けており、マクラーレンは理想的なタイミングでピットへ入る自由を制限されていた。タイヤオフセットのメリットよりも、コースポジションを失うリスクの方が大きかったためだ。
13周目終わりにハミルトンがピットイン。フェルスタッペンも翌周に対応してピットへ入ったが、アンダーカットされて順位を失う。しかし16周目のターン1で、フェルスタッペンがハミルトンを鮮やかに抜き返し主導権を取り戻した。
そして迎えた16周目、ピアストリが第1スティントを引っ張り切り、フェルスタッペンの前でコースへ復帰。これにより翌周にピットへ入るノリスは、順位を失うリスクを抱えることになった。しかしノリスのインラップはピアストリより0.6秒速く、ピットでわずかに時間を失ったにもかかわらず、レッドブルの前を死守することに成功する。この1周こそが、レース全体の分水嶺だったと言っていい。

ハードタイヤの相性差が生んだ綻び
第2スティントに入ると、マクラーレン勢はフェルスタッペンとの差をすぐに広げにかかったが、その裏でピアストリのハードタイヤとの相性の悪さが表面化し始めていた。本人はレース後、ミディアムでは完全にコントロールできていた感覚があった一方、ハードに替わってからは明確な理由もなく車の挙動が悪化したように感じたと振り返っている。それでも抜かれない程度のペースは維持できると踏んでいたという。
対照的にノリスはハードタイヤとの相性が良く、一度ターン2でスライドしてオーバーテイクモード圏外に落ちても、すぐに差を詰め直せるだけの余裕を見せていた。この時点で両者の間には、誰の目にも明らかなペース差が生まれつつあった。
33周目のピットストップ判断とマクラーレンの原則
スティント終盤、再びハミルトンの早めのピットストップが各チームの判断を迫った。ノリスとしては先にピットへ入りアンダーカットでピアストリの前に出たいところだったが、マクラーレンにはその選択肢はなかった。前年のイタリアGPで、後方のマシンを先にピットへ入れた結果ノリスのストップが遅れ、意図せずピアストリに優位を与えてしまった経験があったからだ。今回はピアストリが自らの手でレースリードを勝ち取っていた以上、ピットの優先権も当然彼に与えられる。
30周目にハミルトンが2度目のピットストップを行うと、マクラーレンにも判断のタイミングが迫った。ただしハミルトンがアイザック・ハジャーの後ろでコースに復帰したこと、そしてフェルスタッペンもすぐには反応しなかったことで、マクラーレンにはわずかな猶予が生まれる。そして33周目終わりにピアストリがピットイン。ノリスは自分に優先権がない以上、第2スティントを引っ張る判断を下した。そして、これが幸運を呼び込むことになる。
クリーンエアを得たノリスは、それまで1分25秒台後半だったペースを一気に1分24秒台中盤まで引き上げる。そこには、チームに対して自分の速さを証明したいという意地もにじんでいた。

運命を分けたブルーフラッグ管理の不備
新品のハードタイヤを履いたピアストリは、アウトラップの2周こそ古いタイヤのノリスより速いペースを見せていた。しかし最終的に彼の命運を左右したのは、周回遅れとの遭遇だった。
このレースでは、ブルーフラッグを管理するGPSシステムに重大な不具合が発生しており、誤ったドライバーに旗が示されたり、周回遅れ側が背後の接近を正確に把握できなかったりする場面が随所で見られた。折しもターン2ではカルロス・サインツとフェルナンド・アロンソが激しく争っており、明確なブルーフラッグの通知を受けていなかったサインツは後方をほとんど気にしていなかった。ピアストリがターン3へ向けてギャップを突こうとした瞬間、サインツが進路を横切り接触。ここで失われた約2秒が、ピットデルタをノリス有利へと完全にひっくり返す結果となった。
39周目、最後のピットストップを終えたノリスは、チームメイトのわずか前でコースに復帰。無線でピアストリは強い怒りを露わにしたが、レース後には冷静に振り返り、責任はチームの戦略判断にはないと明言している。矛先はあくまでサインツに向けられ、「あの接触さえなければランドの前にいたはずだ」と語りつつも、その瞬間の悔しさについても率直に言葉にしていた。
ノリスの独走とピアストリのリタイア
ピット出口では2台が僅差で並ぶ場面もあったが、そこからノリスはこの日最速となる走りを見せる。ピットストップ翌周にはすでに2.1秒差、さらに2周後には5秒差まで拡大。この時点でノリスの意識はすでに背後のピアストリから離れ、1ストップ作戦で走るキミ・アントネッリをどう攻略するかに移っていた。
アントネッリより1周あたり約1.5秒速いペースで走行していたノリスは、レースエンジニアからペースセーブの指示を受けながらも、ターン1での鋭いブレーキングで難なくオーバーテイクを完了。むしろチームがこの時間帯で苦労していたのは、ノリスにこれ以上ペースを上げさせないことだった。
56周目のバーチャルセーフティカー終了時点で6秒だったリードは、チェッカーまでに15秒へと拡大。その最中、ピアストリはギアボックストラブルによりリタイアを喫し、皮肉にもこのVSCによってノリスはソフトタイヤへの交換チャンスまで得ることになった。ギアボックス保護のため縁石を避けるよう指示を受けながらも、彼の速さは最後まで衰えることはなかった。
ノリスはレース後、序盤のピアストリ追走中からタイヤのデグラデーションを含むあらゆる面で優位を感じており、あの時点でどちらが先にピットへ入る展開になっても最終的には自分が勝てると確信していたと明かしている。同時に、ピアストリにとっては単純に運が悪かったこと、1-2フィニッシュも十分にあり得たレースだったことも率直に認めていた。

フェルスタッペンの「理由が分からない」2位
予選後から「タイヤよりマシンの方が先に劣化している」と不満を漏らしていたフェルスタッペンは、決勝でもリアの落ち着きを欠くオーバーステアに悩まされ続けた。ギアシフトのフィーリングの悪さやダンパーの効き具合についても無線で繰り返し訴えており、レース後には自身でも2位という結果に驚きを隠せなかった。
その理由の一つは、スタートでの順位アップだ。ルクレールをかわして前に出たことが、その後の第1スティントを成立させる大きな要因となった。ハミルトンとの一騎打ちでは、一度アンダーカットを許したものの、リアム・ローソンとの争いに気を取られていたハミルトンの隙を突き、直後の周でこれを抜き返している。
第2スティントではフェラーリが2セット目のハードタイヤで接近を図り、終盤でのアンダーカットとその後のタイヤマネジメントを狙う戦略を選択。一時はこの作戦が機能しかけたが、フェルスタッペン陣営はソフトタイヤで残り29周を走り切るという賭けに出る。ガブリエル・ボルトレトが序盤に同程度の長さのソフトタイヤスティントを走っていたことも、チームがフェルスタッペンを説得する材料になったという。
そして56周目、ピアストリがリタイアした時点でフェルスタッペンとハミルトンの差はすでに2秒まで縮まっていた。フェラーリはここでハミルトンをピットに入れてソフトタイヤに履き替えさせ、逆転を狙う。しかしその前に立ちはだかったのが、3周しか使っていないハードタイヤのアントネッリだった。セーフティカーライン上でほぼ並ぶ形となり、このまま前に留まれば審議対象になりかねない状況からハミルトンは順位を譲る判断を下す。柔らかいタイヤで後に抜き返し、そのままフェルスタッペンにも追いつく算段だったが、アントネッリのハードタイヤのペースが予想以上に良かったことに加え、ブルーフラッグ処理の混乱による周回遅れとの絡みが、フェルスタッペンよりもハミルトンとアントネッリの方に大きな足かせとなった。特に第2セクターでは、1ストップ作戦を継続していたボルトレトやオリバー・ベアマンの後ろで時間をロスする場面もあり、この遅れがフェルスタッペンに十分な余裕を与える結果となった。
本人はレース後、マシンの状態が非常に厳しかったにもかかわらずチームが素晴らしい仕事をしてくれたと振り返りつつ、マシンには目に見えるダメージもあったと明かし、決して楽なレースではなかったことを強調していた。

速さと不運が交錯したハンガリーGP
今回のハンガリーGPは、マクラーレンの性能面での優位が明確に示された一戦であると同時に、勝敗を分けたのが純粋なペースだけではなかったことを浮き彫りにした。ピット戦略における原則の徹底、タイヤとの相性差、そしてブルーフラッグ管理システムの不具合という外的要因が複雑に絡み合い、最終的にはピアストリが不運の犠牲になる形となった。一方でノリス自身が語るように、マシンが速く自分のリズムも良い時には誰にも止められない走りを見せたこともまた事実である。ピアストリにとっては悔やんでも悔やみきれない結果となったが、チームとしての強さを取り戻したマクラーレンが、この勢いを今後どう活かしていくのか注目される。



