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2007年シーズン レビュー 四者四様のドライバー模様

劇的な幕切れだった2007年シーズンを、今回はドライバーを切り口にして、振り返ってみよう。 だが、ドライバーを語る前に、フェラーリとマクラーレンのマシンについてふれなければならない。 今シーズン、最も競争力があったマクラーレンとフェラーリが全く違ったコンセプトを持っていたことは非常に興味深い。 マクラーレンはショートホイールベースにして、マシンの回頭性に優れ、サスペンションをしなやかにして、トラクションがよく、高い縁石を乗り越えても影響の少ないマシンを作った。 対するフェラーリは、ロングホイールベースにして、マシンを安定性の重視し、前輪の位置を前進させ前輪が巻き起こす乱気流のマシン後半部への影響力を少なくしようとした。 その結果、フェラーリは空力的に効率がいいマシンとなり、他を圧倒するスピードを得ることに成功した。 デメリットとしては空力に頼る部分が多かったので、マシンの姿勢変化には敏感なマシンになり、極端な高速および低速サーキットでは空力効率の高さを生かせず、縁石の高いサーキットではマクラーレンの後塵を拝した。 もう一つのフェラーリの弱点は信頼性だったが、それは空力を優先したマシン・デザインにしたので、配線や配管を無理して引き回した結果だった。 これは、かつてマクラーレンが直面していた問題であったことが、ライコネンにとっては皮肉な話であった。 このように全く性格の違うこの二台のマシンは、当然ながらコースによって速い遅いや有利不利があった。 だが、空力がマシン性能を決めると言われる現代F1においては、フェラーリの方が優れているマシンだったと言えよう。 そういう意味で、ライコネンがチャンピオンになるのは順当であったと思う。 では、マクラーレンは、優れたマシンを持つフェラーリに、どのように対抗したのだろう。 私はマクラーレンは、フェラーリに対してドライバーの能力で対抗したと思っている。 というのもマクラーレンのマシンは決して、飛び抜けて速いマシンだとは思っていないからだ。 これは、何もライコネンやマッサが劣っているという意味ではない。 スタイルが違うと言うことである。 ショートホイールベースにすると普通は、よく曲がるマシンになるが、同時に不安定なマシンにもなる。 700馬力を超すF1では、不安定なマシンは、運転しにくいマシンという意味である。 1mmアクセルを踏み込むだけで、何十馬力というパワーをF1はたたき出す。 コーナーの立ち上がりで、アクセルコントロールを誤ることは、即スピンへとつながる。 不安定なマシンは、マシンの向きを瞬時に変えられるという利点があるが、ほんの少しでもアクセルワークをミスすると、スピンしてしまう危険と背中合わせなのだ。 だが、ハミルトンとアロンソはこの不安定なマシンを乗りこなした。 これは、この二人にしかできない芸当であったと思っている。 他のドライバーでは、今年のマクラーレンのマシンで、ここまでの成績は残せなかっただろう。 特にハミルトンは見事であった。 マックス・モズレーやデ・ラ・ロサなどはハミルトンの好成績は、マシンが良かったからだと述べているが、それでこんな突出した結果を残せれば苦労はしない。 ハミルトンはマシンのGを感じる能力が、ずば抜けて高い。 普通のドライバーであれば、マシンがスライドしてから反応するような場面でも、彼はマシンがスライドする前に関知して対応しているようだった。 そうでなければ、あれほどミスの少ないドライビングはできない。 オーバーステアだったマクラーレンで、彼がコーナー侵入時からカウンターを当てて、走ることができたのは、そんなハミルトンの能力がいかされた結果だろう。 さらに彼の優れているのはブレーキングである。 ブレーキング時にマシンは不安定になるが、彼はそんな素振りを全く見せずに減速していく。 そのスムーズなブレーキングは、類を見ない。 そのため、彼はシーズンを通してもっとも安定した成績を残していた。 彼のすばらしさはまだある。 とても頭がいいのだ。 彼のインタビューを聞いていると、質問者の意図を理解し、的確に回答している。 書いてみると当たり前のことであるが、これは22歳の若者が簡単にできることではない。 タイヤに関する理解も高いレベルにある。 中国GPでアロンソが、0.6秒遅くても文句を言ったときも、ハミルトンはアウトラップで適切な温度にタイヤを暖め、最速ラップをたたき出した。 日本GPの予選でも、路面が乾いてくる中で、最もコンディションが良くなる最後の最後にアタックして逆転のポールポジションを決めてくるなど、普通のルーキーにはできない。 残念ながら、完璧に見えたハミルトンであったが最後の最後にプレッシャーに負けてしまった。 中国GPでのタイヤ交換を遅らせたのはチームにも責任があると思うが、ブラジルでのコースアウトは彼の無理な仕掛けが原因である。 シーズン序盤の観戦記で、ハミルトンに本当のプレッシャーがかかるのはシーズン終盤であることを書いたが、皮肉も当たる結果となってしまった。 だが、世界は広い。 ハミルトンと同じレベルの高いドライバーがもう一人いる。 それは、アロンソである。 今シーズンのアロンソは、ミスと文句が多かったので評判を落としたが、昨年までの彼も同じようにミスの少ないすばらしい走りを見せていた。 それがなければ、ミハエル・シューマッハーを押さえて2年連続でチャンピオンになれたりしない。 ただ、今年のアロンソは不利な材料がそろっていた。 マクラーレンへの移籍、チーム内での確執、FIAの理解できないペナルティ、タイヤの変更、なれないブレーキ。 対応しなければならないことが、多すぎた。 そして、アロンソ最大の誤算はハミルトンが並外れた新人だったことだ。 そこに前述の不利な条件が重なり、彼は精神的に追い込まれていった。 今まで、自分より速いドライバーに出会ったことがない彼にとって、ハミルトンより遅いタイムしか出せない自分自身を受け入れることは、できなかった。 マクラーレンというイギリスのチームの中で、ハミルトンがイギリス人であることも彼を苛立たせただろう。 英語という共通の言語を完全にマスターしているハミルトンと外国人のアロンソ。 アロンソからすれば、ハミルトンとマクラーレンは特別な関係にあるように見えたとしても仕方ないだろう。 それでもアロンソはうまく対処したと思う。 これだけの悪材料があるにもかかわらず、彼は1ポイント差でラインキング二位なのである。 では、ライコネンはどうなのだろう。 彼は本当に速いドライバーだと思う。 マシンが速くても遅くても、ベストの性能を引き出せることができる、ナチュラル・ドライバーだ。 そして、走ることが大好きなのであり、他のことには興味がない。 だから、政治的にたち振る舞うことはない。 勝てなくても、文句を言わない。 夜遅くまでピットに残って、エンジニアと話をすることもない。 早く帰って気分転換して、次のレースに気持ちを切り替えることができる。 彼はチャンピオンシップのために、ペースを抑えることはしないドライバーである。 実際、彼はブラジルGPの終盤 66週目に1:12.445でベストラップを出している。 レースは残り5周である。 完全にチャンピオンが決まっている状況で、普通はこんなに飛ばしはしない。 ハミルトンやアロンソであればペースを落とし、マシンをいたわるところだ。 全神経をマシンに集中し、どこかから異音がしないか、感じ取ろうとするだろう。 だが、ライコネンは違う。 彼は速く走るのが好きなのだ。 だから、ブラジルGPでも全くプレッシャーを感じることはなかった。 いい意味でも、悪い意味でも無欲なのがライコネン。 だから、彼は5回も6回もチャンピオンになることに興味はないだろう。 そのために、ペース配分をコントロールしなければならないのであれば、彼はチャンピオンなんかなりたくないとすら、思っているような節がある。 だから、彼は他のマシンを押し出すようなまねはしない。 見ていて気持ちのいいドライバーである。 ライコネンもまた、アロンソと同じくチームの移籍とタイヤの変更によりシーズン序盤は苦労したが、それを乗り越えチャンピオンになった。 フェラーリのもう一人のドライバーであるマッサはどうだろうか? 正直に告白すると、彼がここまでやれるとは思っていなかった。 シーズン開幕前には、ライコネンにはかなわないと思っていた。 ライコネンがチームとタイヤになれていないという事情があったにせよ、序盤の出来は予想を上回るすばらしい結果だった。 ただ問題が一つあり、彼はポールポジションからスタートし、そのまま逃げ切るのは得意なのだが、何か予想しない状況に陥ったときに、それを巻き返すことができなかった。 マシンのセットアップが良くないときに、いかにレースをマネージメントして、少しでも多くのポイントを獲得するのかが、彼の最大の問題だった。 しかし、彼が2007年にもっとも成長したドライバーの一人であることは間違いない。 ▽チャンピオンを決めたのは では、このチャンピオン争いを決定づけたのは、何なのだろう。 私は、マクラーレン内の争いだったと思う。 フェラーリと戦う前に、自分のチーム内で戦っていては勝てるものも勝てない。 実際に、過去を見てもチーム内でごたごたしていると勝てていない。 勝てたのは、セナとプロストのいたマクラーレンくらいだが、それはマシンとドライバーの能力がずば抜けていたからこそ、できたことであり例外といえるだろう。 かつてはウィリアムズのアラン・ジョーンズとカルロス・ロイテマンが争い、ブラバムのネルソン・ピケがチャンピオンになった。 ルノーのプロストとアルヌーが争っていたときも、最後に笑ったのはネルソン・ピケだった。 ウィリアムズのマンセルとピケが争っていたときは、プロストがチャンピオンになった。 どんなチームであれ、チーム内が団結していないと勝つことは難しい。 個人競技である、ドライバー選手権ではあるがチーム内が分裂してリソースが分散すると、集中させたドライバーに勝つことは難しい。 そういう意味で、フェラーリにとってマッサが日本GPでチャンピオン争いから脱落したのは、幸運であった。 もしフェラーリも最後まで二人がタイトルを争っていたら、全く違った展開になっていただろう。 これこそが、今年のチャンピオンシップを決定づけたポイントであったと思う。 マクラーレンも不運であった。 ハンガリーGPまでは、アロンソも不満はあったがなんとかうまくやっていた。 だが、ハンガリーGPの予選でハミルトンを妨害したと判定されたアロンソは、グリッド5位降格の処分を下された。 全く理解しがたい判決であった。 事の発端は、ハミルトンがQ3で本来、アロンソを先行させなければいけないチームの指示を無視したことだ。 そのため、アタックの予定が狂ったアロンソは、ピットアウトするタイミングを計っていた。 結果的に、アロンソのピットアウトを待った、ハミルトンは予選の最終アタックに間に合わなかった。 ハミルトンが予選Q3でアロンソを先行させておけば、何の問題もなかった。 ハミルトンの行動が引き起こした、問題である。 それが、アロンソのグリッド降格を生み出し、ここにステップニー・ゲートの証言問題なのが絡みアロンソとマクラーレンの関係は急速に悪化した。 最終的には、脅迫的な言葉をロン・デニスに投げかけたアロンソの自業自得的な面はあるとは思うが、彼だけが悪いという風潮には反対する。 こうしてマクラーレンは自滅した。 結果的にフェラーリは覇権を奪回した。 F1では、どんなにテクノロジーが発達しても、最後の最後では人間の力が大きな影響を及ぼすスポーツであることを再認識させられたシーズンであった。 来年もまた、同じような接戦のシーズンになるとは思えないが、それでもF1の人間ドラマはおもしろく繰り広げられていくだろう。

2 thoughts on “2007年シーズン レビュー 四者四様のドライバー模様

  1. 中嶋ぼっちゃん

    いつも興味深く拝見させて頂いてます。
    深い考察に加え、歴史を見てきた方の経験に裏打ちされた重厚な文章は素敵です。

  2. 仙太郎

    中嶋ぼっちゃんさん、コメントありがとうございます。
    お褒めいただき、恐縮です。
    これからも、よろしくお願いします。

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