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F1のブレーキディスクに復活した溝の理由と意義

9月のモンツァで行われたF1イタリアGPは、単なるレース結果だけでなく、テクノロジー面でも注目すべき出来事があった。それは25年ぶりにブレーキディスクに溝が復活したことだ。ウィリアムズチームが導入したこの新たなディスクは、供給元であるカーボン・インダストリー社の手によるもので、F1の技術史に新たなページを加えた。この技術は、その後アルピーヌにも採用され、メキシコGPで初使用されたことから、他チームにも広がる可能性がある。では、このディスクに刻まれた溝にはどのような意味があるのだろうか?

今回導入されたブレーキディスクの溝は、単なる装飾ではなく、機能的な目的を持っている。このカーボンファイバーディスクに斜めに刻まれた4つの溝は、ディスクの連続した表面を分断し、摩擦を増加させることで、ブレーキの初期反応をより鋭くする効果がある。溝の存在によってブレーキパッドとディスク間の接触が変化し、結果としてペダルを通じたフィーリングが改善される。これによりドライバーはブレーキ力を微妙に調整しやすくなり、コーナー進入時などの精密な操作が可能となる。

F1マシンは高速域では大きなダウンフォースを発生させ、非常に強いブレーキ力を必要とする。しかし、速度が低下するにつれてダウンフォースも減少し、ブレーキ負荷を適切に管理することが難しくなる。このため、ドライバーは初めに非常に強いブレーキ圧を加え、その後速やかに圧力を減少させてタイヤのロックアップを防ぐという、微妙な操作が求められる。このような状況で、溝付きディスクがもたらすペダルフィーリングの向上は、ドライバーにとって大きな助けとなるのだ。

イタリアGPを走るウィリアムズのコラピント

また、溝付きディスクのもう一つのメリットとして、濡れた路面での効果が挙げられる。溝がディスク表面の水膜をより効率的に除去し、溝の角度によって水をディスクから排出することで、ブレーキの性能低下を防ぐ役割を果たす。特に雨天時には、ブレーキディスクに水が付着することで制動力が低下するリスクが高まるが、この溝によってそのリスクを最小限に抑えることができるのだ。このため、雨のレースでのパフォーマンス向上にも寄与している。

しかし、この技術にはデメリットも存在する。それは摩擦が増加することによって、ブレーキディスク自体の消耗が早くなる点だ。溝があることでディスク表面の摩擦が増し、結果としてディスクの寿命が短くなる。このため、溝付きディスクの使用は、レース序盤や特定の状況下での一時的なメリットを最大限に引き出すための選択といえる。つまり、全体のレース戦略において、どのタイミングでこのディスクを活用するかが重要なポイントとなる。

興味深いことに、最後にF1でブレーキディスクに溝が使われていたのは、1980年代半ばのスチールディスクの時代であった。その後、炭素繊維ディスクが広く採用されるようになり、溝は廃れていった。炭素繊維ディスクはスチールよりも強い制動力を持ち、優れた放熱性、軽量、低い摩耗を実現したため、溝を設ける必要がなくなったのである。しかし、1999年にアレックス・ザナルディがウィリアムズの炭素繊維ブレーキに適応するのに苦労した際、チームはスチールディスクに戻し、彼を助けるために各ディスクに7本の溝を加工したというエピソードがある。

雨のブラジルGPで表彰台に上ったオコン

今回のウィリアムズによるブレーキディスク溝の復活は、ある意味で歴史の巡り合わせと言えるだろう。モンツァでアレックス・アルボンとフランコ・コラピントが使用し、その後アルピーヌでも雨のブラジルGPでエステバン・オコンとピエール・ガスリーが使用した。このディスクがもたらすメリットがどの程度他チームに受け入れられるかは未知数だが、少なくとも雨天時のパフォーマンス向上を求めるチームにとっては、非常に魅力的な選択肢となるだろう。

今後、この技術が他の車両にも広がるかどうかは、まだわからない。F1は常に進化を続けるスポーツであり、技術的な挑戦と改良がその中心にある。今回の溝付きブレーキディスクも、その進化の一環として捉えられる。過去の技術を再評価し、新たな形で活用することで、チームはほんのわずかながらもパフォーマンス向上の糸口を探っているのだ。これが他のチームにも広がり、さらなる改良が加えられるのか、それとも一部のチームにとどまるのか――それを見守ることも、F1を楽しむ一つの要素である。