F1の名門チーム、マクラーレンが再び栄光の頂点に返り咲いた。2024年、コンストラクターズタイトル獲得という大きな成果を成し遂げた彼らだが、わずか4年前、チームは“崖っぷち”に立たされ、生き残りをかけた壮絶な戦いを繰り広げていた。その舞台裏には、財政危機、経営戦略、そしてリーダーシップが複雑に絡み合い、復活への道筋を描いたドラマが存在する。

名門の苦境――2020年、崖っぷちのマクラーレン
マクラーレンといえば、F1の歴史において数々のタイトルを獲得し、アイルトン・セナやアラン・プロスト、ルイス・ハミルトンといった伝説のドライバーたちを輩出した名門中の名門だ。しかし2020年、チームは深刻な財政危機に直面していた。
その要因の一つが、新型コロナウイルスのパンデミックだ。グローバル経済が停滞する中、マクラーレングループ全体の財政は悪化の一途をたどり、親会社の破産の可能性が議論されていた。F1チームもその影響を受け、マクラーレン・レーシング部門の少数株売却を早急に進める必要があった。
当時、この売却は競争力を高め、トップグループに追いつくための投資という文脈で語られていただけに、緊急的な危機からの救済を意味しているとは思われていなかった。したがって、その1年後、ブラウンがこのプロセスについて「最終的には生存をかけた戦いだった」と率直に語ったことは驚きをもって受け止められた。
それはかつてのF1の巨人たちや苦境に陥った小チームたちの姿を思い起こさせる表現だった。F1の中で最も古く、偉大で、人気のあるチームの1つであるマクラーレンを、そのような状況に飲み込まれたチームと同じ文脈で考えるのは難しかった。しかし、ロータスやブラバムがなくなり、ウィリアムズが長期間にわたる衰退を経て、完全売却というさらに極端な解決策を取らざるを得なかったことを考えると、少し現実味を帯びてくる。F1チームはグループの一部門であり、財政のひっ迫はそのままチームの存続をも脅かす事態へと発展した。
マクラーレンCEOのザク・ブラウンは当時の状況をこう振り返る。
「あと数か月、資金注入が遅れていたら2021年のスタートが危険にさらされていた」
この発言が示す通り、チームの存続自体が危うかった。F1という世界で“名門”と称されるチームが、存亡の危機に立たされていたのである。状況は極めて深刻で、風洞の建設休止やスタッフ削減といった具体的な問題も発生していた。

救済のカギ:バーレーン投資と米国資本
この危機を救ったのは、チームを支える株主たちの決断だった。マクラーレングループの大株主であるバーレーンの基金“ムムタラカット”が資金を注入し、同時に米国の投資グループMSPキャピタルが少数株を取得した。この投資は、マクラーレン・レーシングが必要とする安定した財政基盤を確保するものであり、約360億円という巨額の資金が注がれた。
ブラウンは、2021年シーズン終盤のインタビューで、この契約が自身の2016年からの在任期間中で最大の瞬間であったと述べている。
さらに、マクラーレンは象徴的なウォーキングの本社をリースバック契約付きで売却するという大胆な策を取った。これにより、短期的な財政危機を乗り切りつつ、F1チームの競争力を維持する道が開かれたのである。
ザク・ブラウンはこの投資について後にこう語っている。
「我々は間違いなく崖っぷちに立たされていた」。
「全ての請求書は支払っていたが、あと数か月、それも数か月単位ではなく…なんとか年を越せる見込みはあったが、資金注入がなければ2021年のスタートが危険にさらされていただろう」。
「私は常に株主たちがその状況を放置しないと確信していたが、投資が必要であることも明らかだった。彼ら(株主)が必要に応じて支援してくれると分かっていたので、夜も安心して眠れた。しかし、それは野球の比喩を使うなら、救援投手が登場する最終回寸前の出来事だった」。
この資金注入なければ、マクラーレンは存続すら危うかっただろう。

戦略的な改革――復活への基盤づくり
危機的状況から、マクラーレンの回復を支えたのは、ブラウン率いるリーダーシップと戦略的な決断だった。彼は短期的な財政危機の中でも、将来を見据えた大胆な改革を進めた。
- パワーユニットの変更:ホンダとの決別を経て、ルノーからメルセデスPUへの復帰を決断。
- 組織改革:アンドレア・ステラをパフォーマンスディレクターに昇格し、技術部門の強化を図る。
- 技術基盤の強化:新風洞やシミュレーター施設の建設を再開し、開発競争力を高める。
これらの改革は、財政的な問題を抱えながらも決して後ろ向きではなく、チームが“勝つための基盤”を再構築するためのものだった。ブラウンは「F1はビジネスであり、競争だ。だからこそ未来への投資を諦めるわけにはいかなかった」と語っている。
逆転劇――復活の兆しと2024年の栄光
マクラーレンの復活は2023年シーズンにその兆しを見せ始めた。強力なドライバーラインナップと進化したマシンが、レースごとに安定した結果をもたらし、トップチームとの競争力を高めていった。
その背景には、アンドレア・ステラが率いる技術陣の努力があった。ステラは「チーム全体が一つの目標に向かい、各部門が最高のパフォーマンスを発揮する環境を作ることが鍵だった」と強調している。
そして2024年、ついにその努力が実を結ぶ。コンストラクターズタイトルの獲得は、長年の苦闘の末にたどり着いた名門復活の象徴となった。ブラウンはこの成果について次のように述べる。「この12か月で、私たちは天と地ほどの差を経験した。今では財政的にも競技的にも、トップチームと肩を並べる存在だ」。
名門復活がF1にもたらす意味
マクラーレンの復活は、F1というスポーツ全体にとっても大きな意味を持つ。レッドブル、メルセデス、フェラーリという”ビッグ3″に対抗する新たな強豪チームの登場は、チャンピオンシップ争いをより一層激化させ、F1をさらに魅力的なものにする。
F1ファンにとって、こうした競争の激化は喜ばしいことだろう。ブラウン自身も「マクラーレンがトップチームに戻ったことで、F1はさらにエキサイティングになる」と自信を見せている。
また、マクラーレンの復活劇は、技術力と経営力の両輪が揃って初めて現代F1で成功できることを証明した。名門チームの意地と底力が、F1の新時代を切り拓いていくのだ。

逆境を乗り越えた名門の未来
2020年、崖っぷちに立たされていたマクラーレン。しかし、バーレーンからの投資や米国資本の支援、そしてブラウンのリーダーシップによって危機を乗り越え、名門チームは再び輝きを取り戻した。
苦境を経験したからこそ、今のマクラーレンには強さがある。F1の歴史に新たなページを刻んだ彼らは、今後も頂点を目指し続けるだろう。そして、その姿こそがF1ファンにとって最大の喜びであり、スポーツの真髄なのだ。
F1の世界は絶えず進化し、競争が激化している。マクラーレンの復活は、その中で「逆境を乗り越えた名門の力強さ」を示す象徴であり、今後のF1の未来を照らす光でもあるだろう。