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マクラーレンの“温度革命”:相変化材料がF1に持ち込んだ静かな変革

2025年、マクラーレンはF1パドックで最も注目を集める存在となった。タイヤの過熱に苦しむ他チームを横目に、彼らは驚異的な安定感を武器にレースを支配している。その裏にあるのは、最新空力でも、革新的サスペンションでもない。答えは「温度管理」――それも“相変化材料”という特殊素材の秘密にあるという説が浮上している。技術的観点から、その核心に迫ってみたい。

タイヤ温度管理のカギを握るのは「静かな領域」

F1のタイヤは“温度との戦い”に他ならない。適温を外れるとグリップは失われ、デグラデーションが進行し、パフォーマンスは見る見るうちに落ちていく。理想は、短時間で適温に達し、それをできる限り長く保ち続けることだ。

マクラーレンはこの「適温領域」を保つことに、今季圧倒的な強みを示している。レッドブル、メルセデス、フェラーリの各チームが温度管理に苦心する中、マクラーレンは各スティントを通じてペースを落とすことなく走り切る。トト・ウルフの言葉が印象的だ。「彼らはすべてのタイヤで理想的な温度管理を実現している。我々が速いのは1周だけ、マクラーレンは毎周それを再現している」。

では、その秘密は何なのか?

疑惑とユーモア:レッドブルの告発とマクラーレンの対応

パドックではすでに“疑惑”の声が上がっている。レッドブルはマクラーレンのブレーキドラムに「冷却スポット」があると主張。サーモグラフィ画像では、他チームのブレーキが赤々と焼けているのに対し、マクラーレンのそれは冷えたままだという。

水冷システムではないか、との声もあるが、マクラーレン側はまるで動じない。アンドレア・ステラは「正式に抗議すればいい」と突き放し、ザク・ブラウンは「Tire Water(タイヤ水)」と書かれた水筒を手にピットウォールで笑顔を振りまいた。

だが、その裏でマクラーレンが真に頼っているのが、「相変化材料(PCM: Phase Change Material)」ではないか、という仮説が急浮上している。

相変化材料とは何か?「魔法の温度スポンジ」の正体

PCMとは、ある特定の温度で相(状態)を変える際に、非常に多くの熱エネルギーを吸収または放出する材料のこと。たとえば温かい水に氷を入れて溶けるとき、周囲から大量の熱を吸収するので、水は冷たくなる。これと同じ現象を、ブレーキとホイールドラムの間に仕込んでいるとすれば、タイヤ温度を理想の領域に維持することが可能になる。

マクラーレンが使っているとされるPCMは、たとえば80〜120℃など、F1タイヤにとって最もグリップが安定する温度で相変化を起こすよう設計されている可能性がある。この“温度の壁”が、ブレーキから伝わる過剰な熱を吸収し、タイヤがオーバーヒートするのを防ぐ役割を果たしていると考えられる。

どこにPCMを配置しているのか?その工学的戦略

このPCMを配置する最適な場所は、ホイールドラムの内側、つまりタイヤに最も近い熱伝導ルート上だ。リムのすぐ外側にあるこのドラムは、空気の流れとブレーキ熱の影響を最も強く受ける場所であり、PCMによる緩衝地帯として機能しやすい。

驚くべきは、この仕組みが完全に受動的であるという点だ。電子制御もアクチュエーターも必要なく、シンプルな素材の特性だけで機能する。これはF1において、故障リスクの低減や軽量化という意味でも大きな利点になる。

技術的に実現可能か?ライバルには“真似できない壁”がある

実はこの技術、住宅の断熱材やEVバッテリー、アウトドアジャケットの素材などでもすでに広く使われている。だが、F1という超高温・高応答の環境下で使うには、極めて繊細なチューニングと、素材選定における専門的な化学知識が必要だ。

つまり、「理屈は簡単でも、実装は極めて難しい」というわけだ。これが、他チームが簡単に真似できない最大の理由でもある。

また、ホイールドラムにPCMを組み込めば「バネ下重量」が増えるというデメリットもあるが、それを超えるタイヤマネジメントの利点があれば、むしろ積極的に採用されるべきだろう。

これはグレーか、それとも見事な先進技術か?

マクラーレンの相変化材料利用に関して、FIAが動く気配は今のところない。つまり現時点では“合法”ということになる。一方で、レッドブルをはじめとしたライバル勢は、この技術が持つ圧倒的なパフォーマンス差に疑惑を強めており、今後マクラーレンに対する技術的調査が本格化する可能性もある。

だが、現状においては、マクラーレンの技術部門がこのシンプルかつ高度な“熱制御”を武器に、2025年のF1を支配していることは間違いない。

PCMは、ただの素材ではなく、マクラーレンにとって「戦略兵器」となっているのかもしれない。今後、他チームが追いつくには時間がかかるだろう。そしてそれまでの間、マクラーレンはこの静かな“熱の防衛線”を武器に、チャンピオンシップを押し切る構えだ。