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マックスの不満とルイスの技量 バーレーンGP観戦記

タイヤ的に不利なレース展開も勝利したハミルトン

ロマン・グロージャンが炎の中から奇跡の生還を成し遂げ、ストロールはひっくり返る波乱のレースを制したのはまたもハミルトンでした。なぜハミルトンが勝ち、フェルスタッペンはレース後に不満を表していたのでしょうか。大波乱のバーレーンGPを振り返って見よう。

まず最初にこの週末の金曜日はいつもと違うことがありました。ピレリが来年度使用するタイヤのプロトタイプを持ち込んでいたのです。最低6周はする義務が課されたこのタイヤ。ほとんどのチームが6周ほどしか走ることはありませんでした。そしてその評判が最悪だったことはみなさんもご存じの通りです。この場でこのプロトタイプの評価をするつもりはありません。ここで言いたいのはメルセデスだけは20周以上このタイヤで走り込んだのです。メルセデス以外のチームはレース用のタイヤの評価を優先させていました。当然20周も走ると時間を消費するので、いつも実行しているレース用タイヤのロングランができません。つまりこの週末のメルセデスはレースタイヤがどの程度持つのか限られた情報しか持っていなかったことになります。ここが最初のキーポイントでした。

予選ではいつものようにメルセデスがフロントロウを独占しました。ただスタートで2位スタートのボッタスが偶数列でダーティでグリップのない路面で蹴り出し自体は悪くなかったのですが、その後のホイールスピンが大きく加速が大きく鈍ります。そして全てはここから始まります。その間に有利な奇数グリッドからスタートしたフェルスタッペンとペレスが前に出ます。ボッタスはその後ターン1でもアルボンとオコンにも抜かれ瞬く間に6位に落ちてしまいます。そしてその後方で大きなトラブルが発生していました。グロージャンのクラッシュですが、その発端はこのボッタスにありました(ボッタスに事故の責任があるとは言っていませんので誤解なきようにお願いします)。普通の交通事故もそうですが、ほんの少しの不運やタイミングのずれが連続することにより事故は起こります。

レーススタート直後、このあとグロージャンの大事故が起こります

まず最初にスタートで出遅れたボッタスがターン1の出口でリカルドとアルボンに挟まれて失速します。その真後ろにいたノリスも接触を避けるために失速。しかもノリスはこの時接触してフロントウィングを壊しています。ノリスの直後にいたベッテルは失速するだけでは接触を避けられず右にマシンを動かしますが、そこにはストロールがいてストロールも接触を避けるために右へコースアウトします。

その直後、ルクレールが失速したノリスの直後で接触を避けるためにスピードダウンします。2台のフェラーリの後ろにいたサインツですが、スピードの落ちたルクレールとの接触を避けるためにスピードを落とします。ライコネンはサインツとの接触を避けるためにコース外に逃げています。

そして少し距離を空けて走っていたグロージャンは前を走るマシンがスピードが落ちていることを一瞬で判断しスペースのあった右側に動きます。ただしこの時彼の右斜め後ろにはクビアトがいて接触。そのままコースアウトしてガードレールに直撃して炎に包まれました。奇跡的に彼は気を失わずにシートから出て脱出ができました。

つまり先頭集団で起こったほんの少しのスピードダウンがその後方に影響を与えて、今回の大事故が発生しました。もしかしたらこのどこかの段階でマシン同士が接触していたら、この大事故は起こらなかったかもしれません。それがクルマの事故というものでしょうか。

この激突したガードレールは通常、コースと平行に設置されますが、この激突した場所ではかなり角度がついて設置されていました。これは止まったF1マシンをコース外に出すスペースを設置するのと、バーレーンのコースは複数のレイアウトが取れるようになっていおり(この次の週末のサヒールGPでも違うレイアウトを使用)、その別のコースがあったのでガードレールは角度がついて設置されていました。

そのため運の悪いグロージャンはほぼ直角にガードレールに激突。その衝撃を直接ガードレールに伝えてしまいました。これがガードレールがコースト平行に作られていれば、マシンは斜めにガードレールに激突したので衝撃を分散することもでき、このような大きな事故にはならなかったと思われます。

ハースのフロントノーズがガードレールの間に突き刺さり、抜けていったことはグロージャンにとっては幸運だったかもしれません。もしこの時ガードレールに跳ね返されていたらマシンには更に大きな衝撃が伝わっていたことでしょう。そうなればグロージャンは気を失っていたかもしれません。もちろんこの時HALOがあったのでグロージャンの頭部が守られてことは言うまでもありません。

このようなF1マシンが炎に包まれたのはイモラでのベルガー以来ではないでしょうか。とにかくすごい衝撃だったにも関わらずグロージャンが気を失うことがなかったことが、この事故でグロージャンが無事だった最大の理由です。通常あれだけのスピードが出ていてガードレールに衝突すればいかにF1ドライバーとは言え気を失ってもおかしくはありません。もし気を失っていればあの大きな炎の中に長時間いるわけですから、無事で済むわけはありません。

こうして多くの不運と少しの幸運がミックスされて、この大きな事故が起こりそしてグロージャンは奇跡の生還を見せたのでした。

▽勝てたかもしれないフェルスタッペン
さてそれではレースに戻りましょう。赤旗中断だったのでタイヤ交換も自由に可能でした。ところがハミルトンとボッタス、ノリス、リカルドはタイヤ交換をしませんでした。リカルドを除く3台はミディアムとハードを合計で3セットしか持っていませんでした。このレースは2ストップ以上がほぼ確実な状況だったのレースタイヤが最低でも3セットが必要でした。

路面がタイヤに厳しく、ソフトはタイムが落ちるのが急激なのでソフトはレースタイヤとしては捨てタイヤでした。なのでこの3人は3セット必要なレースタイヤを3セットしか持っていなかったので、やむを得ずにタイヤ交換することができなかったのです。これが二つめのポイントです。

今回も我慢のレースとなったフェラーリ

フェルスタッペンは再スタート時に違うセットだけど同じコンパウンドのミディアムを履きました。実はこの時、レッドブルはハードを履くことも健闘しました。ハードの方がロングランの平均ペースが良かったからです。ただ赤旗中断後はスタンディングスタートです。つまりハードタイヤだと蹴り出しが悪くなる可能性があり、それを嫌ったチームは最終的にミディアムでの再スタートを選択しました。

再スタートでもハミルトンはレースをリードします。ところがチームメイトのボッタスはレース再開直後にコース上に落ちていた破片を拾いタイヤがパンクして予定外のタイヤ交換を強いられます。フェルスタッペンはスタートでペレスに抜かれかかりますが、なんとか踏ん張り2位をキープ。これでレースはハミルトンとフェルスタッペンの一騎打ちです。ところがここでまたもレースは一時中断します。クビアトとストロールが接触し、ストロールのマシンは横転。これでセーフティカーが登場します。本当にこの日は多くの事が起こるので、これ以上は何も起こって欲しくないと願うしかありませんでした。そしてセーフティカーは5周の間留まります。ここがこの日のレースの決定的なポイントとなりましたが、それがわかるのはこの後のことでした。

タイヤ交換で痛恨のミスをしたレッドブル

その後9周目からレースは再開されます。第一スティントでのハミルトンはフェルスタッペンより平均で0.4秒弱速く、徐々に差を広げていきます。つまりミディアムではメルセデスの方がレッドブルより速かったことになります。そしてハミルトンはフェルスタッペンに約5秒の差をつけて、19周目にタイヤ交換のためにピットインします。そしてフェルスタッペンは次の周にタイヤ交換しました。これにフェルスタッペンがレース後に不満を述べていました。彼曰くハミルトンにタイヤ交換させられるのではなく、ハミルトンにタイヤ交換させなければならなかったと。つまりフェルスタッペンは自分達が先にタイヤ交換しなければならなかったと言っているわけです。

その理由はこのコースの特性にあります。バーレーンの路面は非常に粗くタイヤには厳しいサーキットです。なので周回毎のタイムの落ちが大きくなります。つまり長い距離を走るとタイムの落ちが大きいので、後からタイヤ交換するオーバーカットはなく、逆にアンダーカットは大きな利益を得られます。

実際ハミルトンのピットイン前にはあった5秒の差が、フェルスタッペンのタイヤ交換後には7秒に広がっていました。つまりハミルトンは先にタイヤ交換したことにより2秒のアドバンテージを得たことになります。もちろんハミルトンのタイヤ交換1周前18周目のタイム差は4秒あったので、先にフェルスタッペンがタイヤ交換していても抜くことは難しかったと思われます。しかしながらフェルスタッペンがハミルトンに迫ることは確実にできたでしょう。

だから本来フェルスタッペンはハミルトンより先にタイヤ交換をしたかったのですが、そこには当然できない理由がありました。それはストロールが横転しセーフティカーが登場。その後レースは再開されましたがタイヤ交換までに中団グループとの差を広げるための十分な周回数ありませんでした。後続のマシンとの差が広がっていなかったので、ハミルトンより1周早くタイヤ交換していたらマクラーレンの後ろに戻ることになるので、1番おいしいアウトラップでタイムを延ばすことが難しかったのです。実際この二周後にタイヤ交換したフェルスタッペンはギリギリマクラーレンの前で戻っています。

ここでタイヤ選択が別れます。ハミルトンはミディアム、フェルスタッペンはハードタイヤに履き替えました。タイヤに厳しい路面なので、この日のベストなレースタイヤはハードでした。ハードならハードにプッシュしても持ちます。ところがハミルトンは新品のハードタイヤが1セットだけしかありませんでした。フェルスタッペンは2セットのハードタイヤを持っていたので迷うことなくハードに交換しました。

2位にはなれたが、ハミルトンに挑戦できなかったフェルスタッペン

そしてフェルスタッペンは第2スティントではハミルトンと互角のタイムで走れていました。そして勝負の2回目のタイヤ交換を迎えます。今回はフェルスタッペンが先に動きます。34周目にもうひとつの新品ハードに交換。ハミルトンも残していた新品のハードを履きます。ところが勝負をかけて先にピットインしたフェルスタッペンですが、ここでチームは痛恨のミスをしてしまいます。通常は最速タイヤ交換を見せているレッドブルですがここで通常よりも3秒もタイムロス。しかしフェルスタッペンはタイヤ交換前はハミルトンと約6秒ほどの差がありましたが、ハミルトンのタイヤ交換後はなんと4秒ほどの差に縮まっていました。タイヤ交換で3秒もロスしたのにです。つまりフェルスタッペンはアンダーカットしたことで5秒ものアドバンテージを得たことになります。フェルスタッペンがもしタイヤ交換でロスがなければ抜くことができなくても、ハミルトンにアタックできる距離に近づけたのは間違いないでしょう。実はこのレース前にレッドブルのチームクルーの数名がコロナウィルスに感染しており、この日はタイヤ交換に不慣れなクルーが来ていました。レッドブルのタイヤ交換のミスはこうした状況も影響していました。

そして両者とも新品ハードを履いたこの第3スティントではほぼタイムは拮抗していました。この後ハミルトンに接近できないと考えたレッドブルはフェルスタッペンに3回目のタイヤ交換を指示します。これはメルセデスはもう第4スティントで履くハードもミディアムも持っていなかったので、セーフティカーが登場して差がなくなれば、よりグリップのいいミディアムを履くフェルスタッペンは距離を走ったハードを履いたハミルトンに勝負できると考えたからです。ハミルトンが3回目のタイヤ交換でソフトに履き替えれば、レース終盤に苦しくなるのは明らかでした。

そしてレッドブルの思惑はうまくいきそうでした。トルコGPに続きいい走りを見せて連続の表彰台を目指し3位を好走していたペレスのエンジンから煙が出て、ついには炎が見えてコース脇にマシンを止めます。ここでセーフティカーが登場。最後の最後にスプリントレースが見られるかと思われました。ところがペレスのマシンは炎が出ていたので、マシンを回収するのに時間がかかり、セーフティカーが登場したままレースは終了し、そのままハミルトンが勝利しました。

ここで注目すべきなのがミディアムを履いた第2スティントでのハミルトンの走りです。この日のレースではミディアムはタイヤがたれやすく、ハードタイヤを履くフェルスタッペンに比べ不利なことは明らかでした。にもかかわらずハミルトンは新品のハードを履くフェルスタッペンと同じタイムを刻んでいます。これは誰にでもできることではありません。

ハミルトンもレース後にフェルスタッペンが非常に速かったからタイヤを労りながら走る方法を試したと述べています。メルセデスがこのレースを犠牲にしても金曜日に来年用のタイヤデータ収集を優先し、レースでのタイヤの挙動も明確でない中で、このような走りができるのはやはりハミルトンしかいません。確かに彼は最速マシンを得ています。しかしながら最速のマシンがあれば誰でも勝てるのであればボッタスはもっと勝てなければなりません。しかしボッタスとフェルスタッペンとのポイント差は僅か12ポイント差しかありません。ハードを1セットしか残さなかったのはチームの判断ミスだとメルセデスも認めていました。それでも勝ってしまう前回のトルコGPに続いてハミルトンの技が光ったバーレーンGPでした。