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勝てるはずのないレースを勝ったハミルトン トルコGP観戦記

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これまでのシーズンとは様変わりした展開をみせたトルコGP。ポールポジションはなんとランス・ストロール。チームメイトのペレスも3位からのスタートでした。そしてフリー走行から予選といいところのなかったハミルトン。レース前彼が勝てる理由はなにひとつありませんでした。しかしレースが終わってみれば、いつものように表彰台の真ん中には彼がいました。勝てるはずのないレースに勝ったハミルトン。彼はどんなマジックを使ってトップでチェッカーを受けたのでしょうか。異例ずくめのトルコGPを振り返って見ましょう。

▽滑りまくるドライバー達
まずフリー走行から振り返りましょう。トルコGPのサーキットはF1を開催するために、僅か2週間前に路面を再舗装しました。しかしながらというか、当然というか路面から油がしみ出しているような状況でFP1ではまったくグリップがしませんでした。そのためドライタイヤを履いているにも関わらず、スピンするマシンが続出。以前開催されていたときの最速ラップよりも10秒も遅い結果といえば、いかに路面コンディションが悪かったかわかると思います。午後にはだいぶ改善はされ1分28秒まで改善されました。路面コンディションが改善されたとはいえFP1とFP2で7秒もタイムが改善されるとは、この週末の路面コンディションが特殊だったのかわかると思います。

そして迎えた土曜日。フリー走行から雨で、午後も雨は小降りでしたがウェット路面での予選になりました。この予選でレーシングポイントのストロールがキャリア初めてのポールポジションを獲得。2位はフリー走行全てでトップタイムを記録していたフェルスタッペン。3位にはストロールのチームメイト、セルジオ・ペレスがなり、4位はレッドブルのアルボン。つまりレーシングポイントとレッドブルで2列目までを独占しました。

この日の予選はとにかくタイヤの温度をいかに上げるかが勝負でした。Q3では路面コンディションが改善されてきて、最後にはインターミディエイトに履き替えるドライバーが多くいました。結果的に予選上位のマシンはすべてインターミディエイトだったので、Q3はこれが正解のタイヤでした。ところがとにかく路面がグリップせず、気温が低く、路面はまだ濡れていたので、タイヤの温度を上げるのがとても難しい状況でした。最終コーナー立ち上がりのオンボードカメラを見ていても、どのドライバーも完全にマシンが真っ直ぐなるまではアクセルを踏んでいませんでした。しかもそれでもマシンは蛇行していました。普通は路面が濡れていてもコーナーの立ち上がりで徐々にアクセルを開け始めるのですが、この日はどのドライバーもおっかなびっくりアクセルを踏んでいる状況でした。

そんな状況の中、レーシングポイントとレッドブルが上位を独占したのは、この二つのチームが他よりもタイヤの温度を短時間で上げることに成功したからです。逆にこの週末のメルセデスはタイヤの温度を上げるのに苦労していました。ハミルトンはなんと6位からのスタートになります。そしてこれがレースに大きな影響を与える事になります。

ハミルトンですら、コース上に留まることが難しいコンディション

▽大混乱の決勝レース
日曜日も雨に降られてウェット路面でのスタートになりました。ただ雨自体は小雨で路面コンディションはレース後半に向けて改善が予想されます。スタートでは初ポールのプレッシャーにも負けずストロールがトップをキープし、2位にはチームメイトのペレスがつけます。2位スタートのフェルスタッペンは蹴り出しは良かったものの、その後の加速で大きくホイールスピンをして失速。後ろにいたアルボンも巻き添えを食って遅れます。

その後、路面コンディションが改善し、10周前後で続々とインターミディエイトに履き替えます。それでもこの難しいコンディションの中でストロールはトップをキープし、ペレスは2位でレーシングポイントの1-2です。3位はスタートの大失敗から巻き返して来たフェルスタッペン。フェルスタッペンはペレスより速くすぐ後ろにつけますが、とにかくまだ路面は濡れていて、レーシングライン以外はウェットだったので、追い抜くことは事実上不可能でした。この時点ではDRSもまだ利用許可が出ていません。

17周目にペレスがミスをして、フェルスタッペンがペレスの直後につきますが、あまりにも近づきすぎてスピン。タイヤに大きなフラットスポットを作りタイヤ交換を強いられ大きく順位を落とします。しかもタイヤ交換時にフロントウィングのセットアップを間違えるというミスもあり6位でフィニッシュが精一杯でした。

たった1回のオーバーテイクで優勝したハミルトン

▽初優勝目前だったストロール
人生初のポールポジションからスタートしたストロールは、プレッシャーに負けることなくスタートを成功させました。その後も順調にレースをリードして、初優勝に向けて走り続けていました。レインからインターミディエイトへのタイヤ交換も問題なく、その後もレースをリードします。

トップを走るストロールが2回目のタイヤ交換をしたのは36周目。トップを快走し一時は10秒以上のリードを築いていたストロールでしたが、徐々にペースダウン。タイヤ交換前には2位のペレスとの差はほとんどなくなっていました。この時点でストロールには二つの選択肢がありました。ひとつは新品のインターミディエイトに履き替える。もうひとつはスリックでした。ルクレールやリカルドがその前に新品のインターミディエイトに履き替えて、いい走りを見せていたので彼らは新品のインターミディエイトを選びました。まだレコードラインも完全に乾いていない状況でしたし、ドライタイヤの温度を上げるのが難しい事を考えると、この時点は最適の作戦のように思えました。

しかしその後、ストロールのマシンは失速。9位でフィニッシュすることになります。失意のストロールに何が起こったのでしょうか。実はストロールのマシンのフロントウィング裏面に大きなダメージあり、それによりフロントのダウンフォースを大きく失っていました。そしてそれにより彼のフロントタイヤはグレイニングが発生し、2ストップを余儀なくされました。

ではなぜストロールのフロントウィング裏面にダメージがあったのでしょうか。普通にコース上を走っている限り、フロントウィング裏面を痛めることはありません。この日のコースは滑りやすく、至る所でコースアウトするマシンが見受けられました。恐らくストロールも縁石かなにかに乗り上げた時にフロントウィング裏面を痛めたのでしょう。18周目までにストロールはペレスに10秒の差をつけていましたが、その後の10周で1秒以下にまで差を縮められています。ということは彼がトラブルに巻き込まれたのは、この18周目と考えて間違いありません。この日のコンディションを考えると、彼を責めることはできません。ただストロールが初優勝のチャンスを逃したことは間違いありません。

苦しみながらも7度目のワールドチャンピオンになったハミルトン

▽慎重なハミルトン
一方、チャンピンをかけたハミルトンは慎重な走りをしていました。スタートではフェルスタッペンのミスに乗じて3位にまで上がりますが、とにかくグリップしなくてマシンは曲がりません。あっという間にもとの6位に落ち着きます。この日のハミルトンは我慢のレースを続けます。フェルスタッペンがスピンして自滅したので順位をひとつ上げて5位になりましたが、その後も猛チャージを仕掛けるという状況にはなく、徐々にペースを上げてきます。

そして36周目、ハミルトンはペレスをDRSを利用してオーバーテイク。この日初めてトップに立ちます。この時点でタイヤが十分に温まっていたハミルトンはこの後ペレスを引き離し30秒もの大差をつけて優勝。7回目の世界チャンピオンに輝きます。

勝てるレースを落としたフェルスタッペン

本来、この日はフェルスタッペンが勝つはずのレースでした。スタートで出遅れましたが3位にまでは回復しており、まだレースは半分以上残っていました。路面コンディションは改善していましたし路面がドライになればレッドブルが有利です。ところがペレスがミスをした際に、近づきすぎてダウンフォースを失い濡れている縁石に乗ってスピンして勝てるはずの勝利を失いました。

一方のハミルトンはとにかくリスクを抑えて我慢のレースでした。彼がこのレースでオーバーテイクしたのはたったの1回。ペレスを抜いてトップに立ったときだけでした。その時もDRSを使ってストレートで抜いています。とにかくこの日の路面はグリップしなかったのでハミルトンは慎重に走っていました。レース中、彼は高速コーナーでタイヤを痛めないように走ったと説明しています。それが彼がたった1回のタイヤ交換でインターミディエイトタイヤを履いて50周も走り切れた秘密でした。レース後の彼のタイヤを見ると本当にきれいにコンタクトしている部分がスリックタイヤになっていました。

2位でフィニッシュしたペレスの48周走ったインターミディエイトは限界に近づいていて、大きなバイブレーションが出ていました。あと1周もしたらバーストしていただろうとペレスが話していることを考えると、ペレスより2周も長く、しかも土曜日に3周走った中古のインターミディエイトを履いたハミルトンの走りがいかにすごかったか、よくわかると思います。しかも彼はスタート時の新品レインタイヤで苦労していたので、次に交換するインターミディエイトには中古を要求していました。その方がタイヤに熱を入れやすく、グレイニングが出にくいからです。

最後はタイヤ交換する余裕もありましたが、ピット入り口の路面が濡れているのを確認したハミルトンはタイヤ交換を拒否します。彼はルーキーシーズンの中国GPでタイヤ交換に入ったピットレーン入口でスピンしたことを覚えているからです。またタイヤをインターミディエイトに履き替えれば、再びタイヤを温めるのに時間がかかります。この週末のメルセデスがタイヤ温度で苦戦していたことを考えると、これも正しい判断でした。またレース終盤にかけて再び雨が降る予報もあったので、再度レインタイヤに交換するための余裕も必要でした。

ハミルトンがインターミディエイトに交換した直後は、タイヤに熱が入らず慎重に走っていました。このことが結果的にタイヤの寿命に好結果をもたらしました。そしてハミルトンとペレスは同じインターミディエイトタイヤで最後まで走ることができ、安定したタイヤ温度で走ることにつながりました。

ハミルトンはインターミディエイトは最初グレイニングが少し出たが、徐々に路面は乾いてきて徐々にグレイニングが消えて、ペースが戻ってきたと述べています。その後、前を走るベッテルがタイヤ交換に入ったが、ハミルトンはそれは間違った判断だと思ったとも話しました。自分はステイアウトし、タイヤは徐々にスリックのようになってきて、それが路面が乾いてきた状態でハミルトンが求めていたものでした。幸運なことにインターミディエイトは温度を維持することができました。もしスリックタイヤに交換していればタイヤの温度を上げるのが難しかったでしょう。だからインターミディエイトで走り続けるのがベストな判断だったのです。

この週末、グリップしないコンディションにも関わらずピレリはタイヤの内圧を上げる決定をしました。これはトルコのレイアウトに高Gのコーナーが多いからですが、これは少し奇妙に思えました。タイヤの内圧を上げるとタイヤのグリップは下がります。しかし内圧を上げるとタイヤの温度を上げることを助けることにもなります。

多くのドライバーがタイヤ温度を適切に管理することに苦労していました。

ウエットタイヤを履いたスタート時には内圧を上げたことにより、タイヤに熱を入れるのは簡単になります。路面が乾いてきたドライバーがレーシングラインを外して、路面の濡れているところを走るのはこのためです。

路面が乾いてくると、レース展開は大きく動きます。タイヤの温度を上げやすく予選で上位だったレーシングポイントとレッドブルはタイヤに苦しみ始めます。一方予選ではいいところのなかったメルセデスとフェラーリは徐々にタイヤ温度が上がってきて、ペースが上がってきます。

結局のところこの日はどの種類のタイヤを履くかより、タイヤを適切な温度領域に保ち続けることが重要でした。ストロールがギャンブルをしてスリックを履いていても結果に大きな影響はなかったと思います。タイヤの温度を上げるのに数周以上は必要だったでしょうし、その間滑るスリックをドライのレコードラインにとどめておく必要もありました。濡れている路面に飛び出た瞬間にタイヤ温度はあっという間に下がってしまいます。それはかなり難しいことでした。

この日のレースは最も速いドライバーが勝ったのではなくて、もっとも最適な判断をしたものが勝ったのです。そしてそれがいつものハミルトンだったということです。