2024年シンガポールGPは、ランド・ノリスにとってキャリアの中でも際立ったレースの一つとなった。シンガポールの市街地コースは、タイトで技術的に難易度が高いレイアウトが特徴であり、例年通り極端な湿度と気温がドライバーに試練を課す。ノリスはその過酷な環境下で、自らの才能と冷静さを余すところなく発揮し、ポールポジションから完璧なリードを守り抜いた。
フェルスタッペンとの差を広げた序盤の圧倒的なパフォーマンス
ノリスはスタート直後からレースを支配する姿勢を見せ、ターン1での混戦も冷静にクリア。序盤から1秒ずつフェルスタッペンとの差を広げていった。彼のエンジニア、ウィル・ジョセフが「10周目までに5秒のギャップを築け」と指示した通り、ノリスは圧倒的なペースでそれを達成し、その後も15周で10秒、20周で20秒と、まるで一人旅のようなペースで他を引き離した。
ノリス自身は後に「スタート直後にフェルスタッペンがもっと攻めてくるかと思ったけど、リードを守るのは意外とスムーズだった。マシンのフィーリングも良く、すぐにレースをコントロールできた」と振り返った。実際、マクラーレンのMCL38は、特にミディアムタイヤでのセットアップが見事に機能し、ノリスはトラックの全区間でペースを維持し続けた。
ターン14でのロックアップと冷静なリカバリー
しかし、ノリスのレースが全て順風満帆だったわけではない。ターン14でのロックアップは、勝利を揺るがす瞬間にもなりかねなかった。バリアにわずかに接触したが、幸運にもフロントウィングにダメージはなく、ここでもノリスの冷静さが光った。「少し焦ったけど、すぐにマシンが大きく影響を受けていないことが分かった。むしろその瞬間が、もう一度集中力を引き締めるきっかけになった」と語っている。
このミスが響いて一時的に差が4秒まで縮まったが、ノリスはその後もペースを維持し、徐々にリードを再び広げた。このような一瞬のミスを経てもリズムを取り戻す彼の対応力は、彼の成熟と進化を示すものだ。
マクラーレンの戦略的勝利
マクラーレンのピットウォールも、ノリスのレースを完璧にサポートした。特にレース中盤のピット戦略は鍵となり、フェルスタッペンがハードタイヤに交換するタイミングに迅速に対応し、ノリスを定石通り、次の周に呼び戻すことでリードを守り続けた。アンドレア・ステラは、「レース全体を通じて、ランドがどのように自分のレースを管理していたかを見るのは非常に印象的だった。ピットストップのタイミング、タイヤ管理、そしてフィニッシュまでのペースコントロール、全てが完璧だった」とレース後にチーム全体のパフォーマンスを賞賛した。
ピレリのミディアムタイヤでの序盤のペースは驚異的で、フェルスタッペンを完全に圧倒した。ジョセフも「ミディアムタイヤでのパフォーマンスがあれほど良いとは思っていなかった。ランドは素晴らしい感覚を持っていたし、タイヤの持ちを最大限に活かしてくれた」とコメントしている。
フェルスタッペンの粘り強さとレッドブルの課題
一方、マックス・フェルスタッペンは、金曜日のフリー走行からレッドブルが苦戦を強いられていることを認識していた。彼は「正直、ここでの勝利は難しいと思っていた。マクラーレンのペースが非常に速かったし、我々の車のバランスも完璧ではなかった」と冷静に分析している。特にハードタイヤでのロングランは安定していたものの、マクラーレンに追いつくための決定的なペースを欠いていた。
ここで重要な役割を果たしたのが、セバスチャン・ブエミだ。レッドブルのシミュレータードライバーとしてチームを支えるブエミは、この週末に重要な貢献を果たした。ホーナーも「ブエミがレッドブルを飲んで、深夜までシミュレーターで作業をしてくれたおかげで、金曜日の不安定なパフォーマンスから改善することができた。彼の努力なしでは、今日の結果はなかったかもしれない」と冗談めかしながらも、彼を称賛した。
ブエミは、タイヤの温度管理やトラクションの改善を中心にシミュレーション作業を行い、レッドブルがフェルスタッペンの車のバランスを改善するためのキーとなる情報を提供した。「彼が徹夜で働いてくれたおかげで、我々はシンガポールの難しい条件下でも競争力を維持することができた」とホーナーは語っており、ブエミの貢献はレッドブルの強さを支える大きな要因の一つであった。
ピレリ マリオ・イゾラの見解
ピレリのモータースポーツ・ディレクターであるマリオ・イゾラも、今回のレースは「比較的シンプルで、1ストップ戦略が最速であることが明らかだった」と振り返っています。また、シンガポールGPでは史上初めてセーフティーカーの介入が一度もなかったことがレースの流れを安定させた要因としています。
特筆すべきは、ソフトタイヤが期待通りのパフォーマンスを発揮したことです。ルイス・ハミルトンは燃料満タンで最初の17周をソフトで走行し、許容範囲内のデグラデーションを示しました。また、角田裕毅も後半に28周をソフトタイヤで走りきり、ペースとタイヤの管理が重要な要素であることを証明しました。タイヤの選択とピットストップのタイミングは、今回のレースで各チームの戦略に大きな影響を与えました。
フェラーリの失速とタイヤ問題
フェラーリの失速は、タイヤの温度管理が大きく影響した。土曜日のFP3で、フロントタイヤの温度が十分に上がらないという問題が顕著になったフェラーリ。彼らにとって、タイヤ温度の調整は容易ではなかった。フロントタイヤを温めるために追加のラップを走行すると、今度はリアタイヤがオーバーヒートするという逆の問題が発生。結果として、フロントタイヤの温度を適正に保ちながらも、リアタイヤの温度が過度に上がるというバランスの難しさが出て、予選に向けて、フェラーリは完全に手詰まりとなった。
「フロントとリアのタイヤ温度のウィンドウが非常に狭く、非常にデリケートだ」とルクレールは予選後にコメントした。この言葉が示すように、フェラーリのマシンはタイヤの温度管理に対する許容範囲が狭すぎたため、路面状況やセッションのタイミングに大きく影響された。
Q3に入ると、フェラーリはアタックのタイミングを遅らせて、最も有利な最後にアタックしようとしたが、その戦略が裏目に出た。ルクレールとカルロス・サインツは、最後にアタックすることを狙ったが、ピット出口で長時間待ったため、貴重なタイヤ温度を失ってしまった。結果的に、サインツはアウトラップでタイヤが十分に温まらず、バンプに乗り上げた際にスピンし、バリアに衝突。赤旗が出され、彼はタイムを出すことができなかった。
ルクレールもまた、タイヤ温度の問題に悩まされ続けた。セッション再開後、彼は一度しかアタックできず、しかもタイヤが暖まりきらず、ターン2ではみ出してしまう。FP3での問題がそのまま再現された形となり、ルクレールの最速ラップはトラックリミット違反により無効とされ、結果としてフェラーリの両車は9位と10位からのスタートを余儀なくされた。
「予選でのタイヤ温度管理は本当に難しかった。フロントを温めてもリアが過熱してしまうし、その逆もまた然りだ」とルクレールはコメントを残している。
レースペースではマクラーレンに対抗できる速さがあると見られていた、ルクレールだっただけに、このタイヤ温度の問題は、彼からノリスへの挑戦権を奪ってしまった。
悲喜交々の角田とレーシングブルズ
シンガポールGPでの角田裕毅のレースは、予選で8位スタートと強力なパフォーマンスを見せたものの、スタート時のトラブルが響き、最初の1周で3つのポジションを失ったことがポイント圏外フィニッシュの決定的な要因となりました。角田は「スタートには本当に苛立った」とレース後に振り返り、いかに重要な場面でのポジションロスが、後半の走りに影響を与えたかを語っています。彼は、ミディアムタイヤでできるだけ長く走り、戦略的なアプローチを取ったものの、「セーフティカーが出るのを期待するしかなかった」と述べ、レース中の展開が彼の希望通りには進まなかったことを嘆いています。
最終的に33周目にソフトタイヤに交換した角田は、「最後のスティントではミディアムタイヤよりも感触が良かった」と一定の手応えを感じており、ラストランでの走りには満足していましたが、それでも追い上げきれず12位でレースを終える結果となりました。ギヨーム・デゾトー車両パフォーマンス責任者も、角田のスタートでのポジション喪失が痛手だったと述べており、「前の車についていくためのペースが少し足りなかった」とチームのパフォーマンス面での課題を指摘しています。
ローラン・メキースチームプリンシパルも、レース全体のパフォーマンスについて「全体的には良いパフォーマンスだったが、ポイントを獲得するには十分ではなかった」と述べ、特にスタートの重要性を強調しました。「今シーズンのスタートは十分ではなく、これを改善するために懸命に取り組んでいる」とのコメントから、今後のレースに向けた課題も明確にされています。ソフトタイヤでの最終スティントでは、角田が強力な走りを見せたことはポジティブな点として評価されていますが、「ポイント圏に戻るには至らなかった」とメキースは冷静に分析しました。
角田にとって、このレースはスタートが結果を分ける大きな要因となり、そこが最大の改善ポイントとして浮かび上がりました。次戦に向けて、彼とチームがスタートの改善をどれだけ実現できるかが、今後のレースでのポイント獲得の鍵を握ることになるでしょう。
アメリカGPに向けて:レッドブルとマクラーレンの次なる戦い
シンガポールGPの結果は、マクラーレンにとって大きな弾みとなったが、シーズンはまだ続く。次のアメリカGPに向けて、両チームともアップデートを投入する予定だ。特にレッドブルは、オースティンでのマシンパフォーマンス向上を目指し、フェルスタッペンが早期にタイトルを確定させるための準備を進めている。
ホーナーは「オースティンではもっと攻めたセットアップで挑むつもりだ。我々はまだ勝ち続けるための手段を持っている」と自信をのぞかせており、次戦に向けた意気込みを感じさせる。
一方で、マクラーレンもまた着実な進化を遂げており、チーム代表のステラは「我々は焦らず、プロセスを信じている。次戦でも同じアプローチでレースに挑む」と強調した。
残り6戦、ノリスとフェルスタッペンのタイトル争いはますますヒートアップする。シーズン終盤に向けて、各チームがどのような戦略を展開するかが注目される。シンガポールGPの結果が、シーズン全体にどのような影響を与えるのか、F1ファンは息を呑んでその結末を見守ることになるだろう。