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マクラーレンとレッドブル 空力開発の哲学の違い:シーズン後半の逆転劇の理由

2024年のF1シーズン後半、マクラーレンとレッドブルの空力開発の対比は、F1の技術的な進化における2つの異なるアプローチを際立たせる結果となりました。両チームは同じ設計哲学に基づいたマシンを持ちながら、シーズンを通して異なる道を歩んでいます。

Lando Norris, McLaren MCL38

マクラーレンの進化と飛躍

マクラーレンは、シーズン序盤こそ競争力に欠けていましたが、シーズン後半にかけて劇的な改善を見せました。シンガポールGPでは、ノリスのMCL38が一時フェルスタッペンに対して30秒近いリードを得て、このチャンピオンを完全に凌駕しました。

バーレーンGPでは競争力を欠き、レース終盤にはフェルスタッペンのRB20から50秒近く遅れてフィニッシュしたマクラーレンが、どうしてこんなに早く状況を逆転させることができたのでしょうか。

シンガポールGPでのマクラーレンのパフォーマンスは、レッドブルに対して1周につき1秒に達しており、マクラーレンの開発による進歩とレッドブルの失速が際立っています。

このマクラーレンの成功の背景には、マクラーレンの空力設計に対する継続的な進化があります。

MCL38の空力設計は、2023年モデルのMCL37を進化させたもので、RB18やRB19の設計原則に基づいています。特に、フロアのアンダーカットやサスペンションのレイアウトは、レッドブルの強力な空力コンセプトにヒントを得ています。しかし、マクラーレンはこれらの要素を単純に模倣するのではなく、車体全体のバランスを取りつつ改良を加えました。これは、チームが空力設計に対して慎重かつ柔軟なアプローチを取り、設計思想の根幹を維持しながらも進化の余地を確保していることを示しています。

さらに、マクラーレンはレッドブルの成功を観察し、彼らの利点を自チームに取り入れることに成功しました。これにより、F1における開発競争の中で大きな進化を遂げたのです。MCL38は、車高変動に対応するサスペンション設計と高度な冷却システムを兼ね備え、高ダウンフォースを必要とする低速サーキットから高速サーキットまで、あらゆるコースで安定したパフォーマンスを発揮しています。

マックス・フェルスタッペン、レッドブルRB20 、シンガポールGP マリーナ・ベイ・ストリート・サーキット

レッドブルの失速:RB20の問題点

レッドブルのRB20は、シーズン序盤こそ他チームを圧倒するパフォーマンスを見せ、フェルスタッペンが驚異的な速さを発揮しました。しかし、シーズンが進むにつれて、特に高ダウンフォースを必要とする低速サーキットで、パフォーマンスに陰りが見え始めました。その理由の一つは、RB20の設計にある根本的な問題に起因しています。

RB20は、RB19までの成功を踏襲しつつも、さらに空力的な効率性を追求するために極端な設計が施されました。特に、車体の後部での空力バランスを維持しつつ、冷却システムの再配置や、サスペンションのレイアウトを改良することに注力しました。この設計は、空力面でのダウンフォースとドラッグのバランスを取りつつ、車体全体の効率を高めることを目指したものです。

しかし、この極端な空力追求は、特に信頼性面での問題を引き起こしました。具体的には、冷却システムがエンジンやパワーユニットの動作に十分な余裕を持たせるための設計でありながら、熱交換効率が十分に確保されず、結果的にエンジンパフォーマンスに悪影響を及ぼしました。このため、チームは冷却にリソースを割かざるを得なくなり、空力開発の一部を犠牲にしてでも信頼性を優先せざるを得ませんでした。

レッドブルのRB20は、特に高ダウンフォースが要求されるサーキットにおいて、冷却システムの問題が顕著に現れました。これがパフォーマンスの低下に直結し、シンガポールやモナコのような低速サーキットでは、他チームに対して十分なアドバンテージを得ることができなくなりました。また、シーズン中盤以降、レッドブルはこれらの問題を解決しようと多くのリソースを費やしましたが、その過程で本来なら進めるべきだった空力アップデートが後手に回る形となり、他チームとのギャップを縮められる結果となったのです。

さらに、RB20はサスペンションと車高制御にも問題を抱えていました。車高変動に対する柔軟性が制限された結果、サーキットごとに最適なバランスを取ることが難しくなり、空力的なパフォーマンスが一貫しないという問題に直面しました。特に高速サーキットではうまく機能していた設計が、低速サーキットでは逆効果となり、予想外のタイヤの摩耗や、アンダーステアなどの挙動を引き起こす要因となりました。

これに対して、マクラーレンや他のライバルチームは、比較的保守的でバランスの取れた設計を採用し、着実に開発を進めてきました。彼らは空力的な効率性だけでなく、車全体のバランスや信頼性にも注意を払いながら進化を遂げており、特に低速サーキットでのパフォーマンス向上が目立ちます。このため、レッドブルが冷却システムの問題に直面している間に、他チームは空力的な進化を進め、シーズン終盤におけるパフォーマンスの逆転を実現したのです。

レッドブルが選んだラディカルな設計は、シーズン序盤には他を圧倒する結果をもたらしましたが、その代償として、信頼性と車両全体のバランスを犠牲にする結果となりました。RB20が抱えるこれらの問題を解決するには、単なる空力アップデートではなく、根本的な設計見直しが必要となり、それが2024年シーズンの後半に影響を与え続ける可能性があります。

今後、レッドブルがこの失速から回復し、再び他チームに対して優位性を取り戻すためには、空力面だけでなく、サスペンションや冷却システムを含む車全体のバランスを再調整する必要があるでしょう。

セルジオ・ペレス(オラクル・レッドブル・レーシング RB20)、シンガポールGP@マリーナベイ・ストリート・サーキット

空力開発の掟

マクラーレンとレッドブルのこの対照的な空力開発の結果は、F1の空力開発における重要な教訓を示しています。先頭を走るチームは、徐々に開発する余地が少なくなり、ラディカルなアプローチを取らざるを得なくなります。そのため、トップに立つマシンはリスクを取る必要があり、その過程でバランスを失うことがあります。一方、追いかけるチームは、先頭チームの設計哲学を模倣し、空力や動力学の改善余地を広げることができるため、より保守的かつ効率的なアプローチを取ることができます。

マクラーレンの成功は、彼らが慎重に設計を進化させながら、空力的なバランスを保ち続けたことにあります。一方で、レッドブルは大胆な選択をしたものの、その代償として開発の自由度を失い、シーズン後半の競争力を損ねる結果となりました。

今後の展望

2024年のシーズン後半は、マクラーレンがシーズンを通して進化し続け、レッドブルの失速を利して競争力を高めたことを示しています。しかし、F1の世界では状況は常に流動的であり、レッドブルが再び技術的な問題を解決し、シーズン終盤で巻き返す可能性も十分にあります。次のレースであるオースティンでは、レッドブルがどのようにその課題を克服するのか注目されるでしょう。

マクラーレンの空力開発の成功は、設計の一貫性と柔軟性を持つことの重要性を示しています。彼らが次のシーズンでもこのアプローチを維持し続けることができれば、レッドブルとのさらなる競争において優位に立つことが期待されます。しかし、レッドブルもまた、空力設計の方向性を再考し、さらなる進化を図り、反撃の準備をしていると思われます。

このF1空力開発の舞台は、技術革新と戦略が交錯する領域であり、マクラーレンとレッドブルの今後の動向は、今後のシーズンの行方を大きく左右することになるでしょう。