2024年シーズンに向けて、F1のパドックに驚きのニュースが駆け巡った。トヨタがアメリカを拠点とするF1チームであるハースと技術提携を結び、F1の世界に復帰するという発表である。今回の提携は即時発効となり、モータースポーツ界においても意外な組み合わせとして多くの注目を集めている。しかし、トヨタはこの契約がF1への本格的な復帰を意味するものではないことを明確にしており、あくまで技術パートナーシップに留まるとしている。両者の提携にはどのような背景があり、これからどのような影響をF1に与えるのだろうか。

トヨタF1参入の思惑
まず、トヨタがF1から撤退したのは2009年のことだ。当時、トヨタは莫大な予算を投入しながらもタイトルを獲得することができずにいた。その後、トヨタは世界耐久選手権(WEC)やラリー(WRC)で成功を収め、F1復帰の噂は常に付きまとっていた。トヨタはF1にワークスチームおよびエンジンサプライヤーとして8シーズン参戦し、13回の表彰台を獲得し、コンストラクターズ選手権で最高4位に輝いた経験を持つ。しかし、ワークスチームとしての参戦には政治的な圧力やチーム運営の複雑さが伴い、トヨタにとって大きな障壁となった。
今回の復帰にあたり、トヨタは戦略を大きく変え、自身のワークスチームを立ち上げるのではなく、既存のF1チームであるハースとの技術提携を選んだ。この選択には過去の教訓が大きく反映されており、既存のチームとの提携は新たなエントリー費用や設備投資を大幅に削減できるメリットがある。特に、ハースという既存チームの枠組みを活用することで、トヨタは純粋に技術開発に集中することが可能となる。
この複数年にわたる契約の一環として、ハースとトヨタはモータースポーツおよびR&D部門である「トヨタ ガズー レーシング(TGR)」を通じて、専門知識やリソースを共有する。この提携により、TGRはハースに設計、技術、製造サービスを提供し、ハースは技術的な専門知識や商業的な利点を提供する。この目的は、ハースが技術開発や競争力を向上させることで、トヨタがF1を通じて自身の知識や技術を磨くことにある。しかし、この提携はトヨタのF1再参入を直接示すものではなく、トヨタのドライバー育成やエンジニアリングプログラムの強化に焦点を当てている。
TGRのプロジェクトマネージャーである梶正哉は、この協力関係は2026年から始まる新しいレギュレーションに基づくパワーユニットサプライヤーや製造メーカーとしてトヨタがF1に復帰する前兆ではないことを確認している。
TGRはハースに「リソースやハードウェアを増強する」支援を行い、ケルンにあるシミュレーターへの即時アクセスなどが提供される。この緊密な関係は、TGR所属のドライバーがハースのF1マシンを「TPCプログラム(過去のマシンでのテスト)」で使用できるようにすることにも及ぶ。

フェラーリからの条件とトヨタの関係
ハースのチーム代表である小松礼雄は、フェラーリから「いくつかの条件」を提示され、それらが保証されない限りトヨタとの新しい技術提携に合意できないという条件があったことを明らかにした。ハースはこれまでフェラーリとの強力なパートナーシップの下で活動してきたが、成績の向上に限界を感じていたことも事実だ。
小松もTGRとの提携が「フェラーリの代替ではない」と断言しており、次のように述べている。「フェラーリとハースのパートナーシップが基盤であり、常にそれが基盤となる。この提携はそれを損なうものではなく、フェラーリとの基本的なパートナーシップを強化するものだ」。
フェラーリとの協業はコストパフォーマンスという面ではメリットがあったが、競争力の面では制約があった。そこで、トヨタという巨大な技術力と豊富なリソースを持つ企業との提携は、ハースにとって魅力的な選択肢だったと言える。トヨタのハイブリッド技術や空力開発力は、ハースが中団からトップ争いに挑むための強力な武器となるだろう。
「MoneyGramハースF1チームとトヨタ ガズー レーシングが技術パートナーシップを締結することに、非常に興奮している」と、ハースのチーム代表である小松礼雄は語った。「自動車業界のリーダーであるトヨタが私たちと協力し、彼ら自身の技術やエンジニアリングの専門知識を向上させることを目指すことは、両者に明らかな利点があるパートナーシップだ。トヨタ ガズー レーシングのリソースや知識にアクセスしながら、彼らの技術と製造プロセスから恩恵を受けることは、私たち自身の発展や競争力の向上において非常に重要な役割を果たすだろう」と述べた。
また、小松は次のように付け加えている。「フェラーリとは最初から一緒に仕事をしているので、お互いのことを非常によく理解している。そして、今回の協力関係については、非常に早い段階からフレッド(チーム代表のフレデリック・バスール)とも話し合ってきた。フェラーリとの関係で得られるものは素晴らしい。それがハースF1チームの基盤だ。しかし、TGRが助けてくれる分野はそれ以外のところにある。今回の話し合いの初期段階からフェラーリの経営陣とは完全に透明性を保ってきた。だからこそ、TGRとの関与やどの分野で協力するか、そして各社の知的財産をどのように保護するかについて、明確な理解ができている」
トヨタの会長である豊田章男氏も、この提携がF1への正式な復帰として見なされるべきではないと強調している。むしろ、この取り組みは日本の若い才能に、モータースポーツの最高峰で働く夢を抱かせることを目的としている。豊田氏は、過去にF1から撤退する決断をしたことが、日本の若手ドライバーにとってチャンスを制限することになったかもしれないと認めつつも、当時の状況を考えれば、その決断は正しかったと述べている。

トヨタとハースの提携は、単なる技術供給を超えた、新たな挑戦の始まりを意味している。これが成功するか否かは、2025年シーズン以降の成績次第だが、少なくとも彼らの挑戦がF1の競争をさらに刺激することは間違いない。両者の強みがどのように融合し、どのような結果を生むのか、その行方を見守りたい。
ガズー レーシング カンパニー社長の高橋智哉氏も、「MoneyGramハースF1チームとトヨタ ガズー レーシングが、ハースの車両開発を含む技術的パートナーシップに関する基本合意を締結したことを嬉しく思います」と述べている。また、「ジーン・ハース氏、小松礼雄氏、ステファノ・ドメニカリ氏、フレッド・バスール氏、そしてこのコラボレーションにご協力いただいた全ての既存のパートナーの皆様に感謝申し上げます」と付け加えた。
このパートナーシップにより、ハースのニコ・ヒュルケンベルグとケビン・マグヌッセンの車には、次週末のアメリカGP(オースティン)からトヨタ ガズー レーシングのブランドが表示される予定だ。
この提携により、トヨタのドライバーや技術者たちはF1での経験を積み、テスト、データ分析、空力開発などの分野でスキルを向上させることができる。これによりトヨタは、次世代の自動車業界のプロフェッショナルたちに夢と希望を与えることを目指している。