ラスベガスGPの決勝レースは、まさに運命を切り開くための舞台となった。メルセデスのジョージ・ラッセルは、そのチャンスを見事に活用し、キャリア通算3勝目を挙げた。一方で、マックス・フェルスタッペンは4度目のワールドチャンピオンを達成し、セバスチャン・ベッテルやアラン・プロストに並ぶ偉大な存在となった。しかし、このレースは単なる勝者と敗者を分けるだけでなく、ドライバーたちの戦略と適応力が如実に表れたものだった。
フェルスタッペン、4度目の戴冠
フェルスタッペンはシーズン序盤、レッドブルRB20の競争力を最大限に引き出し、初めの10戦で7勝を挙げた。その圧倒的なスタートダッシュは、今年もフェルスタッペンが楽々チャンピオンなることを予感させるものだった。しかし、シーズン中盤からレッドブルの開発ペースが停滞し、競争力は徐々に低下した。それでもフェルスタッペンは冷静に対応し、勝てない状況でも安定してポイントを積み重ねることに専念した。彼にとって重要だったのは、最高のマシンではなくとも、その限界まで攻め、ミスを最小限に抑えることでチャンピオン争いから脱落しないことだった。ラスベガスGPでは、その姿勢がまさに功を奏し、最終的に彼は勝てなかったが、4度目のタイトルを手にした。一方、彼のライバル達はコースによっては圧倒的な勝利を飾ることもあったが、スイートスポットを外すと、たちまちフェルスタッペンの後でフィニッシュすることになり、差を縮めることができなかった。
このレースでフェルスタッペンが見せたのは、トップマシンを駆るドライバーとしてのプライドだけでなく、競争力を失ったマシンでも最大限のパフォーマンスを引き出すための冷静さと適応力だった。レッドブルRB20はかつての圧倒的な優位性を失っていたが、それでもフェルスタッペンは限られた条件下で自分のレースをうまくまとめ、人々が想像する以上のポイントを積み上げ続けた。
低温が有利に働いたメルセデス
一方、メルセデスは長らく苦しんでいた高温環境でのタイヤのデグラデーション問題が、ラスベガスの低温・低グリップ路面によって解消され、ラッセルにとっては絶好の舞台が整った。このマシンはライバルに比べて車高を低くして走ることが多いため、タイヤにより多くのエネルギーを加える傾向があり、そのために熱によるデグラデーションが激しく、特に路面温度が30℃を超える状況では苦しんできた。しかし、ラスベガスの夜間レースでの低温路面がこの問題を解消し、メルセデスにとって有利に働いた。
チーム内での状況も興味深い。予選ではルイス・ハミルトンが速さを見せつけたものの、Q3でのミスが響き、ポールポジションを手にすることができなかった。ハミルトンはブラジルGPでの結果に失望し、一時はシーズン終了前に去ることも考えたが、ここでは復調を見せていた。しかし、予選での攻めた走りがミスを引き起こし、タイムを大きく失った。一方で、ラッセルは冷静にクリーンなラップをまとめ、ポールを獲得した。ラッセルの慎重なアプローチと自己管理は、このレースの鍵となった。
ラッセルとフェラーリの攻防
スタート直後からの展開もドラマチックだった。ラッセルにとって最初の課題は、スタートを成功させ、数周以内にリードを維持することだった。ターン1への短い距離と、カルロス・サインツやピエール・ガスリーがシャルル・ルクレールからアタックされ順位を失ったことで、ラッセルは有利な立場に立った。ラッセルはスタートをクリーンに決め、ポールからのリードを維持することに成功したが、その後の数周でルクレールがラッセルに迫り、ターン14でのオーバーテイクを試みる場面もあった。
ルクレールの挑戦は非常にアグレッシブで、ストレートでのDRSを利用してイン側からのオーバーテイクを狙った。しかし、ラッセルはイン側をしっかり守り、アウト側のグリップが低いことを見抜いていたため、ルクレールの攻撃を退けることに成功した。ルクレールはターン17のシケインでアウト側を維持しようとしたが、ラッセルが巧みにブロックし、フェラーリはアウト側のラインを保つことができず、グリップ不足により退かざるを得なかった。
ルクレールのタイヤは、この攻防によって余計な負荷がかかり、パフォーマンスが低下した。これによりルクレールはサインツに追い詰められ、さらにフェルスタッペンにも追い越される形となった。メルセデスがタイヤを慎重に扱いながらペースを管理する一方で、フェラーリ勢は序盤からの攻撃的な走りが裏目に出た形だ。特にルクレールのタイヤはデグラデーションが進み、最終的にはライバルたちに順位を譲る結果となった。
ハミルトンの追撃とフェラーリの判断ミス
ハミルトンは予選の失敗から挽回を図り、序盤から積極的にオーバーテイクを繰り返した。ヒュルケンベルグ、ピアストリ、角田裕毅、ガスリーと次々に追い抜き、ポイント圏内へと浮上していった。ハミルトンにとって、タイヤのデグラデーションを抑えつつ、ペースを維持することが重要だったが、低温の路面状況が彼を助けた形となった。ハミルトンは冷静にペースを管理し、タイヤを効果的に使いながら順位を上げていった。
中盤以降、フェラーリ勢は再びタイヤのグレイニングに悩まされ、ピット戦略にも混乱が生じた。特にサインツはピットインを巡るチーム内の混乱で順位を落とし、ハミルトンにアンダーカットを許してしまった。このピットでの判断ミスが、フェラーリにとって致命的な結果を招いた。フェラーリ勢とハミルトンはミドルスティントの間ずっと互角の状態を保っていたが、ストップ戦略が難しいことが明らかになり始めた。これはレースの転換点だった。ハミルトンは当時5位で、慎重にレースを運んでいたが、フェラーリのピット戦略の遅れによってメルセデスが優位に立つチャンスを得た。
サインツはグレイニングの問題が再び浮上したことでピットインを求めたが、フェラーリは彼が角田とヒュルケンベルグの前で戻れる十分なギャップがあるかどうか判断できなかった為に、タイヤ交換するのを待った。彼は27周目にフェルスタッペンを追いかける形でピットインしようとしたが、ピットエントリー直前でタイヤが準備されていなかったことがわかり、さらに1周を走ることになった。この結果、後からピットインしたルクレールに順位を譲る形となった。サインツはピットレーンに入らなかったため大きなタイムロスは免れた。それでも、ここでのタイムロスはハミルトンに恩恵をもたらした。この追加の1周でハミルトンはアンダーカットを成功させ、順位を上げることができた。
サインツは「今日は良いレースができなかった」と振り返り、ピット戦略のミスによってルイスとのバトルの機会を逃したことを悔やんでいた。「ミディアムタイヤでは1周遅れ、ハードタイヤでは2周遅れでピットに入った。ピットインしようとしたときには、ピットエントリーでの無線が混乱していた」。
「それが多くのレースタイムの損失を招き、もしかするとルイスと争うことができたかもしれない機会を逃してしまった。しかし、このスポーツでは、すべてを完璧に行う必要がある。それが今年の我々の強みだったが、今日はそうではなかった」。フェラーリのピットウォールは、一貫した決断を下すことができず、サインツのレースを台無しにしてしまった。
ルクレールもまた、チームメイトとのバトルで感情を爆発させた。「自分の仕事をしたけど、良い人でいるといつも馬鹿を見る」とレース後のラジオで激昂した。フェラーリは2度目のタイヤ交換した後に、前を走るルクレールに対して「(後ろから来る)サインツが彼(ルクレール)をオーバーテイクしたり、プレッシャーをかけないよう」指示したと二度にわたって伝えたものの、その直後にサインツがルクレールをオーバーテイク。この一連の出来事が、ルクレールの怒りを引き起こしたのは明らかだ。
ルクレールはレース後のインタビューで、「伝えられたことが守られなかった」と明確に述べている。彼のフラストレーションは、単なるポジション争いにとどまらず、チーム内での信頼関係の欠如を示していると言えるだろう。ルクレールは現在、ドライバーズランキングでランド・ノリスに21ポイント差をつけられており、すでにマックス・フェルスタッペンが2024年のタイトルを確定させたため、今や残った最高位を目指す争いをしている。
ハミルトンの猛追とラッセルの冷静
ハミルトンの前がクリアになると、彼は残り17周でラッセルに対し11.2秒の差を追い上げるべく全力を尽くした。次の5周でその差を7.8秒に縮め、このペースが続けば最終ラップでラッセルに接近し、オーバーテイクの可能性が出てくる計算だった。ラッセルはレースをマネージメントし、最後の攻防に備え、「後ろで何かが起こるのを待っていた」とラッセルは述べ、誰かがクラッシュする事態に備えてタイヤを温存することに集中した。
ハミルトンは次の数周で差を5秒に縮めたが、ラッセルはチームラジオでペースを上げるよう指示され実行し、これがハミルトンの追撃を完全に止めた。残り3周では、ハミルトンの攻勢は終わりを迎えた。ハミルトンのタイヤもまたグレイニングを起こし始め、ターン7でロックアップを引き起こして2秒のロスを被った。この小さなミスで勝負が決まった。ラッセルはキャリア3勝目を7.3秒の差で飾った。
優勝し喜びを爆発させていたラッセルとは対照的に、ハミルトンは予選がうまくいっていれば結果がどうなっていたか一瞬思いを巡らせた。「もし昨日しっかりやれていたら、今日は簡単だっただろう」と振り返りつつも、チームの好成績を喜んだ。「ジョージは素晴らしい仕事をして、やるべきことをすべてやり遂げた。僕もそれを祝福したいし、チームをサポートする形で1-2を達成できたことに感謝している」。
チャンピオンになる条件
フェルスタッペンは4度目のタイトルを獲得したものの、ラスベガスでは最高のマシンではない中での戦いを強いられた。彼はレース後、「シーズン序盤は上手くスタートを切れたけど、その後の厳しいレースが多かった」と語った。「そういう厳しいレースで、間違いなく最速ではない車を使って、チームとして落ち着いて対処できたことを誇りに思う。ファクトリーでも非常にハードに働き、ほとんどの場合は冷静でいられた。ミスはほとんどなく、時にはパフォーマンスを超えて成果を上げた。そして、ライバルたちは時々、彼らが獲得すべきポイントを逃したこともあった。チャンピオンシップを争うとき、これらすべてが最終的に重要になるんだ」と語り、困難な状況でも冷静さを保ち、最大限の成果を上げたことを強調した。
フェラーリ勢との最後のバトルでは、当初レースエンジニアのジャンピエロ・ランビアーゼは順位を守るように指示したが、最終的にはチャンピオン獲得のためにリスクを取らず、積極的な防御を見せることなく、サインツとルクレールにポジションを譲ったが、ノリスの前でフィニッシュするという目標を達成した。
メルセデス、勝利の条件
このレースで明らかになったのは、メルセデスが低温環境では別格のパフォーマンスを見せ、競争力があるということだ。ラッセルはそのチャンスを見事に活かし、予選から決勝までクリーンな走りを貫いた。彼はハミルトンに予選でのミスがいかに重要だったかを示すと同時に、ライバルの失敗を利用するだけでなく、先頭からの勝利を管理できるドライバーであることを証明した。
来季、メルセデスがタイトル争いに再び加わることがあるとすれば、その中心に立つのは間違いなくラッセルだろう。ハミルトンがフェラーリに移籍することでチームは損失を被るが、ラスベガスでの勝利を通じてラッセルはその空白を埋められる存在であることを示した。運命は自らの手で切り開くもの——ラスベガスGPは、それを体現したラッセルの勝利で幕を閉じた。