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カスタマーチームが勝てない時代は終わった:マクラーレンの挑戦と成功

ロン・デニスの「カスタマーチームはもうF1世界選手権を勝ち取れない」という言葉は、長らくF1界の不変の真理として語られてきた。彼がこの言葉を発したのは、ターボハイブリッド時代の幕開けとなった2014年。当時、ワークスエンジンとカスタマーエンジンの性能差が、コンストラクターズ選手権争いにおける明確な壁となっていた。しかし2024年、マクラーレンはその「壁」を乗り越え、カスタマーチームとしてコンストラクターズタイトルを獲得。F1の歴史を塗り替えた。

カスタマーチームを取り巻く不平等

2014年、ロン・デニスは次のように述べている。「今年の予選データを見れば一目瞭然だが、メルセデス・ベンツのワークスチームと他のチームとのタイム差が常に1秒以上ある。そして、この差はほぼ一貫している。我々の組織内でも多くの人が共有している意見だが、エンジン製造元から最高のエンジンを供給されない限り、世界選手権を勝ち取るチャンスはない。現代のグランプリエンジンは純粋なパワーだけではなく、エネルギーをどう回収し、どう蓄えるかが重要だ」

実際、当時のメルセデスのワークスチームとカスタマーチームの間には、常に1秒以上の差があった。エンジンマップ、ソースコード、燃料最適化の点で異なっており、その結果、パワー、エネルギー回生、エネルギー展開に大きな違いが生じていた。

デニスが指摘した最大の問題は、エンジンの「ブラックボックス化」にあった。具体的には、エンジンのソースコードやエンジンマップのカスタマイズが許されず、ドライビングスタイルやシャシー設計との完全な調和が困難だったのだ。「我々が制御できないものに依存する限り、世界選手権を勝ち取ることは不可能だ」と、彼は嘆いていた。

変革をもたらしたFIAの技術指針

その状況を変えたのが、FIAが2018年に導入した技術指針だった。FIAはチームに対し、カスタマーユニットとワークスユニットの性能に差異があることは許容されないとする技術指針を発表した。この指針では「1つのメーカーによって供給されるすべてのパワーユニットは同一であるべき」とされ、「同一のソフトウェア、オイル、燃料仕様で運用されなければならないとされた」。この明文化された規則が、エンジンに関する不平等を是正し、車両のパフォーマンスにおいてカスタマーエンジンかどうかが最終ラップタイムに影響を与えることはなくなったのだ。

マクラーレンのチーム代表、アンドレア・ステラはこの変化についてこう述べている。「私たちは現在、メルセデスHPP(エンジン部門)から完全に公平なエンジン供給を受けています。これにより、カスタマーチームであっても、レースや選手権で競争力を持つことができるようになりました。HPPとの関係は非常に良好で、我々の意見を聞いてもらえる状況にも満足しています。」

とはいえ、ワークスチームにはいまだに一定の利点が残されている。エンジン設計やマッピングの最終決定権を持つ点だ。しかし、これらの違いはレース結果に大きな影響を与えるものではなくなり、カスタマーチームの競争力を高める結果となった。

コストキャップと空力テスト制限の影響

2024年のマクラーレンの成功を語るうえで、FIAが導入したコストキャップも欠かせない。これにより、メーカー系チームが莫大な資金力を背景に開発競争で他チームを圧倒する時代が終わりを迎えた。

さらに、空力テスト制限(ATR)も重要な役割を果たした。この制度は、前年のコンストラクターズ選手権順位に基づき、下位チームが上位チームよりも多くの風洞実験やCFD(計算流体力学)を行えるようにしたものだ。トト・ウォルフはこの点に触れ、「私たち(メルセデス)は選手権4位の結果として20%多いATRを得ている。しかし、それだけでは勝利に直結しない。マクラーレンが勝利したのは、優れたエンジニアリングとリーダーシップがあったからだ」と述べている。

シャシー開発の勝利とエンジニアリングの力

マクラーレンの成功の背後には、卓越したシャシー開発があった。2024年シーズンを通じて、チームは複数の空力アップデートを導入し、それが明確なパフォーマンス向上につながった。特に注目されたのが、中盤戦で投入された新型リアウィングだ。これにより、ダウンフォースとドラッグのバランスが飛躍的に改善され、競争力のあるラップタイムを安定して記録できるようになった。

ステラは、シャシー開発について次のように語った。「我々のエンジニアたちは、非常に創造的かつ効率的なアプローチで開発を進めてきた。この結果、シャシーの改善が全体的なパフォーマンス向上につながり、シーズン中盤からの安定したポイント獲得が可能となった」。

ドライバーの活躍が成功を支える

また、マクラーレンの成功には2人のドライバーの安定した活躍が欠かせなかった。ノリスとピアストリが、それぞれ異なる役割を果たしつつ、チーム全体のパフォーマンスを最大限に引き出した。ウォルフはこれについても言及している。「彼らの2人のドライバーは、全シーズンを通じて安定してポイントを稼ぎ出した。彼らがいなければ、タイトルは獲得できなかっただろう」。

マクラーレンが示した未来への希望

2009年のブラウンGP以来、カスタマーチームとして初めてタイトルを獲得したマクラーレンの成功は、F1の未来に新たな希望を示した。特に、資金力だけではなく、創意工夫と戦略的運営が勝敗を分けることを証明した点が重要だ。

マクラーレンの成功は、他のカスタマーチームにとってのロールモデルとなるだろう。デニスの「カスタマーチームは勝てない」という発言は、もはや過去のものだ。そして、これからのF1では、誰もがチャンピオンシップ争いに加わる可能性を持つ時代が訪れている。

FIAの規則改革、戦略的なリーダーシップ、そしてドライバーたちの才能。この3つが交差したマクラーレンの成功は、F1の新たな可能性を切り開くものだ。その成功の裏にある努力と技術の積み重ねが、今後のグリッド全体にどのような影響を与えるのか、期待が高まるばかりだ。