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マクラーレンが空力競争をリードする理由:設計思想と実戦データから読む序盤5戦の空力格差

2025年シーズン、F1のパフォーマンス差は空力で決まる――。ここまでの5戦で浮き彫りとなっているのは、「最大ダウンフォース」でも「最小ドラッグ」でもなく、「速度域全体にわたる空力バランス」の完成度こそがラップタイムを左右する決定因子であるという事実だ。その点で、マクラーレンは最も洗練された空力パッケージを持つチームとして抜け出しつつある。

空力の三要素と速度域特性:設計思想の分岐点

現代のF1マシンは、以下の3つの空力的基準を軸に開発されている。

  1. ダウンフォース量(Maximum Downforce)
  2. 空力効率(Lift-to-Drag Ratio:L/D)
  3. 速度レンジ全体における空力バランスの安定性(Aerodynamic Balance Envelope)

マクラーレンはこの3点すべてにおいて高水準の性能を示しているが、特に評価されるべきは3点目、低速から高速まで一貫して安定する空力センターの挙動制御能力である。対照的に、レッドブルはピーク空力効率とダウンフォース量は高いものの、低速から中速域への移行時にバランスを失いやすい。これは特に持続旋回系コーナー(ジェッダのT13、バーレーンのT4/11)で顕著に現れる。

リアウイング構成の比較と設計解析

空力の調整は主にリアウイングの構成で行われるが、各チームの設計思想の違いは以下の要素に現れている。

  • メインプレーン下面面積:下面の面積が大きいほど、上下面の圧力差が大きくなり、ダウンフォース(およびドラッグ)も増加する。
  • フラップ面積と角度:フラップはウイング全体のダウンフォースを細かく調整する役割を持ち、角度が大きいほど急激な揚力変化が得られる。
  • ビームウイング負荷:下流へ流れる空気をメインプレーン下面へ誘導し、ディフューザーとの協調で安定したリアバランスを生む。
  • センター断面厚(Chord Depth)とアスペクト比:ウイングの中央が厚いと、空力効率とドラッグの最適バランスが取りやすい。

マクラーレンは、フラップ角を大きく取った高ダウンフォース構成を、バーレーンのようなトラクション勝負のサーキットでも採用。一方、レッドブルはバーレーンからジェッダまで、最小限のリアウイング構成+ローダウンフォース化されたビームウイングで通している。結果として、ストレート速度は稼げるが、空力センターの急激な移動が起きやすくなっている。

コーナリングデータによる空力挙動の実証

以下は、ジェッダとバーレーンにおける最低速度比較。空力センターの安定性とリアのスタビリティを見るうえで、中高速コーナーにおける最低速度とスピードロスが極めて有効な指標となる。

《バーレーン:ターン13の最低速度(km/h)》

  • マクラーレン:126
  • メルセデス:129
  • フェラーリ:128
  • レッドブル:122

→ レッドブルは他3チームに対し4~7km/h低速。旋回中の空力バランス喪失による失速が発生している。

《ジェッダ:ターン13の最低速度(km/h)》

  • マクラーレン:202
  • メルセデス:208
  • フェラーリ:198
  • レッドブル:198

→ 高速旋回でもレッドブルはマクラーレンに劣後。これは空力中心(センター・オブ・プレッシャー)の変動量が大きく、特にブレーキング~旋回開始までに前荷重が過剰になる設計による影響と考えられる。

ドラッグの代償とマクラーレンの割り切り

当然、高ダウンフォース構成には直線速度の低下=ドラッグ増加という副作用がある。しかし、マクラーレンはその「割り切り」が成功している。

《バーレーン:ピットストレート速度(km/h)》

  • メルセデス:320
  • フェラーリ:318
  • レッドブル:320
  • マクラーレン:314

《ジェッダ:ターン27手前(最終ストレート)速度(km/h)》

  • フェラーリ:334
  • レッドブル:331(スリップありで338)
  • マクラーレン:330
  • メルセデス:330

→ 数値上は5~6km/hの差があるものの、マクラーレンはこれをセクター2・3の旋回安定性で回収しており、総合タイムでは逆転している。空力効率は劣っていても、ラップタイム最適化の観点では成立しているのだ。

今後の鍵:設計柔軟性と空力MAPの拡張性

マクラーレンの強みは「どのサーキットでも戦える設計」ではなく、「サーキットごとの最適構成を迅速に選べる設計」だ。空力MAP(空力特性曲線)が広く、しかもデータ反映が早いため、アップデートやウイング選択のトライ&エラーが極めて少ない

一方で、フェラーリやレッドブルは速度レンジの狭さや特定設計に縛られた特性ゆえに、セットアップの幅が狭い=安定性に欠ける状況に陥っている。

結論:空力競争の本質とは「速度レンジ全域の支配」

空力戦争において勝敗を分けるのは、ピーク性能ではない。車速20km/hから300km/hまでのすべてのフェーズで安定した空力バランスを保つことができるかどうかが本質だ。

現時点で、それを最も高い次元で達成しているのがマクラーレンである。今後、レッドブルがリア空力構成を改良するか、フェラーリが旋回時の荷重移動を制御できるようになるかが、後半戦の鍵となる。