Formula Passion

マクラーレンの速さの秘密:サスペンションジオメトリーとタイヤ管理の革新

マクラーレンは2023年シーズンの後半から、他チームを圧倒するような速さを見せつけてきました。特にオーストリアGPでは、その圧倒的なパフォーマンスで勝利を収め、他チームが苦しむ中でタイヤを効果的に管理し、レース距離を完璧に走り抜けました。F1パドックでは「マクラーレンがどのようにしてあんなに速いのか?」という議論が熱を帯び、驚くべき理論が飛び交いました。中でも、マクラーレンがタイヤに水を注入して冷却システムを作り出しているという話や、相変化材料を用いてブレーキシステムで熱の管理をしているという考えが取り上げられました。

ただ、FIAの調査によって、これらの疑惑は全くの誤解に過ぎなかったことが判明しました。しかし、その一方で、マクラーレンが用いる技術が非常に巧妙で合法的なものであることが明らかとなり、その速さの秘密に新たな光が差し込むこととなりました。ここでは、マクラーレンのサスペンションジオメトリーとタイヤ管理の革新に迫り、同チームの成功のカギとなる要素を詳しく分析します。

マクラーレンのサスペンション:極端なアンチダイブジオメトリー

サスペンションの理論的な背景

F1マシンのダウンフォースの多くは、車両下部のフロアから得られます。ダウンフォースを最大化するためには、フロアと地面との距離をできるだけ狭くしたい。しかし狭くなりすぎて、フロアと路面が接触してしまうと一気にダウンフォースが抜け、マシンはコントロールが難しくなります。なので地面との距離は狭く、なおかつ均等に保つことが重要です。

このフロアと路面との距離が、車両の安定性や操縦性に大きな影響を与えるのです。まっすぐな道を一定の速度で走るのであれば、これは容易です。しかし、サーキットにはコーナーがあります。コーナーを曲がる際には、ブレーキングや加速によって車両の姿勢が変化し、ダウンフォースに影響を及ぼします。ブレーキを踏むと、一般的なF1マシンではフロントが沈み、リアが持ち上がるため、フロアとの距離が変わり、空力バランスが変化します。そうなるとドライバーは運転するのが難しくなるのです。

ここでマクラーレンは、一見すると奇抜な方法でこの問題を解決しています。彼らは「アンチダイブ」と呼ばれるジオメトリーを導入し、ブレーキング時にフロントサスペンションがほとんど沈まないように設計しています。この設計により、車両のフロアが地面との一定の距離を保つことができ、空力プラットフォームが安定し、ダウンフォースが効率的に発生し続けるのです。アンチダイブ自体は、昔からあるサスペンションのジオメトリなのですが、彼らの特徴は、極端なまでにそれを突き詰めている点にあります。

具体的なジオメトリー変更

マクラーレンの極端なアンチダイブは、サスペンションのジオメトリーを過度に設計することで実現されています。ウィッシュボーンの取り付け位置を特定の角度に配置し、通常のサスペンションジオメトリーよりも極端な角度を採用しています。この設計により、ブレーキ時にサスペンションが圧縮されることを最小限に抑え、車両のノーズが沈み込むのを防いでいます。

これにより、車両がブレーキング時でも安定した空力プラットフォームを維持でき、ダウンフォースの損失を最小限に抑えることができるのです。実際、これによりマクラーレンは他チームに対して圧倒的な速さを発揮しています。

タイヤの管理:安定したグリップと温度管理

現代F1タイヤの特性とマクラーレンのアプローチ

F1のタイヤは非常にデリケートであり、特定の温度範囲内で最も効果的に機能します。温度が低すぎるとグリップが不足し、逆に高すぎるとブリスターやグレーニング(タイヤの表面が摩耗し、グリップを失う現象)が発生し、こちらもグリップを失いやすくなります。タイヤの温度管理は、レース中に安定したパフォーマンスを維持するために非常に重要です。

マクラーレンは、他チームに比べてタイヤに非常に優れた管理を行っています。これは、サスペンションジオメトリーの変更に加えて、車両のダウンフォースの安定性が関与していると考えられます。通常、サスペンションが沈み込むことでタイヤへの負荷が変動し、その結果としてタイヤの温度も変動します。しかし、マクラーレンはフロアと地面との距離を一定に保つことで、ダウンフォースが安定し、タイヤへの負荷も均等に保たれるため、温度変化が発生しにくく、タイヤの温度管理が容易になります。

ドライバーへの影響と車両の操作性

しかしながら、このマクラーレンの極端なアンチダイブジオメトリーは、いいことばかりではありません。ドライバーにとって一種のトレードオフを生むことになります。具体的には、フロントタイヤが路面とどのように接地しているか、どのように反応するかというグリップ感覚を掴むのが難しくなることがあります。ランド・ノリスは、この感覚の違いについて何度も言及しており、「車との深い繋がりを失ったような感覚」を表現しています。これは、マシンが限界でどのように挙動するかを感じるのが難しくなり、特にコーナー進入時にタイムロスを招く可能性があることを意味しています。これがシーズン序盤、彼がピアストリに対して劣勢だった理由の一つです。

それでも、マクラーレンはこれを解決するために、ドライバーごとにサスペンションジオメトリーを微調整しています。特にノリスのマシンは、フロントサスペンションのジオメトリーを変更し、彼が感じやすいように最適化されています。これにより、ドライバーはマシンの挙動をより直感的に把握でき、パフォーマンスの向上が図られています。

総合的な開発が生み出すパフォーマンス

マクラーレンの速さは、単一の要素やトリック、パーツだけに起因するものではありません。サスペンションジオメトリーの革新、タイヤの優れた管理、そしてドライバーごとの最適化など、すべての要素が相互に作用し、車両全体のバランスをとっています。これにより、マクラーレンは高いグリップと安定したダウンフォースを維持し、他のチームと差をつけることができているのです。

今後もマクラーレンの開発は進化し続け、他チームが追随できるかどうかが注目されますが、その速さの秘密は、マジックでも、レギュレーション違反でもない、確かな技術力と綿密な開発によるものだといえるでしょう。