メキシコGPを終えて、マックス・フェルスタッペンは首位ランド・ノリスとの差を36ポイントにまで縮めた。表面的には「ポイントを詰めた」週末のように見えるが、当の本人は「むしろ差が広がった」と苦笑する。実際、このレースはレッドブルとフェルスタッペンにとって、典型的な“結果と内容が一致しない週末”だった。それでも、3位という数字の裏には、チームとドライバーが仕掛けた数々の工夫と判断が隠れている。

空力が“武器にならない”サーキット
メキシコシティの高地に位置するオートドローモ・エルマノス・ロドリゲスは、空気密度が低く、エアロ効率が極端に下がる特殊なサーキットだ。つまり、空力でアドバンテージを築くタイプのマシン――つまりレッドブルRB21――にとっては最悪の舞台である。マクラーレンのように機械的グリップとタイヤマネジメントに長けたマシンが主導権を握るのは必然だった。
それでもレッドブルは、週末を通じてセットアップを進化させようと試みた。フリー走行ではフロント寄りのセッティングを試し、1周のスピードは抜群。しかしリアタイヤの温度管理が難しく、長距離走行ではタイムが急激に落ち込む。そこでエンジニア陣は決勝を見据えてバランスを大きくリア寄りに変更した。
その結果、決勝ではトラクションが安定し、リアタイヤの摩耗も抑えられたが、今度は予選でフロントの発熱不足に悩まされることになる。しかも、RB21が採用した“ゆっくりとしたウォームアップラップ”の手法が裏目に出た。長いメインストレートで冷やされたフロントタイヤが、ターン1で適温に戻らず、ブレーキング性能を損ねたのだ。結果、フェルスタッペンはQ3で本来のポテンシャルを発揮できなかった。
「短い毛布」問題と、その解決策
ポール・モナハンらレッドブルのエンジニアたちは、週末を通じて「毛布が短い」状態に悩まされていた。前を覆えば後ろが寒くなる――つまり、前輪を守れば後輪が苦しみ、後輪を守れば前輪のグリップが消える、という状態である。
それでもチームは、レース本番に焦点を合わせる方向で舵を切った。マックス自身が「予選よりレースペースを重視した」と語ったように、彼はスタート直後から冷静に“長期戦”の構えを見せた。ミディアムスタートという一見リスキーな戦略も、データ上では終盤の展開を見越した明確な選択だった。

攻めの戦略と「運の味方」
スタート直後からの展開は、まさに“綱渡り”だった。ミディアムタイヤ勢が軒並み苦戦する中、フェルスタッペンはペースを保ち、後方からプレッシャーを受けることもなく冷静に走り続けた。
それを可能にしたのは、ピットウォールとの綿密な連携だ。第2スティントに入ると、レッドブルはマックスに対して大規模なリフト・アンド・コーストを指示。燃料とブレーキを温存しつつ、他車のピットイン状況を注視していた。
そして第2スティント。軽くなった車体に新品のタイヤを履いたフェルスタッペンは、まるで別人のようなペースを披露した。この区間でのラップタイムの標準偏差はわずか0.1秒強――まるで予選アタックのような安定性だ。ここで運も味方する。前方のソフトスタート組が、ピレリの見込み違いによって再びソフトに戻すという判断を下したことで、前方が開けたのだ。この瞬間、ルクレールの背中が視界に入り、2位表彰台が現実味を帯びた。もし終盤のVSC(バーチャル・セーフティカー)がなければ、フェルスタッペンは確実にルクレールを射程圏に捉えていたはずだ。

メキシコで得た“2つの確信”
この週末、フェルスタッペンが得たものは表彰台以上に価値がある。彼とレッドブルがこの中米ラウンドを恐れていたのは事実だ。そのために、マックス仕様の新しいアップグレード――モンツァで導入されたフロアの改良版――を前倒しで投入して臨んだ。目的は明確だった。「タイトル争いから脱落しないこと」そして「このマシンにはまだ進化の余地があると証明すること」だ。
結果、2つの目標はどちらも達成された。36ポイント差という現実的な範囲にタイトルの望みを残しつつ、この苦手トラックでもRB21がレースペースで安定性を見せた。つまり、マシンの弱点は構造的なものではなく、メキシコ特有のコンディションに起因する“ローカルな問題”であることを確認できたのだ。

罠を避けた王者の冷静
メキシコGPは、フェルスタッペンとレッドブルにとって“罠”だった。だが彼らは、それを慎重かつ賢明に回避した。3位という結果は、数字以上の価値を持つ。それは、チームが極限の状況下で“リスクと現実の最適解”を見極め、マシンの限界を知り尽くした者だけが選べる道を進んだ証でもある。
マクラーレンが依然として最速マシンを誇ることに変わりはない。しかし、今後の残り4戦――サンパウロ、ラスベガス、ロサイル、そしてアブダビ――では、空力依存の度合いが下がるサーキットも多い。そこでは、ドライバーとしてのフェルスタッペンの“差を生む力”が再び発揮される可能性がある。
メキシコの罠を避け、冷静に戦略を貫いた王者。その姿勢こそが、シーズン終盤に向けて最も不気味な武器になるのかもしれない。




