2026年の新パワーユニット時代が幕を開け、F1のスタートはこれまでとはまったく異なる様相を呈している。MGU-Hの廃止により、ターボはもはや電気的に瞬時に立ち上げることができない。代わりにドライバーは、内燃エンジンを最大13,000回転まで引き上げ、長時間維持することでブースト圧を準備しなければならない。そこに潜むのは、単なるホイールスピンや反応速度の問題ではない。“アンチストール寸前”という新たなリスクである。

MGU-Hの消滅が変えたスタートの本質
かつてのF1では、MGU-Hがターボを補助し、必要な過給圧を瞬時に立ち上げることができた。スタート前のエンジン回転は安定しており、ドライバーが集中すべきはクラッチ操作とトラクションの管理だった。
しかし2026年仕様ではMGU-Hが廃止された。ターボを回す役割は完全に内燃エンジンへと移行する。結果として、スタート前の回転数は大幅に上昇し、13,000rpm近くまで引き上げる必要がある。
これは単に“高回転にする”という話ではない。一定時間、その回転域を維持し、ターボを理想的な作動ウィンドウに入れなければならないのだ。ドライバーは、グリッド上でブースト圧、クラッチバイトポイント、トラクション、そしてエネルギーマネジメントを同時に管理するという、これまでにない複雑な作業を強いられている。
ピアストリが語る「F2のようなリスク」
オスカー・ピアストリは、この変化を非常に率直に表現した。
「昨年は、良いスタートと悪いスタートの差は少しホイールスピンするか、リアクションが遅れるか、その程度だった。でも今年はF2のようだ。ほとんどアンチストールに陥るリスクすらある」
これは示唆的なコメントだ。従来のF1スタートでは、多少の失敗は“数メートル”の損失で済んだ。しかし今季は違う。エンジン回転とターボ圧のバランスを崩せば、マシンは一瞬で失速する可能性がある。
「5メートルどころではない。6つか7つポジションを失うことになりかねない」
ピアストリのこの言葉は誇張ではない。高回転域でのクラッチリリースとブースト圧の同期が崩れれば、駆動力が立ち上がる前にエンジンが失速する。グリッド上での“アンチストール状態”は、後続車にとって格好の標的となるだけではなく、大きなクラッシュを引き起こす危険性がある。

ラッセルが示唆するPUごとの差異
ジョージ・ラッセルは、より冷静な視点でこの問題を語った。
「現時点では自分たちの手順に従い、あるウィンドウに入ったときにだけスタートしている。でもレースでは、ターボが理想的な状態である瞬間にだけ発進できるわけではない」
これは本質を突いた指摘だ。シグナルは待ってくれない。完璧なブースト圧が整う前にライトは消える可能性がある。その瞬間、ドライバーは“理想”と“現実”の間で判断を迫られる。
さらにラッセルは興味深い推測も口にしている。
「フェラーリは他より高いギアを使えているように見える。おそらくターボが小さいのだと思う」
ここにPU設計思想の違いが見え隠れする。小径ターボであれば慣性モーメントは小さく、立ち上がりは速い。反面、高回転域でのピーク出力や効率とのトレードオフが存在する可能性がある。スタート性能は、単なるドライバー技術ではなく、PUコンセプトの差異にまで及んでいるのだ。
レギュレーション変更の議論
MGU-Hの不在は、スタート手順そのものの見直しを促している。現行規則ではMGU-Kの使用にも制限があり、スタート前のエネルギー準備と実際の発進が密接に絡み合う。
そのため、最後尾のマシンがグリッドに着いてからスタート手順に入るまでの間に、一定のインターバルを設ける案が議論されている。すべてのドライバーに公平な準備時間を与えるためだ。
しかし問題は単純ではない。ターボを準備すればするほど、燃料消費や熱負荷、エネルギー残量に影響が出る。その影響はスタート後の第1ラップ、さらにはレース全体のマネジメントにまで波及する可能性がある。

“一瞬の反応”から“総合管理”へ
これまでF1のスタートは、反応速度とトラクション制御の芸術だった。しかし2026年のそれは、エンジン回転、ターボ慣性、エネルギーフロー、クラッチ制御を統合する“システム管理競技”へと変貌している。13,000回転まで引き上げられたエンジン音は、単なる高周波ノイズではない。それは、新時代F1の緊張そのものだ。
スタートはもはや単純な瞬発力の勝負ではない。パワーユニット哲学、エネルギーマネジメント、そして規則解釈までを含む、総合戦略の縮図となったのである。
2026年のF1は、ライトが消えるその瞬間から、すでに技術戦争の最前線にある。
