フェルスタッペンが予選で10番グリッドとどまった時、彼が2022年F1シーズンの8勝目を挙げることを予想する者はほとんどいなかった(本人達すらも)。しかし、それはフェラーリの選択した間違ったタイヤ戦略が招いたことでした。まさかのフェルスタッペン大逆転勝利に終わったハンガリーGPを振り返りましょう。
いくら速いマシンと速いドライバーがいても、予選10位から雨も赤旗もSCの助けも借りずに優勝することはかなり難しい。そこにはチームの適切なタイヤ戦略とライバルの判断ミスの助けがありました。
フェルスタッペンはQ3の最初のアタックでミスをしてタイムを出せませんでした。もちろん二回目のアタックでタイムを出せれば問題ないし、実際これまでフェルスタッペンはそれを実行してきています。だがそのフェルスタッペンでもマシンにトラブルがあれば、タイムを出すことは難しくなります。ホンダのPUがパワーロスをして二回目のタイムアタックができませんでした。これでフェルスタッペンはQ3進出ドライバーの中で最下位の10位からのスタートが確定しました。
ブダペストのサーキットは14のコーナーからなり、ハイダウンフォースが要求され、タイトなコーナーでは低速域で何度も加速する必要があり、最高速の高いレッドブルよりも、トラクションの優れているフェラーリの方が有利でした。
実際、予選ではメルセデスのラッセルのスーパーラップで2位と3位になったものの、それでもフェラーリが最速なのは間違いありませんでした。最大のライバルであるフェルスタッペンが10位スタートになったことで、彼らが優勝する可能性は大きく高まることになりました。
金曜フリー走行ではフェラーリの2台が予選と決勝のシミュレーションで高いペースを持ち、ハードタイヤで走行することはありませんでした。この時点でフェルスタッペンは「フェラーリは僕らより少し前にいる……それを打ち負かすのは難しいよ」と語っています。
そして迎えた日曜日。グリッドにつくために走行するレコノサンスラップでソフトタイヤを履いたフェルスタッペンがコースアウトしてしまいます。温まりやすいソフトタイヤでさえ、路面温度が低くタイヤを適切な作動温度領域に持って行くことができなかったからです。この時点でレッドブルの作戦はハードでスタートし、長い第一スティントの後にミディアムに変えてフィニッシュするワンストップ作戦でした。これは10位からスタートするフェルスタッペンと11位からスタートするペレスにとって計算上は最適な作戦だと思われました。
このとき、レッドブルは考えました。ピットウォールのハンナ・シュミッツが率いる戦略チームは、計算されたデータに忠実である代わりに、コンディションに適応した策を打ちました。気温は低く、雨も降りそうだったので、ドライバーの言うことを聞いて、即興で対応しました。当初の計画では、10位と11位からスタートするレッドブルの二台(ともに新パワーユニットを搭載して)をハードタイヤでスタートさせ、ロングランさせる予定だったが、コースがそれに対応していないことがレコノサンスラップで判明しました。
だからソフトタイヤですら温まりが悪いのを見てレッドブルはハードスタートのワンストップを止めて、即座にソフトタイヤでスタートするツーストップに変更しました。
メルセデスもまたハードタイヤが使い物にならないことを理解し、ポールスタートのラッセルにソフトタイヤを履かせてスタートさせました。これで蹴り出しもよくスタートからラッセルはトップを維持し、サインツとルクレールが続きます。
ラッセルをソフトでスタートさせたのは、グリップを活かしてリードをキープしたかったのであり、7位のハミルトンをミディアムで走らせたのは、長いスティントを走らせて作戦面(特に雨への対応)での柔軟性を確保したかったからでした。
一方のフェルスタッペンはいつも以上に慎重にターン1に飛び込みます。ボッタスとリカルドの間のスペースに飛び込もうとしますが、リスクが高いと判断しバックオフします。この間、アウト側から飛び込んだペレスにも先行されます。ただフェルスタッペンはオープニングラップの最初のコーナーで勝負が決まらないことを理解して、自重したのです。これは昨年までのフェルスタッペンには見られない動きでした。やはり昨年チャンピオンを取ったことにより、より成熟してきたのだと思います。
序盤は快調だったラッセルですが、ソフトタイヤがたれてきて徐々にサインツとの差が縮まります。そこで16周目にタイヤ交換に飛び込みます。この前にサインツにもタイヤ交換の指示が出ますが、彼はステイアウトします。これはサインツへのタイヤ交換の指示を聞いたメルセデスがラッセルをタイヤ交換させたので、それに反応してステイアウトしたのか、元々ダミーコールでラッセルを先にタイヤ交換させようとしたのかは不明でしたが、その翌周にサインツがタイヤ交換しているので、恐らく前者だったと思います。
ただミディアムタイヤを履いたサインツですから、本来であればソフトを履くラッセルの次の周ではなく、もう少し第一スティントを延ばしたいところでしたが、これが最後に響いてきます。
17周目に新品のミディアムに交換したサインツでしたが、タイヤ交換時にタイムロスをして4周後にタイヤ交換したルクレールに順位を入れ替えられます。これは意図的ではないにしてもフェラーリに取っては好都合でした。
ラッセルと同じ17周目に同じく中古のソフトから新品のミディアムに交換したフェルスタッペンは、38周目に2度目のタイヤ交換(新品ミディアム)をします。残りはまだ32周もありました。だがこのタイヤ交換のタイミングは素晴らしかったと思います。
39周目にルクレールがハードタイヤに交換します。彼は第2スティントでのミディアムはたったの18周しか走っていません。そしてこれがルクレールを天国から地獄へと突き落とします。
41周目にルクレールに追いついたフェルスタッペンはハードで苦しむルクレールを簡単にパスします。涼しい気温の中、ハードタイヤは動作温度領域に入らずグリップがありません。この時点ではフェルスタッペンは3位でしたが、上位2台はまだ2度目のタイヤ交換をしていなかったので、この時点でフェルスタッペンは実質的にトップにたちます。
ところが同じラップでフェルスタッペンはスピン。これで再びトップはルクレールに奪い返されます。ただここでフェルスタッペンが素晴らしいのは、マシンを一回転させると何事もなかったようにマシンを再スタートさせて、順位のロスをルクレールだけに止めたことでした。これは先のフランスGPでミスをしたルクレールがバリアに当たってリタイヤしたことを考えると大きな違いです。もちろんスピンした場所がルクレールが高速コーナーでフェルスタッペンは低速コーナーとの違いはありますが、それにしてももしこの時ハミルトンに前に行かれていれば、フェルスタッペンの優勝はもっと難しくなったことでしょう。(ただこのとばっちりを受けてペレスがハミルトンに抜かれるおまけがついていました)
この時のフェルスタッペンのスピンですが、クラッチがオーバーヒートしていて、トラクションの掛かりが不安定だったようです。この後、クラッチのオーバーヒートを解決したレッドブルは、再びルクレールを追撃します。
結局、フェルスタッペンはスピンでタイヤを痛めることもなく、45周目再びルクレールをパス。優勝に向けて走り出しました。どちらにせよハードを履いたルクレールには対抗する術がありませんでした。
メルセデスは金曜日にハードで走行した際に、全然グリップがなかったので最初からハードを利用したワンストップの選択肢を排除していました。金曜日は晴れていたのにグリップが足りないのに、日曜日は雨の予報もあるくらい真夏のハンガリーGPにしては珍しく涼しいコンディションでしたので、ハードは効果がないと判断していました。またレコノサンスラップでレッドブルがハードを捨てたことは先ほど述べました。
それなのにフェラーリは、なぜハードをルクレールに履かせてのでしょうか。謎です。レース終了後ルクレールはできるだけミディアムで引っ張りたかったと述べていました。この日最もいいレースタイヤであったミディアムをたったの18周で捨ててしまうのはあまりにももったいなかったと思います。
ただピレリもミディアムとハードのワンストップの作戦もありだとは述べていましたが、実際は日曜日のコンディションでは、ハードはもっとも遅いレースタイヤでした。ミディアムからハードのワンストップの作戦を選択したアルピーヌの二人は21周目と23周目にハードに交換していますが、タイムは伸びていませんでした。これを見ても39周目にハードを選択したフェラーリは責められても仕方ないでしょう。
ハミルトンは第2スティントをミディアムで32周走りました。これはフェルスタッペンが第3スティントで走った距離と同じです。ただ当然ながら燃料の多い第2スティントでタイヤを持たせる方がより難しくなります。
ハミルトンは51周目から19周をソフトで走りきっていますが、終盤になってもタイムが落ちずにラッセルを抜いて2位を獲得しています。
このことから今年もハミルトンのタイヤを労りながら速く走る能力がいささかも衰えていないことがよくわかります。ただ残念なのはそのハミルトンが予選Q3でDRSのトラブルでタイムロスをし、7位スタートとなったことでした。もしハミルトンがラッセルと同様にもっと上位からスタートしていたら、レースがどう展開したかはとても興味深い想像ですね。
54周目にルクレールをラッセルはパス。これで2位に浮上します。結局ルクレールは54周目にソフトタイヤに交換して、優勝できたかもしれないレースを台無しにされました。
65周目にはソフトを履くハミルトンが、ミディアムで長い距離を走っていたラッセルをパスして2位になります。ハミルトンと優勝したフェルスタッペンとの差は7.8秒。この差を大きいと見るか小さいと見るかは、人それぞれでしょうが、シーズン開幕直後のメルセデスを思い出すと連続表彰台を達成したことも考えると、さすがはメルセデスと言わざるを得ません。
では同じミディアムでスタートしたハミルトンとルクレールとの差は何だったのでしょうか。それは第2スティントのミディアムでの走行距離になります。第一スティントでややオーバーステアだったハミルトンはタイヤ交換時にそれを修正。素晴らしいペースで第2スティントを32周走りました。そのため51周目にソフトに変えて残り19周をソフトで走りきっています。一方のルクレールは第2スティントでソフトをたったの18周で捨てています。これは当然ハードを履く前提での作戦でしたが、それが大失敗だったのは誰もが理解していました。ただレース後のチーム代表の言葉を聞くと、彼らだけがその失敗を認めていないようです。これでは作戦ミスが続くのも理解できます。
一方、レッドブルやメルセデスは自分達がミスをしたときは率直認めます。その差が一年を通じて大きな差になって結果に表れてきます。レースは実験室でおこなわれているわけではありません。レースは生き物です。同じ条件でおこなわれるレースなどひとつもありません。
確かに計算上ではハードタイヤはいいタイヤだったかもしれません。しかし走っているライバルの状況を見ればハードが苦戦していることはわかるはずです。
レッドブルとメルセデスを見ていると、事前に緻密な作戦を立ててはいるが、レース中に常に柔軟に変更していきます。彼らが考えているのは常にどうすれば勝てるのか。リスクはあっても勝つために必要ならば、それを取りに行きます。
今回で言えば38周目にフェルスタッペンが新品ミディアムに交換したタイミングだったでしょう。残り約半分の距離を軽くなったとは言えこのタイミングで交換するのは、自信はあったでしょうが失敗する可能性もあったと思います。
しかしそれを躊躇することなくリスクを取れるのが、昔からのレッドブルの強みです。だからこそメルセデス1強時代でも時には勝利し、メルセデスのタイトル独占時代を昨年終わらせたのもレッドブルでした。それには何の不思議もありません。
一方、フェラーリはミスをしても、まるでそのミスがないかのように振る舞うのは不思議でしかありません。ミスを率直に認めない組織には、ミスを防ぐことはできません。なぜならミスには必ず原因があり、その原因を直視しないと決して解決しないからです。
なのでこのレースに置いて、開いた得点差以上にレッドブルとフェラーリには大きな差を感じました。これではフェラーリは年間を通してレッドブルに勝つことはできないでしょう。残念ながら、それが彼らが直面しなければならない真実です。