フェルスタッペンが14番グリッドから驚異の逆転劇を見せ、スパで今シーズン9勝目を挙げました。彼の走りは別次元で、普通の物理法則では説明がつかないほどでした。フェルスタッペンがどうして逆転し、どのような理由で速かったのか、恐らく彼のベストレースのひとつになると思われるベルギーGPから紐解きましょう。
先週末のベルギーGPでマックス・フェルスタッペンが見せた勝利は、彼のF1キャリアにおける最高の仕事であっただけでなく、週末を通じた走りは間違いなく歴代の屈指として記憶に残るでしょう。歴史上過去約1000のレースのうち、彼よりも後方からスタートしたドライバーが優勝したのはたったの14レースのみです。 ちみなにフェルスタッペンはグリッド10位以下からスタートして連続優勝した史上二番目のドライバーとなりました(もうひとりはマクラーレンの創業者 伝説のブルース・マクラーレンが1959年に達成)。
フェルスタッペンは予選でコンマ6秒差のトップタイムを叩き出しましたが、PU交換のペナルティのため(ピエール・ガスリーが電気系統のトラブルでピットレーンスタートとなったため)13番手スタートまで後退しました。しかし大幅なグリッド後退を余儀なくされたにもかかわらず、見事な挽回を見せました。
スパは来年も開催されることが発表されましたが、ハイブリッド時代には例年グリッドペナルティーが数多く発生する場所でした。後半戦最初のレースであり、シーズン後半に向けてPUのやり繰りを考えると、続くオランダとシンガポールではオーバーテイクのチャンスが少ないので、ベルギーGPはPU交換するには適切な場所でした。
そのため8人のドライバーがベルギーで新しいパワーユニットのエレメントを搭載し、今季の3基制限を超過しました。彼らはグリッド後方に追いやられたものの(角田裕毅の場合はピットレーンからのスタートを強いられましたが)、比較的追い抜きがしやすいスパでは、失った順位を取り戻す見込みがありました。
ハンガリーGPで3基目を投入したばかりのフェルスタッペンでしたが、HRCで同じ仕様のPUをベンチテストしていたら問題が出ました。大量リードするフェルスタッペンにとってリタイヤして無得点になることが一番恐れることなので、レッドブルは安全のためにPUの交換を決断しました。
さらに先程も述べましたが、スパは抜けるサーキットであり順位の挽回が比較的容易なこと、スパやモンツァなどハイパワーサーキットが続くこと、残りのシーズンでPUのローテーションに余裕がでること、他のドライバーも4基目のPU投入が予想され、グリッド最後尾が避けられることを考えるとPU交換は比較的容易に決断できたと思います。
ペレスもハンガリーGPで3基目を投入したばかりでしたが、フェルスタッペンのPUとは部品のロットが違うので交換はしませんでした。なおハンガリーGP予選で問題の起こったPUは、その後HRCで検査してエンジン自体には問題がなく今後も利用可能となります。
フェルスタッペンは、PUとギアボックス、バッテリー、ECUを交換したのでグリッド最後尾スタートになるはずでしたが、多くのドライバーがPUを交換したのと、予選で最速だったので、14位のグリッドを獲得できました。
さらに予選8位のガスリーのマシンが電気系統のトラブルにより、レコノサンスラップで一時的に停止したことでピットレーンスタートとなり、フェルスタッペンは労せずしてひとつポジションを上げました。とはいえ、フェルスタッペンのすぐ後ろには、ポイント争いのライバルであるルクレールが控えています。
ルクレールもフェルスタッペン同様に、エンジン、ターボ、エキゾースト、MGU-H、制御電子機器、ギアボックスの交換でペナルティを受けていました。
フェラーリは、予選結果(最後尾スタートのマシンが複数いた場合、予選結果のいい順番にグリッドを得る)にかかわらずフェルスタッペンの前でスタートできるよう(実力でフェルスタッペンより前のグリッドを得るのは難しかったので)、エレメントを分割して交換。レギュレーションの抜け道を利用し、ペナルティを軽くしようとしました。本来ルクレールは15位を超えるペナルティを受けない目論見でしたがFIAが介入し、ルクレールのすべてのペナルティを集計して、最後尾スタートをチームに言い渡しました(実際は他のマシンもペナルティで最後尾スタートとなり、ルクレールは最後尾スタートを免れました)。
フェルスタッペンとルクレールはC4の最も柔らかいソフトでスタートしたため、両ドライバーともオープニングラップでオーバーテイクを見せることが予想されました。一方、前方ではポールシッターのカルロス・サインツを除くすべてのドライバーがミディアムでスタートします。
フェルスタッペンの1周目は慎重で、とても数年前にラソースで飛び込んでクラッシュしたのと同一人物とは思えませんでした。彼もオープニングラップでレースが決まるわけではないということを、昨年のハミルトンとのバトルで学んだと思います。
でも単純に保守的に走るということではなく、抜けるところでは抜きに行く、シケイン飛び込みやバックストレート、比較的安全な場所でオーバーテイクを仕掛けていました。
フェルスタッペンはスタート直後にボッタスとラティフィを仕留め、ターン1でマグヌッセンを抜き早くも10位に浮上します。ケメルストレートでアルボンに追いつくと、続くレコームで抜きます。しかし前方でストロールがコースアウトから戻ってくるのが見えたためにバックオフし、アルボンに抜き返されます。ここで無理しないあたりが、昨年との大きな違いです。
その後もストロールがコースアウトしかかり、フェルスタッペンは並び掛けますがここでも無理はしません。スローダウンしたハミルトンを抜いて9位になり、シケインの入り口でストロールのインに飛び込みオープニングラップで早くも8位です。2周目にスピンしたラティフィを避けようとしたボッタスがスピンして止まり、1周目に止まったハミルトンもコース脇の安全でない場所で止まっていたので、セーフティカーが登場します。
5周目からレース再開し、アルボンを追い越し7位、同じ周のシケインの飛び込みでリカルドをパスして6位。次のラップのシケインの飛び込みでベッテルをかわし5位に。次の7周目のケメルストレートでアロンソを簡単にパスして4位。8周目の同じくケメルストレートでラッセルを抜き早くも表彰台圏内です。前を走る2位のペレスは順位を譲ってくれるはずなので(実際は簡単には譲ってくれなかったが)、すでに勝利をつかむ可能性がありました。
11周目の終わりにトップのサインツがピットストップしたので、暫定の2位。12周目のケメルストレートでチームメイトのペレスを抜いて暫定の1位。15周目に上位陣の中では最後にタイヤ交換してサインツに抜かれますが、18周目に追いつくと、これまたケメルストレートで抜いて正真正銘のトップに立ちました。
フェルスタッペンもレース後に述べていますが、表彰台に上れる自信はあったようですが、まさかレースも半ばにいかない18周目にトップに立つとはレッドブルの関係者でも予想もしなかったに違いありません。
一方(まだそう言えるのであれば)タイトル争いのライバルであるルクレールはフェルスタッペンの後ろからスタートしました。ただフェルスタッペンがストロールがコースアウトした際にホコリをもろにかぶり、バイザーを捨てましたが、その捨てたバイザーがルクレールのブレーキダクトに入り込みます。
2周目に、この日唯一セーフティカーが導入されましたが、ルクレールがレーシングスピードで走っている分には問題なかったのですが、セーフティカーが登場して、スピードが落ちると冷却性能が落ち、ブレーキ温度が上がりピットインして、バイザーを取り除かなければならなくなり、3周目の終わりにピットイン。バイザーを除去するのと同時にソフトタイヤに交換する予想外のピットストップを強いられて、優勝戦線から脱落しました。
フェルスタッペンが8周目にはラッセルをかわして3番手に上がると、ペレスとの差は2.5秒で、その差は一方的に縮まるばかりでした。ただ本来長く走ればソフトはタイムが落ち、ミディアムはタイムが安定するのですが、この日のフェルスタッペンは違いました。フェルスタッペンは10周目にペレスに追いつきますが、ペレスはすぐにポジションを明け渡すことなく、ポジションをキープ。ペースの全く違うチームメイトを2周近くに渡り抑え込みました。
そして12周目、フェルスタッペンはスリップストリームを駆使してペレスの前に出ます。11周目にサインツがピットインし、ミディアムタイヤを装着したため、フェルスタッペンは暫定トップに立ちましたが、フェルスタッペンはチームメイトを抜いた直後のラップで、1.6秒速く走り、ペレスは14周目にミディアムタイヤの交換をを命じられました。
フェルスタッペンのこの第一スティントの走りは圧巻でした。ペレスはタイヤの使い方が上手いことで知られています。彼のタイヤの使い方の巧みさは、2022年モナコGPで勝つためのキーポイントでした。しかし、フェルスタッペンがソフトを履いていたにもかかわらず、先にピットインしてタイヤ交換しなければならなかったのは、このペレスでした。
レース序盤の重い車重では、どのマシン(ソフトでもミディアムでも)もタイヤのデグラに苦しんでいました。ソフトのフェルスタッペンよりも長い第一スティントだったのはハードを履いた角田だけでした。
ピレリもこのことに驚きを隠せない様子でした。ソフトコンパウンドは、金曜と土曜の涼しい練習走行でも予想以上に劣化していました。しかもフェルスタッペンはFP2のレースシミュレーションでミディアムを使用していたため、ソフトの挙動をほとんど把握しておらず、より硬いミディアムを使用したペレスよりも壊れやすいソフトを長く伸ばすことができたのは驚きでした。
さらに15周目にフェルスタッペンがミディアムに交換すると、さらなる驚きが待っていました。18周目にはサインツに追いつき、追い抜きトップに立ってしまいます。14位からスタートし、44周レースの半分も行かないうちにトップに立つフェルスタッペンは異次元の速さを見せていました。
この第2スティントでフェルスタッペンは、2位のペレスに対して平均で毎ラップ0.8秒以上の差をつけていて、1秒以上の差をつけるラップも珍しくありませんでした。これは同じマシンに乗るドライバーとしては受け入れがたい状況です。さらにフェルスタッペンはサインツに対しては平均1秒、ルクレールには平均0.7秒も速く走れていました。サインツはフィニッシュ時点で13番手も後方からスタートしたフェルスタッペンに26秒もの大差をつけられていました。もう何が何だか分からないほどの速さです。ハイブリッド時代序盤のメルセデスすら、こんなに速くはなかったでしょう。
ピレリ時代になってからは、リードを広げるとタイヤをセーブするためにペースを落とすのがセオリーで、ガンガン飛ばして差を広げまくるというのは見られなくなりました。しかしこの日のフェルスタッペンはまるで一台だけ別のクラスのマシンで走っているくらいすごいタイムを記録していました。それでいてタイヤを壊すことがあるどころか、彼はタイヤのいい状態を保っていました。
ではどうしてこの日のフェルスタッペンはこんなに速く走れたのでしょうか。この週末前は、レッドブルが軽量化したシャシーを持ち込むのではないかと噂されていました。確かにマシンが軽くなれば速く走れます。ただこれはホーナー代表が否定しました。それにこの日のフェルスタッペンのペースは軽量化だけでは説明できないほど、圧倒的でした。
スパにはオールージュで大きな縦Gがかかり、ターン14と15に大きなバンプがあります。そのため車高という点で特殊な場所です。この影響を軽減するため、各チームは通常より車高を5~6mmほど上げる必要がありました。
ただ車高を上げた影響は一律ではありませんでした。車高に対するダウンフォースの感度がレッドブルは低く、フェラーリとメルセデスは高かったようです。レッドブルは車高を上げても失うダウンフォース量が少なく、フェラーリとメルセデスは多くのダウンフォースを失っていました。なのでレッドブルは(特にフェルスタッペン)はクラスが違うくらいの速さがありました。実際、本来ダウンフォースが必要で、フェラーリが速いはずのセクター2でレッドブルは最速でした。
こうして圧巻の勝利を手にしたフェルスタッペンはレース後に、マシンを “ロケット “と称えました。クリスチャン・ホーナーは「マックスは集団の中で走らなければならなかったが、最初の数周はとても効率的にそれをこなした。僕らが予想していたよりもずっと早く前に出ることができた」と述べました。
「チームとして2010年か2013年以降で最も支配的なパフォーマンスの1つだ」と クリスチャン・ホーナー。フェルスタッペンは、今シーズン14戦中9勝を挙げ、93ポイントのリードを築いて2度目のホームレースとなるザントフォールトに向かいます。さらにレース終盤に謎のタイヤ交換を命じられたルクレールは5ポイント差の3位に後退しています。
オランダの海沿いのサーキットでは、スパで見せたレッドブルとフェラーリのペースの差が、より圧縮されるはずです。しかし、タイトル争いに関しては、流れが変わる可能性は僅かです。