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メルセデスのミッション・インポッシブル ブラジルGP観戦記

2022年のメルセデスはシーズン序盤から苦しみ、これまで勝てる見込みはありませんでした。しかしブラジルではこれまでの不調を吹き飛ばしました。最近のレースでは復調の兆しを見せていたメルセデスですが、この週末レッドブルが苦戦したとはいえ、このサーキットでメルセデスが優勝することを予想できた者はほとんどいなかったでしょう。

苦しいシーズンを初勝利で乗り越えたメルセデス。後ろのスタッフが泣いている

▽混乱する予選からマグヌッセンの初ポール
このレースはスプリントレースが予定されていたので、金曜日のたった60分間のフリー走行のあとに予選が待っています。そしていつものようにブラジルGPは天候に左右されました。雨に濡れていた路面コンディションが、予選開始後徐々に良くなってきてQ1途中からスリックタイヤで走れるようになりQ3の最後までドライで行くかと思われたのですが、ここで気まぐれなインテルラゴスの空は再び涙を流します。

Q3開始直前にポツポツと雨が降り始め、Q3開始前にピットレーン出口にほぼすべてのマシンが並びます。いつ雨が本降りになってもおかしくないコンディションです。その先頭にはマグヌッセンがいました。Q3開始直後に全車が(ルクレール一台を除いて)ソフトタイヤで走り出します。

最初のラップタイム計測でマグヌッセンがトップタイム。雨は降り始めていましたが、もう1ラップくらいはドライタイヤで行けそうな感じでした。ところがそこで二度目のアタックをしていたラッセルがアウト側の芝にタイヤを取られてコースアウト。最終的にレッドフラッグが振られてセッションが中断します。そしてラッセルのマシンを排除している間に雨は強くなり、それ以上のアタックは意味がなくなり、キャリア初のポールポジションをマグヌッセンが獲得しました。

キャリア初のポールポジションを獲得したマグヌッセン。レースでは1周目にリタイアとなる

ただこれは単純にラッキーだけではありません。最初にピットレーン出口に並ぶということは、それだけタイヤが冷えることを意味します。そのリスクを受け入れる判断をしたチームの素晴らしい仕事ですよね。また先頭で出ていったとはいえフェルスタッペンやハミルトンとの条件はほぼ同じです。そんな難しいコンディションの中でも最速タイムを1周目からミスなく記録したのはマグヌッセンの力です。実際、フェルスタッペンはコーナー入口でタイヤをロックさせて、タイムロスをしています。これでマグヌッセンはポールポジション獲得者のリストに載ることになりました。

▽調子のでないフェルスタッペン−スプリントレース
スプリントレースではフェルスタッペンがミディアムスタートでした。レッドブルははFP1での走行結果からソフトは摩耗が大きいので、ミディアムで走る決定をしました。後方からスタートするペレスは追い上げる必要があったのでタイヤの寿命に不安はありましたが、ソフトタイヤでスタートします。

フェルスタッペンとラティフィ以外はソフトタイヤでスプリントレースはスタートします。ポールからトップを維持したマグヌッセンですが、3周目にフェルスタッペンに4周目にラッセルに抜かれます。ドライ路面ではマシンの戦闘能力に差があるので仕方がありません。

ところが15周目に2位を走るソフトを履くラッセルがミディアムを履き調子の出ないフェルスタッペンを抜きトップに立ちます。19周目にはサインツにも抜かれるフェルスタッペン。20周目にはハミルトンにも抜かれます。

ミディアムタイヤは予想よりも摩耗の進みが激しくフェルスタッペンのペースは上がりませんでした。これはフリー走行が金曜日の60分に限られていて、タイヤの評価を適切に行えなかったことが影響しました。また大きなセットアップの変更もできず、タイヤのデグラの改善もできませんでした。

この週末はペースも上がらず、タイヤの摩耗も激しく優勝争いに絡めなかったフェルスタッペン

これで日曜日のレースはサインツがPU交換のペナルティで5グリッド降格となるので、メルセデスの二台がフロントロウに並び、フェルスタッペンが3位となりました。

▽レースをリードするラッセル
赤いライトが消灯すると、ラッセルはソフトタイヤで巧みなスタートを見せハミルトンをリード、2列目のレッドブル勢を大きく引き離してメルセデスの1-2を維持して最初のコーナーを抜けていきます。

その直後の1周目に早くもセーフティカーが導入されます。このセーフティカー導入は、ダニエル・リカルドが金曜の予選でキャリア初のポールポジションを獲得したケビン・マグヌッセンのリアに接触し、ハースがスピンしたことに起因しています。しかもリカルドはスピンし後退するマグヌッセンに接触し、バリアに叩きつけられ大きくクラッシュします。

マーシャルがホイールやカーボンファイバー、広告ボードなどを片付け、グリーンフラッグは6周目終了まで振られませんでした。そしてセーフティカー解除後、ラッセルは再スタートを巧みにコントロール。タイヤの温度を維持しながらメインストレートを駆け上がり、ピットレーン開始を示すラインからアクセルを踏み込み加速してリードを維持します。レッドブル勢はハミルトンよりも反応が良く、フェルスタッペンは少し遅れたハミルトンのアウト側からターン1に侵入しました。

しかし次のコーナーが右カーブだったので、昨年を思い出させるようにハミルトンとフェルスタッペンが接触。ハミルトンがエイペックスに向けて右にステアリングを切ったとき、RB18の左フロントウィングがメルセデスに接触。フェルスタッペンはフロントウイングを壊し、大きく遅れます。一方、ハミルトンはランオフに飛び出し、8位に後退しましたが最悪の事態は逃れました。

スプリントレースでリードを奪い、レースでも終始トップをキープしたラッセル

「あの瞬間はリタイアするしかないと思ったんだ。どうすればチームに素晴らしい結果をもたらすことができるのか、そればかり考えていたよ……確かにパンクしたと思った。リアが以前ほど安定しないのを感じていた。でも、ステアリング上の設定を変えて、何とかバランスを取り戻したんだ」とハミルトンは述べています。

この事故でフェルスタッペンには5秒のペナルティが課されます。スチュワードは、ハミルトンがもっとスペースを残していてもよかったと指摘する一方で、フェルスタッペンがスピードを出しすぎたことが「主な過失」であると判断しました。フェルスタッペンは当然のことながら、違う見解を示していて、「ハミルトンは僕にスペースを空けようとする気持ちは全くなかったよね」と述べています。

こうして後方の強力なライバルがいなくなったラッセルはペレスに1.5秒の差をつけ、ソフトタイヤで順調に走行。スプリントレースよりも気温が上がったにもかかわらず、メルセデスのマシンバランスとタイヤの状態は悪くなっていませんでした。

一方、ハミルトンはベッテルをパスし、DRSを使用してノリスを抜き、17周目に捨てバイザーが右リアのブレーキダクトを塞ぎ、ブレーキが過熱して煙が出たサインツが、予定より早くソフトタイヤに交換したため3位に浮上します。その後、晴天に恵まれたこともあり、ハミルトンはペレスに1周あたりコンマ4秒の差をつけていきます。

これに対し、先にタイヤ交換をしたサインツのペースがよくアンダーカットの危険性を感じたレッドブルはペレスを23周目にミディアムタイヤに交換して対応。しかし、ピットクルーの素晴らしい仕事も報われず、ペレスはバルテリ・ボッタスのすぐ後ろでレースを再開し、アルファロメオに抑えられてしまいます。

ラッセルはもう少しステイアウトする構えを見せていましたが、ペレスのアウトラップが遅かったため、アンダーカットを防止するため、チームは24周目にミディアムタイヤに交換。これでソフトタイヤを履くハミルトンがレースをリードします。しかしラッセルに比べて1周あたり1秒遅く、アンダーカットの威力が明らかになり始めたので、ハミルトンは29周目にピットインし、3.3秒でミディアムタイヤに交換し、サインツの後ろの4位でレースを再開しました。

予選でルクレールにインターミディエイトを履かせるなど、相変わらずのチグハグを見せたフェラーリ

午後の日差しが傾き始めると、コンディションは冷え始めます。メルセデスは暑さに悩まされることはありませんでしたが、気温が下がってきたことにより、ミディアムタイヤがさらに状況に合ってきました。ラッセルはレッドブル勢を1周あたり0.6秒上回り、8秒のアドバンテージを築きました。ハミルトンはさらに速く、ペレスとの差を詰めていきます。

45周目にペレスに追いついたハミルトンは、DRSとスリップストリームを使い、メインストレートでペレスを抜き、2位を奪還してメルセデス1-2の可能性を復活させます。

47周目、ペレスはミディアムタイヤを履くためにピットイン。本来であればソフトに履き替えたかったのですが、もう手持ちのソフトタイヤがなく、ミディアムタイヤに交換。4番手のサインツの後ろで戻りますが、このミディアムタイヤはペースが上がらず、この後ペレスは順位を落とし7位でレースを終えます。

52周目にマクラーレンのノリスが電気系トラブルでリタイアしたため、セーフティカーが登場し、サインツがピットストップを行い、ソフトタイヤを履いて残り18周に臨みます。これで古いタイヤを履くメルセデスは最後のスティントで不利な立場になったと思われました。

ハミルトンは後続のマシンがよりフレッシュなラバーを使っていることを確認すると、2021年のアブダビを思い起こしたとしてもおかしくはなく、「後ろに新しいタイヤで走っているクルマがいるんだ!」と叫びました。

しかし、その心配は無用でした。再スタート後、ラッセルはピット入口のラインから加速し、最初のセーフティカーのとき同様リードを守りました。ハミルトンもそれに続きチームメイトについて行きます。2台のメルセデスがペレスを引き離すと、ラッセルは1.5秒差でゴールし、念願の初優勝を飾りました。

ラッセルは涙を流しました。「言葉を失うよ。インラップでは、ゴーカートで出会った両親や、家族、ガールフレンド、トレーナー、マネージャーからのサポートなど、すべての思い出がよみがえってきた。メルセデスのプログラムに参加する機会を与えてくれたグウェン(ラグリュー、メルセデスのドライバー開発アドバイザー)、ジェームズ・バウレス(チーフ・ストラテジスト)、トト(・ウルフ)などだ。彼らには感謝してもしきれないよ」。

ピレリのタイヤ交換タイミングリスト

もし、メルセデスが彼のマシンが水漏れしていることを秘密にしておかなければ、ラッセルはもっと早く泣いていたかもしれません。

「実際に最後まで行けるかどうかは明らかではなかった」と、リモートでレースに参加していたウルフは言います。「冷却水がなくなっても最後まで走らせて、とにかく完走を目指そうというのがみんなの意見だった」。

ただ1−2フィニッシュをとげたメルセデスのルイス・ハミルトンは少し困惑していました。ラッセルとともに1-2フィニッシュを達成したメルセデスの速さはどこから来ていたのかと尋ねられたとき、彼はその理由を説明できませんでした。レッドブルとフェラーリがブラジルGPで不調だったこともその理由の一つではあります。メルセデスが速くなったのか、それともライバルが後退したのか。答えはおそらくその中間にあると思われます。

メルセデスは先月、アメリカで今シーズン最後のアップグレードパッケージを投入しました。新しいウィングと改良されたフロアを装着したハミルトンはフェルスタッペンを脅かすことができましたが、それはフェルスタッペンの11秒という悲惨なピットストップにかなり助けられました。

そしてメキシコではより実力でレッドブルに迫れました。しかし保守的なハードタイヤへの交換と二台で戦略を分けないという決定により、今年の初優勝の望みは絶たれたように見えた。夏休み前に何度も宣言した「ポーパシングや大きなドラッグがあっても、2022年のレースでは勝てる」という言葉を実現するためには、残りレースは限られていました。しかし、8度のコンストラクターズチャンピオンに輝いたメルセデスは、インテルラゴスでついに勝利し、最近の好レースがまぐれでないことを証明しました。

インテルラゴス・サーキットコース図

土曜日のスプリントレースで勝利したラッセルが語ったように、彼とハミルトンは空力的な微調整以上に軽量なマシンをドライブしていました。チーム代表のトト・ウルフは多すぎるレース数による疲労を回避するため、ブラジルに飛ばなかったことを後悔しているようですが、メルセデスはシーズン序盤の問題のトラブルシューティングに追われ、開発プログラムが「8カ月から10カ月」遅れてしまったと言います。

フェルスタッペンの後半戦の圧倒的な速さには、重量減が大きな役割を果たしているため、軽いメルセデスが最近の速さを生み出した可能性は十分にあります。また、予算上限の導入により開発の制限がありますが、軽量化は風洞実験時間の制限とは関係ありません。そのためメルセデスにとって重量削減は取り組みやすい対象でした。

サーキットの特徴も、メルセデスの好調の原因のひとつです。メキシコシティは標高が高いため空気が薄く、W13の大きなドラッグを減らすのに役立ちましたが、今回のサーキットはメキシコほどではありませんが、高い高度にあり同様の効果を発揮しました。空力と軽量化、そして有利なコース。ラッセルは開幕戦バーレーンGPから「1秒以上」マシンが改善されたと評価しています。

メルセデスの進化もありますが、レッドブルが今季最も競争力のない週末を過ごしたというのも事実です。フェルスタッペンはFP1の序盤から彼の嫌いなアンダーステアを訴えていました。この週末はスプリントレースがあるというフォーマットのため、FP1が終わってすぐに予選です。するとそれ以降マシンのセッティング変更はできず、マシンはパルクフェルメで保管されほとんど触ることができなくなります。だからエンジニアたちはフロントウイングの微調整でフェルスタッペン好みのハンドリングに戻すしかありませんでしたが、これがうまく機能しませんでした。

インテルラゴスのサーキットはメルセデスには好条件で、レッドブルの週末は明らかに調子が悪く、それでメルセデスが優位に立ったのは確かです。レッドブルが今シーズンのような競争力のある順位に戻る可能性は、最終戦のアブダビGPの方が高いでしょう。とはいえ、この10カ月でQ1敗退から1-2を達成したラッセルの勝利は、メルセデスがいかに執拗に復活を追い求めてきたかを物語っています。

この勝利は彼らが獲得した8度のコンストラクターズタイトルよりも価値があるかもしれません。F1の世界ではトップから下位に落ちるのは簡単ですが、下位からトップに戻ることは何倍も困難を伴います。開幕時のトラブルを10ヶ月かけて解決し、優勝することは並大抵ののことではありません。

そして今、F1では早くも来季の三つ巴の戦いが見えてきました。そのため、この冬の開発がとても重要になります。ハミルトンの言葉を借りれば 「長い間、何が問題なのか、どうすれば解決できるのか、本当の意味で理解することができなかった。何度も何度も試して、新しいものが出てきても、また同じような問題が出てくるのだから」

「だから、これは本当に大きなことなんだ。北極星がどこにあるのか、この冬に全力を注ぐべきところはどこなのかがわかったのだから。チームのみんなには、本当に感謝している。彼らの努力なしでは、今日ここにいることできなかった……」。

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