ジョナサン・ウィートリーのアウディ傘下のザウバーでのチーム代表就任は、F1界にとって大きな衝撃だった。彼の存在は、レッドブルのエイドリアン・ニューウェイ以上に貴重であると考える者も少なくない。それは彼の経歴や成果、そして細部へのこだわりから来るものだ。
![](https://blog.passion55.com/wp-content/uploads/2024/10/SI202408310294-1024x671.jpg)
カート時代
「カート時代から彼を知っている」とデビッド・クルサードは語った。クルサードは2000年代半ばにウィートリーと共に、クリスチャン・ホーナーと協力してレッドブル・レーシングを中堅チームからチャンピオン争いに加わるチームに育て上げた。
「1980年代のカート時代、ジョナサンはメカニックだったんだけど、彼は作業中にいつも白い手袋をしていたんだ… それは当時では当然あり得ないことだったよ!カートは汚れていて油まみれになるのが普通だからね。でも彼は、清潔な手で作業することがいいことだと考えたんだ」
「僕たちは10代の頃からの知り合いで、彼は常にちょっと違うやり方をしていた。すごく几帳面な人だったんだ」
この当時の白い手袋をつけて作業を行っていたという逸話は、既に彼の独自性を示している。
レッドブル以前
ウィートリーのキャリアは1990年代初頭、ベネトンでのメカニックとしてスタートした。彼の初仕事は、レース中にリアジャッキを扱うことだったが、その当時から彼の几帳面な性格は際立っていた。
1996年にベネトンに加入した彼の元同僚であり、かつてのトロロッソやアルファタウリのスポーティングディレクター、グラハム・ワトソンは語る。「彼が僕のボスだったテストチームのチーフメカニックだった時、僕が初めて彼と一緒に働いた時のことだ。モナコGPの後、テストチームのナンバーワンメカニックが事故に遭って、僕が代わりを務めることになった。そのため、ジョンは月曜の朝7時にサーキットに来いと言ったんだ」
「だから、僕は夜遅くにイギリスに帰って数時間眠ってからサーキットに着いたんだ。そして、ジョンは僕を見て『おい、襟の一番上のボタンが閉まっていないぞ』と言った。それがジョナサンのディテールへのこだわりなんだよ」
「彼はすべての細かい部分まで目を光らせる。それこそが彼の成功の理由だ。人々はエイドリアン・ニューウェイの話をしているが、実際にはジョナサン・ウィートリーがレッドブル・レーシングにとって大きな存在なんだ」
![](https://blog.passion55.com/wp-content/uploads/2024/10/SI202409150318-1024x683.jpg)
レッドブル時代
2006年にレッドブルに加わったウィートリーは、スポーティングディレクター兼チームマネージャーとして、チームのピットストップを革新した。給油時代はタイヤ交換の時間より、給油の時間の方が長かったので、タイヤ交換には比較的余裕があった。だが給油時代が終わり、タイヤ交換のみで勝負が決まる時代に突入した際、彼はピットクルーの技術とチームビルディングを極限まで高めた。その結果、レッドブルは2秒の壁を破り、F1の新たな基準を創り上げることとなった。
ウィートリーが手掛けたピットストップの技術は、単なる機材の進化だけではなく、人間のパフォーマンスの向上にも重点を置いていた。彼はチームを引き連れ、スポーツクラブで筋トレや反射訓練を行うなど、徹底的にクルーの能力を向上させた。その成果は、レッドブルのピットストップが他チームを圧倒し続ける要因となった。当時、そこまでやっているチームはなかったし、レッドブルはその秘密を隠そうとしていた。
ワトソンはレッドブルのピットストップの偉業を誰よりも理解している。彼の所属するアルファタウリは、ほとんど同じ機材を使用していたからだ。
「みんな、高い機材を揃えれば稲妻のような速さでピットストップができると思っているけど、それは全く違うよ。僕もその場にいたから分かる。トロ・ロッソであのメンバーと何年も一緒に働いて、もっと一貫性を持たせようとしていたんだけど…」
「彼がレッドブルで成し遂げたことは並外れている。しかも、1年限りの成果ではない。彼らは何年も連続して、一貫してそれを達成しているんだ。それはすべて、彼のリーダーシップ、彼のモチベーション、人々を集中させる力にかかっているんだ。彼の存在はその大きな一因なんだ」
また、彼は単なるピットクルーの指導者ではなく、F1のスポーティングレギュレーションにも精通している。彼のルールブックに対する驚異的な記憶力と、それを活用する能力は、2021年のマックス・フェルスタッペンのタイトル獲得においても重要な役割を果たした。彼は、適切なタイミングで適切な言葉を使うことで、レースディレクターの判断に影響を与えることができたのだ。
彼はそのシーズンを通して、マイケル・マシやスチュワードと交渉を続けており、アブダビでも同様だった。おそらく、ウィートリーが適切なタイミングで正しい言葉を使ったことが、FIAのレースディレクターにその物議を醸す決定をさせたのかもしれない。
ウィートリーのチーム運営における才能は、彼の元同僚であるグラハム・ワトソンからも高く評価されている。ワトソンは「ウィートリーはすべての細かい部分に目を光らせる。それこそが彼の成功の理由だ」と語っている。彼の細部へのこだわりとリーダーシップは、レッドブルの成功の一因であり、その影響はチーム全体に広がっている。
![](https://blog.passion55.com/wp-content/uploads/2024/10/SI202409130098-1024x683.jpg)
Oracle Red Bull Racing Sporting Director Jonathan Wheatley
そしてアウディへ
アウディ傘下のザウバーでウィートリーがどのような役割を果たすのか、多くの関心が寄せられている。彼はサーキットでの運営を担当し、マティア・ビノットがファクトリーでの仕事を担当する体制になると思われている。この新しい挑戦は、ウィートリーにとっても大きな試練となるだろう。スイスに拠点を置くチームでの挑戦は、これまでのキャリアとは異なる課題が待ち受けている。
しかし、ウィートリーにはその挑戦を乗り越えるための資質が備わっている。彼の友人であるクルサードは「ジョナサンがこの仕事にふさわしい理由は、彼がディテールにこだわり、どのレベルの人と話す時でもその場に合った話し方ができることだ」と語っている。彼はメカニックとしての経験から、エンジニアやチームマネージャーとしての視点まで幅広い知識を持ち、その知識を適切に活用する能力がある。
ウィートリーのザウバーでの成功が期待される理由は、彼がこれまでのキャリアで示してきたリーダーシップと細部へのこだわりにある。レッドブルが失うことになる彼の存在は、エイドリアン・ニューウェイ以上の損失だと感じる人も多い。それは、彼がただのチームマネージャーではなく、レッドブルの成功を支え続けた「真の宝」であったからだ。
「ジョナサンがアウディ/ザウバーに移るのは、彼にとっても挑戦になるだろう」とクルサードは語る。「彼は今や知識と経験を持ち、パドック内でも知られているから、この役割を自分のものにすることは間違いない。チームは単に予算がないと言い訳するわけにはいかないし、何かを変える必要があるだろう」
「F1ではすべてが重要だ。それが現実なんだ。ある人は、特定のことだけが重要だと思っているが、実際にはすべてが重要で、何を優先するかを決めて問題を解決していかないといけない。ジョナサンは、きっと計画的に正しい人材を配置していくだろう」
「スイス(ザウバーの拠点)でその役割を果たすのは大きな挑戦だ。イギリス国外での挑戦に伴うさまざまな課題があるだろうけど、彼はそこに自分の痕跡を残し、成功することに疑いはないよ」
現在のF1はひとつのアイディアで1秒も速くなる魔法の弾丸はなく、細部から0.01秒を探り出し、それの積み重ねでしか速いマシンを作れないし、ピットストップのタイミングやタイムで上回れないと、レースで勝てないほど僅差の戦いを繰り広げています。ウィートリーはまさにその細部を見つめ続け、0.01秒を積み上げることの重要性を理解し、実行に移すことができる人物でした。彼の離脱は、単に優秀なマネージャーを失うということに留まらず、チーム全体のパフォーマンス向上の源泉となっていた「細部の探求者」を失うということを意味します。
そう考えると、ウィートリーの離脱は、ニューウェイの離脱より深刻だとは言いませんが、ニューウェイの離脱と同じくらいのインパクトをレッドブルに与えるかもしれません。ニューウェイが技術的な側面でマシン開発に貢献してきた一方で、ウィートリーはピットクルーの精鋭化や運営面での効率化を極限まで追求してきました。この両者の役割は異なるものの、F1の世界で勝つためにはどちらも欠かせない要素です。そのため、ウィートリーの離脱はチームにとって深刻な痛手となり得るのです。
今後、ウィートリーがザウバーでどのような成果を上げるのか、関心は尽きません。彼のリーダーシップと経験が、新たなチームにどのような変化をもたらすのか、その答えはこれからのシーズンで示されるでしょう。ウィートリーがザウバーでどのように自らの影響力を発揮し、チームの競争力を高めていくのか、そのプロセスを見守ることは非常に興味深いものとなるはずです。彼がレッドブルで培った成功の要件をどのように新たなチームに持ち込み、成果を上げるのか、その答えを待つことは我々にとって大きな楽しみである。