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怪物フェルスタッペンの光と影:終わらないレッドブルのセカンドシート問題

「今ならおそらく、自分一人でコンストラクターズ・チャンピオンシップを勝てると思う」。
2023年、イギリスGPを前にしたメディアセッションでマックス・フェルスタッペンが放ったこの言葉は、冗談交じりではあったものの、皮肉と真実が入り混じった強烈な一言だった。

彼がそう語った時点で、フェルスタッペンは個人で575ポイントを獲得していた。一方、コンストラクターズランキング2位のメルセデスは409ポイント。つまり、たった一人のドライバーが、他チームの二人分を圧倒していたのである。レッドブルの支配力と、フェルスタッペンの驚異的な強さを象徴するこの数字は、同時にレッドブルが抱える“もう一つの真実”を突きつけていた。――それは「セカンドドライバー」の問題だ。

2年経っても解決しないセカンドシート問題

2023年から約2年が経過した現在も、レッドブルのこの課題は根本的に解決していない。むしろ、より深刻になっているようにも見える。

2018年にダニエル・リカルドがチームを去って以降、レッドブルのセカンドドライバーは次々と交代してきた。ピエール・ガスリー、アレクサンダー・アルボン、セルジオ・ペレス、リアム・ローソン。誰一人として、フェルスタッペンに肉薄するようなパフォーマンスを安定的に示すことはできなかった。そして今、5人目のチームメイトとして角田裕毅がその座に座る。

だが、彼らが皆「能力がなかった」のかと言えば、決してそうではない。問題はより構造的で、深い場所にある。

データが示す、明確な“差”

フェルスタッペンとそのチームメイトたちの間にあるギャップは、数字としてはっきり表れている。

たとえば予選ペース。シーズン途中にレッドブルに昇格した2016年こそ、フェルスタッペンはリカルドよりわずか0.049秒遅かった。だが、翌年からは逆転し、その差は年々広がっていく。2017年には0.202秒、2018年には0.279秒速くなった。数字だけ見ればわずかな違いにも見えるかもしれないが、F1ではこの0.1秒がグリッドで数列の違いを生む。

そして近年、その差はさらに拡大した。2025年オーストラリアGP予選のQ1では、ローソンはフェルスタッペンに対して1秒もの差をつけられて脱落。上海ではスプリント予選(SQ1)で0.813秒、メイン予選Q1では0.750秒という大差がついた。

これらのデータは、単に「フェルスタッペンが速い」という話にとどまらない。「同じマシンに乗っても、他のドライバーではその性能を引き出せない」ことの証明でもある。

フェルスタッペンの走りに特化したマシン

この異常なギャップを生み出しているもう一つの要因が、レッドブルのマシンの特性である。アレクサンダー・アルボンは、レッドブルのマシンについてこう語った。「まるで感度100%に設定されたマウスを使っているみたいだ」。

つまり、非常に反応が鋭く、わずかな操作ミスが大きな挙動の変化を招く設計。特にフロントエンドが非常にシャープで、反対にリアはナーバスな挙動を見せる。こうした特性は、フェルスタッペンのドライビングスタイルに完璧にマッチしている。

マックスはアンダーステア(=曲がらない車)を嫌い、車が「鼻先からスッと入っていく」感覚を非常に重視することで知られている。一方で、リアが不安定であることを嫌うドライバーにとっては、こうしたマシンは恐怖の対象だ。コーナー進入時にリアが逃げる感覚は、自信を大きく損なわせる。

レッドブルはこの点について「車は特定のドライバーに合わせて設計していない」と繰り返してきたが、ホーナー代表は中国GPの週末に、そのバランスの取り方について率直にこう語っている。

「マックスは車が速くなるために何を求めているかが非常に具体的で、それは一般的に非常にポジティブなフロントエンド、非常にシャープなターンインだ」とホーナーは語った。「その結果、車のリアが不安定になることがある。ドライバーにとって、コーナー進入時にリアが緩いと自信を失うことになる。だから、そこがマックスが得意とするところで、彼はその境界線で走らせることができる。そして彼は常にもっともっとフロントを求めている。もちろん、速いドライバーの方向にチームは進んでいくので、車の開発においてもその方向に進むことになる」。

ホーナーは、これは新しい現象ではないとも強調した。最も優れたドライバーは、極端な特性にも対応できるとされ、彼はその例としてミハエル・シューマッハ(ベネトン時代)やアイルトン・セナを挙げている。しかし、チームが最速のドライバーに寄り添うほど、他のドライバーが適応するのは難しくなる。レッドブルも例外ではなく、ホーナーはこう説明した。「2022年初めを振り返ると、かなり安定した車があり、かなりアンダーステアがあったが、マックスはそれが嫌いだった。しかしスペインでのアップグレードで車にフロントを多く入れたところ、マックスは大きく進歩し、ペレスはその時点から成績が下降した」。

ホーナーは最後にこう述べた。「最速の車を作らなければならない。そして、そのために手に入れたデータとフィードバックを元に作業していく。チームとしては、特定のドライバーに合わせて車を作ろうとはしていない。ただ、手に入れた情報とフィードバックを基に、最速の車を作ろうとしている。それこそが、ここまで成功してきた証だ」。

これらの最後の発言は興味深い。ホーナーはレッドブルが「手に入れたデータとフィードバック」に頼っており、結果が導かれることを明言している。フェルスタッペンは近年、一貫してその結果を出してきたため、その方向に車の開発が進んだことは避けられなかった。その方向に進むのが理にかなっているのは、フェルスタッペンが現在レッドブルの唯一の優勝を競えるドライバーだからだ。車は彼のドライビングで最速でなければならない。それがフェルスタッペンのためだけに設計されたわけではないが、他のドライバーには厳しいかもしれない状況でも、フェルスタッペンが対処できる最速の車を作ることが、近年のレッドブルの成功にとって最も論理的な道だったと言える。

つまり、“マックスの好み”に沿った車作りが、結果的に“最速のマシン”を生む構造になってしまっているのだ。

他のドライバーにとっての“罠”

では、この構造の中でセカンドドライバーたちは何を求められてきたのか?答えは一つ、「フェルスタッペンの走りを再現しろ」ということだ。しかし、これは容易ではない。フェルスタッペンのスロットルワーク、ブレーキングポイント、ステアリングの入れ方――どれを取っても、彼独自の“限界域”でのコントロールが前提になっている。

ホーナーが述べたように、2022年のスペインGP以降、マシンは大幅にアップグレードされ、フロントエンドの応答性がさらに高まった。この変化はマックスにとっては大きな前進となったが、ペレスにとっては逆に成績が下降し始めるきっかけとなった。この時点で、チームは意図したか意図しないかは別として、「最速の方向=マックス仕様」を選んだのだ。

フェルスタッペンが去った後の世界

今のレッドブルは、明確に「マックスが最大限に力を発揮できる車」を開発し、彼を中心に戦略を構築している。だが、この構造には明確なリスクがある。

それは、フェルスタッペンがいなくなった時に、レッドブルが「何を拠り所に車を作ればいいのか分からなくなる」ことだ。マシンは「誰が乗っても速い」ものではなくなりつつあり、「マックスが乗れば速い車」になっている。

そしてこの構図は、現在のセカンドドライバーたちにとっても、大きなプレッシャーとなってのしかかっている。角田裕毅も、あるいはローソンも、その車の“最適な操縦法”を理解するまでに膨大な時間と適応を求められ、それでも到達できない可能性があるのだ。

フェルスタッペンは本当に“合わせてもらっている”のか?

一方で、フェルスタッペン自身は「自分には固定されたスタイルはない」と語る。「車が自分に合っているとは思わない。与えられたものに、最適に適応するようにしてきただけだ。アンダーステアがある速い車なんて経験したことがないし、どのカテゴリーでも、いつも“自分が適応する”側だった」

つまり彼にとっては、「マシンを自分に合わせてもらっている」という意識はなく、むしろ「自分が最も適応できるよう努力してきた」というのが実感だ。ここにも、フェルスタッペンが“例外的なドライバー”である所以が垣間見える。

成功と脆さの両立、それがレッドブルの現在地

レッドブルはこれまでの数年で、多くのタイトルを獲得し、F1界における最強チームとして君臨している。しかしその基盤は、“一人の天才”の肩の上に築かれた、非常に不安定なバランスの上にあるとも言える。

マルコは最近のインタビューでこう語った。「我々はマックスに勝てる車を提供しなければならない。それは当然のことだ」。だがそれは、裏を返せば「他の誰かのための車ではない」という宣言でもある。

セカンドシート問題とは、単なるドライバーの不振ではない。それは、“マックス・フェルスタッペンという成功の代償”が、今、最も鮮明に現れている現場なのだ。