2025年の日本グランプリ。ホームファンの声援を一身に受けて、角田裕毅がレッドブルのRB21をドライブした。これはただのFP1出走ではない。フェルスタッペンと同じマシンを操り、直に比較される“試金石”としての一戦だった。
正直に言えば、期待値は決して高くなかった。RB21というマシンは特異な挙動で知られ、ガスリーやペレスといった優れたドライバーでさえ、その“癖の強さ”に手を焼いた。そんなマシンに、事前の走行経験もない角田がいきなり乗り込み、成果を出す──それは現実的には「無謀」に近い期待だったかもしれない。
しかし、角田はその期待を“わずか0.107秒”という結果で大きく裏切ってみせた。しかも、そのタイムは「軽いガソリン搭載量」や「新品ソフトのアドバンテージ」といった一発芸ではない。ほぼ同条件で走行していたマックス・フェルスタッペンとの正面勝負。その上での0.1秒差であり、その価値は単なるタイム差以上に重い。

アプローチの違いから見える“理解の深度”
FP1での両者の比較は、RB21というマシンへの“アプローチの違い”を如実に物語っていた。
まずターン2〜3の流れ。フェルスタッペンはアクセル全開のターン2脱出後、軽くブレーキを一発入れて、マシンを縦方向に安定させてからS字へ向かっていた。これは、車体の荷重移動を最小限に抑え、ダウンフォースを安定的に発生させる、極めて精緻な操作である。
一方の角田は、より保守的なラインを取っていた。アクセルオフによって車体の姿勢を整え、旋回性を優先していたが、結果としてコーナー後半の立ち上がりで若干のロスが出ていた。
だが、角田が見せたのは“違い”ではなく“適応”だった。ターン5からの上り区間ではギアを5速まで落とし、エンジンブレーキを積極的に活用。後輪のスリップを抑えつつ、アクセルをじわじわと開けていく技術は、明らかにマシンの特性を理解し始めた証だった。

ダンロップ、デグナー、ヘアピン──詰めては離れ、再び迫る
特に印象的だったのは、ダンロップからデグナーにかけての動きである。
フェルスタッペンはダンロップ中盤でアクセルをわずかに戻し、旋回半径を縮めてマシンの膨らみを抑えた。対する角田は、そのままアクセル全開で引っ張るようにして走行。ダウンフォースに頼らず、機械的グリップで立ち上がるというチャレンジングなラインを選択した。
そしてデグナー1個目では、角田の方がやや速かった。だが、2つ目ではアクセルオンが慎重になりすぎ、逆に差を広げられてしまう。ヘアピンでも、フェルスタッペンは入口のスピードこそ高くなかったが、コーナー中にじわじわと速度を上げる“懐の深さ”を見せた。
それでも、角田はスプーンへの進入で再び速さを取り戻していた。フェルスタッペンが短く強めのブレーキでクルマの向きを変えていくのに対し、角田は早めに減速を終え、ロールスピードを維持しながら立ち上がる。結果として、脱出ではむしろ角田の方がスピードに乗っていた。

シケイン、極限の攻防
最も象徴的だったのは、最終シケインにかけての攻防だ。
130Rでは両者とも全開。スピードで決着がつくセクションではない。だがシケインでは、角田が一気に0.2秒を取り戻す走りを見せた。高い回転域をキープしながら、ブレーキングをギリギリまで引き延ばし、最終コーナーを完璧に抜けてみせたのだ。
このセクションでの差し返しは、単なるドライビングテクニック以上の価値がある。走行時間の短さ、初めてのマシン、そして鈴鹿というテクニカルなコース──そのすべてを踏まえた上で、「このマシンを理解した者の走り」ができていた。
ホーナーの否定と、それでも残る疑問
当然のように浮上する疑問がある。「角田はパワーユニットの設定を優遇されていたのではないか?」というものだ。
クリスチャン・ホーナーはこれを完全に否定し、「2人とも同じエンジンモードで走っていた」と明言している。しかし、ストレートエンドで若干回転数が高いように見えるセクションがあるのも事実だ。とはいえ、スプーンやヘアピン脱出の挙動を見る限り、大きな優遇があったとは考えにくい。仮にごく小さな調整があったとしても、それは0.1秒というタイム差を説明するには不十分だろう。

FP2は“幻”のセッション、雨の可能性が左右する週末の行方
午後のFP2は、ほぼ完全に混乱に終わった。4度の赤旗、草地での火災、限られた走行時間──これらにより、ロングランデータは全くといっていいほど集まっていない。
唯一、参考になりそうなデータはメルセデス勢のハードタイヤでのスティントだが、わずか3周という短さでは燃料負荷やタイヤ劣化を分析するには不十分。フェラーリとの比較では若干の優位が見えるものの、これが決勝でのアドバンテージを示しているとは限らない。
加えて、決勝日の天気予報には“雨”の文字が並び始めている。午前11時から午後2時の時間帯に降雨の可能性が高まっており、まさにレース開始時間に重なる。この不確定要素が、FP3の戦略にも大きな影響を与えることになる。

レッドブルに刻んだ「準備された才能」の証
角田裕毅のFP1での走りは、単なる“ホームレースでのご褒美”ではなかった。レッドブルという最強チームで、最強のチームメイトと、同じ条件で比較された結果だった。そして、その差はわずか0.1秒。
経験不足、初搭乗、走行時間の制限──そうした不利な条件にもかかわらず、彼は“速さ”と“賢さ”の両方で、鈴鹿を制してみせた。
果たしてこの走行が、将来の契約延長にどこまで影響を与えるかはわからない。だが一つ確かなのは、2025年の鈴鹿において、角田裕毅は「マシンを壊さず、速さを示す」という、最も難しく、最も重要な課題を完遂してみせたということだ。
それは、数字以上に強く、F1の現場に響いたに違いない。