2025年のF1日本GP、鈴鹿サーキット。マックス・フェルスタッペンが勝利を飾ったこのレースは、数字上は平凡に見えるかもしれない。だが、その裏に隠された勝利の決定打と、マクラーレンの敗北の理由を読み解くと、今年のタイトル争いにおける両陣営のスタンスの違いが浮かび上がってくる。

「0.012秒」が決めた運命
フェルスタッペンとノリスの間を分けたのは、予選Q3でのわずか0.012秒。そのわずかな差は、あるコーナーで1センチ広く走れたか、あるいはブレーキングで一瞬早く踏めたかの違いだった。そしてそれが、レースを分ける決定的な要素となった。そのタイム差がポールポジションを分け、ターン1での主導権争いに直結した。
鈴鹿のプラクティスではレッドブルRB21のアンダーステア傾向に苛立っていたフェルスタッペンだったが、予選ではすべてを完璧につなげてみせた。マシンの感触には最後まで不満を持っていたが、最後の最後でマシンの限界と格闘しながら最速ラップを刻んだ。
予選でのラップについて、フェルスタッペンはこう語っている。「完璧だったとは言えない。でも、自分の持ってるすべてを出し切った。そう感じたよ。こういうトラックでは、とにかく限界を攻めきることが大事なんだ」。もしこの予選での“鬼神の走り”がなければ、ノリスがポールからスタートしていた可能性は十分にあった。
また、ランド・ノリスも「ほとんど完璧なラップだった」と語る一方、「ほんの少し早くアクセルを踏んでいれば……」と悔しさをにじませた。100分の1秒単位の世界では、予選でのミスは即ち日曜日の敗北に直結するのだ。

スタートで勝負あり──ターン1の封鎖戦術
決定的だったのは、スタート直後のターン1。ノリスとほぼ互角の蹴り出しだったにもかかわらず、フェルスタッペンはわずかにトラック中央に寄せてラインを確保。これによってノリスは外側に追いやられ、仕掛ける余地を完全に失った。
「あそこを守れなければ、レースはまったく違うものになっていた。ノリスのスタートも良かった。でも、少しでもラインを先に確保できれば、彼は外側に行くしかない。それが鈴鹿だよ」とフェルスタッペンは語る。
この時点でフェルスタッペンは「レースを支配する」体制を築いたといえる。1周目終了時点で1秒差を築いたことにより、ノリスはDRSを使うチャンスすら得られなかった。
フェルスタッペンは「スタートがすべてだった。あのターン1を取れた瞬間に、主導権は完全にこっちのものだった」と語っており、スタート時の精密な位置取りがどれほど重要だったかがわかる。

「タイヤに優しい」マシンの裏目
ノリスのスタイルは、タイヤに優しいマシン特性を活かし、スティント後半で勝負を仕掛けるものだが、再舗装された今年の鈴鹿はその前提を覆した。デグラデーションが極めて低く、タイヤがほぼレースディスタンスを持ってしまう状況だったのだ。フェルスタッペンは、ノリスにDRS圏内に入られない程度にペースを保てばよく、これによってノリスの数少ない反撃の芽も摘まれた。
アンドレア・ステラは「我々のマシンは通常、スティント後半でタイムを削っていける。しかし、今回の鈴鹿は再舗装の影響でデグラデーションが極端に少なかった。つまり、“我々の強みが活かせないレース”になってしまったんだ」と語っている。
ノリスはそれでも後半にかけてペースを上げ、フェルスタッペンとの差を約1.3秒まで詰めたが、DRS圏内には届かなかった。0.3秒、0.2秒と差を詰めても、最後の0.3秒がどうしても縮まらない——それがフェルスタッペンのレースをコントロールする能力だ。

アンダーカットという名の「パラドックス」
コース上でのオーバーテイクが難しいと判断したマクラーレンは、ピットインのタイミングでアンダーカットを狙う。それが彼らの最後の望みだった。
まず20周目にピアストリを先にタイヤ交換するマクラーレン。しかしこれにより、次の周にノリスをピットインさせることが、レッドブルにわかってしまった。「オスカーを先に入れた時点で、我々はランドを次に入れるだろうと読んでいた。だから慌てる必要はなかった。焦ったら負けだよ」とホーナーはマクラーレンの意図を見抜いていたことを明かしている。
ではなぜマクラーレンは、ノリスよりピアストリを先にピットインさせたのだろうか。マクラーレンのチーム代表アンドレア・ステラは、ジョージ・ラッセルがハードタイヤに履き替えたことが、ある程度マクラーレンの戦略を制限したと語っている。ピアストリをラッセルに対して守る必要があったからだ。
デグラデーションが大きな問題ではなかったとはいえ、ラッセルが新品のハードで見せたペースは十分に脅威であり、マクラーレンのピットクルーを20周目終了時点で動かすに至らせた。そして、オーバーカットでタイヤの優位性を築く可能性がほぼ無かったことから、ノリスはこれ以上引っ張ることができなかった。
こうしてマクラーレンは21周目にノリスをピットインさせる以外の選択肢を失い、フェルスタッペンの後を追う形となった。それはまさに「ピットストップのパラドックス」だった。フェルスタッペンの後を追えば、順位は変わらないままという結末が見えていた。しかしマクラーレンは、ピット作業で1秒ほど速く仕上げることで、少なくとも逆転のチャンスを自ら作ろうとした。
そしてレッドブルのNo.1メカニック二人が家庭の事情で日本に来ていなかったレッドブルはいつもの素早いタイヤ交換が出来なかった。その結果、ピット出口ではフェルスタッペンとノリスが並びかけたが、マクラーレンのピット位置の都合上、ノリスはアウト側のレーンを走らざるを得なかった。フェルスタッペンには道を譲る義務など無く、当然のごとく、道を譲る気もなかった。トラックが絞り込まれていく中で、ノリスは一瞬だけ鈴鹿の枯れ草の上を走る羽目になり、押し出されたと報告したが、スチュワードはその主張を受け入れなかった。
ではもしノリスを20周目にピットインさせていたら、どうなっただろうか。後を走るノリスがピットインすれば、フェルスタッペンには為す術がなかった。もし仮にノリスが1周早く入っていれば、そしてフェルスタッペンと同じようなピット作業時間だったと仮定すれば、その1周の新品タイヤによるアドバンテージがあれば前に出られたかもしれない。もちろん「たられば」ではあるが、ノリス自身のミディアム末期とハード投入直後の差が0.4秒あり、ピット作業の差が1秒だったことを踏まえれば、2人の間にあった1.3秒のギャップは、ひょっとすれば埋められたかもしれない。

セーフティカーの影──マクラーレンの保守性
アンドレア・ステラ代表が後に語ったように、マクラーレンはアンダーカットに伴うセーフティカーリスクも考慮していた。「もしもノリスがピットに入った直後にアクシデントが起きていたら、ランドは順位を大きく落としていたはずだ」。
結果的にセーフティカーは出なかったが、こうした“もしも”への配慮が、マクラーレンの決断を保守的なものにした。
ステラは「フェラーリやメルセデスの位置を考えれば、リスクを取って3位以下に落ちるわけにはいかなかった。ただこの判断はランドのレースにとって致命的だった可能性がある」と述べている。

ピアストリという“もう一つの可能性”
レース終盤、フェルスタッペンとの差を詰めきれないノリスの背後にピアストリが迫る。彼は「自分の方がフェルスタッペンにプレッシャーをかけられる」と主張し、チームにポジション交代を要請。
一時は0.5秒差にまで詰め、DRS圏内でオーバーテイクを狙う動きも見せたが、ノリスはインを死守。チームとしても入れ替えを認めず、ピアストリの挑戦は実現しなかった。
実際、ノリスもフェルスタッペンが前にいなければ、もう少し速く走ることはできた。ただフェルスタッペンが前にいて、ダーティエアに苦しみながら、タイヤの温度管理をしなければならなかったので、ペースをコントロールしていた。
データ上、ピアストリのペースはノリスよりやや良かったが、0.1〜0.2秒という僅差ではオーバーテイクは難しく、ステラも「実際に交代していたとしても、結果は同じだったかもしれない」と語っている。

王者は「勝ち方」を知っている
フェルスタッペンは決して完璧なマシンではなかったにもかかわらず、予選、スタート、レースマネジメント、そしてピット出口での攻防──あらゆる場面で最適な判断を下した。「レースを支配するとはどういうことか」を改めて示した内容だった。
彼自身も「この週末、クルマの感触には満足していなかった。でも、結果を出すのが僕の仕事だ。デグラデーションがほぼ無かったことは助けになった」と認めつつ、「でも、それに依存していたら勝てなかった。自分たちの強みは、どんな状況でも勝ち方を知っていることだ」と語っている。
一方のマクラーレンは、ドライバーもマシンも決して劣っていなかった。それでも勝てなかったのは、最終的に「守る姿勢」に徹したからだ。もちろん選手権争いを考えれば、その判断は理解できる。
だが──F1において、リスクなしに得られる勝利など存在しない。フェルスタッペンの勝利は、マシンの性能差ではなく、「勝負に掛けるスタンス」の差によってもたらされたのだ。