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【分析コラム】なぜレッドブルのマシンは「速くて、難しい」のか?──空力の限界点を攻める設計思想とその代償

2025年、レッドブルのマシンは依然として速さを誇っている。だが、同時に多くのドライバーが「扱いづらい」と口を揃える“じゃじゃ馬”でもある。スピードと引き換えに、何を失ったのか?──そして、なぜそんな設計を選んだのか?

その答えを求めていたところ、あるエンジニアの話が興味を引いた。かつてフェラーリでシューマッハのマシンを手がけた彼の言葉は、実に示唆に富んでいた。

■「なぜそんなギリギリを攻めるのか?」という疑問

飛行機の翼は、ある角度を超えると失速してしまい、揚力を失い、抗力が増える。だがF1マシンは違う。小さな空力領域の失速には、時に“利点”すらあるという。

この設計哲学こそが、レッドブルが“ギリギリ”を攻める理由だ。空力的に「刃の上を歩くような」領域を走らせることで、他を寄せつけないピークパフォーマンスを追求する。だが、その代償は大きい。なぜなら、この領域で速く走れるドライバーは、限られているからだ。

■「小さなウィンドウ」が意味するもの

F1のパフォーマンス領域は、「小さなウィンドウ」という言葉で語られることが多い。
それは、マシンが最大限の性能を発揮できる条件が極めて狭いということだ。

そのエンジニアは、1990年代末にシューマッハとアーバインのためのマシンを設計した経験からこう語る。「マシンのピーク性能を追い求めれば追い求めるほど、精密な操作が要求され、ほんの少しでもバランスを崩すと、急激にグリップを失う」。

シューマッハはその極限でも安定して速く走ることができた。
だが、同じマシンに乗ったアーバインは、性能を引き出せなかった。

「その違いは、”シューマッハがメトロノームのように正確だったこと”だ。彼はマシンのポジショニング、ブレーキングのタイミング、ブレーキからのターンへの移行すべてが非常に正確だった。一方で、アーバインは…まぁ、もう少し“ひらめき”型で、精度は低かった」。

「その運転の精度の差が、マシンの挙動に大きな影響を与えた。 そして今のレッドブルもまた、ピーク性能を重視した設計になっていて、マックスが信じられないほど正確に運転できるからこそ、性能を引き出せている」。

これが、今のレッドブルの悩み、つまりフェルスタッペンと他のドライバーの関係である。

■空力とライドハイトの緻密なバランス

現在のF1マシン──とくにレッドブルRB21のようなグラウンドエフェクトカーでは、ライドハイト(車高)が空力性能に決定的な影響を与える。

ブレーキを踏むと、重量が前方に移動してフロントが沈み、リアが浮く。
この前後の動きによって、車体全体の空力バランスが崩れやすくなる。
とくにフロントウイングが路面に近づくと、フロントのダウンフォースが増す一方、床下やリアウイングへの空気の流れが遮られ、リアグリップが不安定になる。

つまり、空力的にも機械的にも「フロント寄り」になりすぎて、マシン全体のバランスが前に寄ってしまうのだ。

「ここでサスペンションの設計が非常に重要になってくる。 グラウンドエフェクトカーにおいては、サスペンション設計がパフォーマンスにさらに大きく影響するようになった。 今のF1マシンは、前の世代よりもずっと硬い。グラウンドエフェクトのフロアは、路面に非常に近いところで最も効果を発揮するから、最初から低めに設定されている。 そのため、前世代のようにピッチング(車体の前後傾き)を大きく使うことができない。これがカギだ」。

「 この世代のマシンは、フロアからものすごいダウンフォースを生み出している。でも、それは「正確な車高」でしか成立しない。 高すぎれば性能を失い、低すぎればフロアが失速してしまう。 だから今のサスペンションの仕事は、ブレーキングやコーナリングで車体が前後左右に動いている最中でも、フロアを設計通りの位置に保つことなんだ」。

■サスペンション設計──マクラーレンが見せた“対抗策”

この課題に対し、マクラーレンは新たなフロントサスペンション構造で対応してきた。
アンチダイブ(ブレーキ時のノーズ沈み込みを抑える設計)を強くかけた設計で、フロアの姿勢を保つ工夫がなされている。

これによって、ブレーキング時の姿勢変化が最小限に抑えられ、床下の空気の流れが安定。
結果として、マシン全体の挙動も素直になっている可能性が高い。

一方、レッドブルは高いダウンフォースを前提とした硬いサスペンションを採用し続けており、その代償として挙動の神経質さを抱えている。

■空力ヒステリシス──失われた渦は簡単には戻らない

レッドブルのマシンをより神経質にしている原因のひとつに、「空力ヒステリシス」という現象がある。

F1マシンの床下では、強力な渦(ボルテックス)が意図的に発生している。
これは、床下の空気圧を下げ、強いダウンフォースを生む要因だ。
だがこの渦は繊細で、ライドハイトや車体姿勢の変化で突然“失速”する。

そして、一度失速した渦は、単に元の状態に戻しただけでは再生しない。
“もっと戻りすぎる”必要がある──これが「ヒステリシス」だ。

つまり、ドライバーが一瞬グリップを失うと、すぐにはフルパフォーマンスに戻れない。
この「空力の遅れ」は、マシン挙動をさらに神経質にする。

■なぜチームはそんなリスクを冒すのか?

それでもチームがこの設計を選ぶのは、ストレートでの「抗力の削減」が見込めるからだ。

フロアが部分的に失速すれば、ダウンフォースとともに抗力も減る。
これは、加速と最高速に直結する。

つまり、コーナリング中の安定性をある程度犠牲にしてでも、直線スピードの向上を狙う。
このリスクとリターンの綱渡りこそが、今のレッドブル設計の核心だ。

「だからこそ、チームは「失速するかしないか」というギリギリのラインを攻めてくる。
そのメリットは大きいが、代償は「運転のしやすさ」だ」。

「たとえば、ロールが起きている場面では、片方のフロアでは空気の流れがしっかりくっついている一方で、もう片方では失速しやすくなる。もし、レッドブルのマシンがこうした失速を起こしやすい構造になっていて、ブレーキングゾーンでちょっとしたロールが入ったとしたら…」。

「その結果、マシンはとてつもなく神経質な挙動を見せることになる。そして、ミッドコーナーやブレーキング中に突然リアグリップを失うという状況は、本当に厳しい。ここでフェルスタッペンが登場する」。

■マックス・フェルスタッペンという“究極の精密機械”

こうした“ナイフエッジ”のマシンで結果を出し続けるには、ドライバーの精密性が絶対条件になる。フェルスタッペンは、その意味でまさに完璧なドライバーだ。

彼はラップごとのブレーキング、ステアリング、ライン取りを恐ろしいほど正確に再現できる。その精度があって初めて、レッドブルのマシンは速さを発揮できる。

「マックスは、ラップごとのドライビング精度が桁違いに高いから、この「グリップが落ちる直前の領域」でマシンを常にコントロールできる。でも、他のドライバーにとっては、ほんの小さなミスでもそのギリギリの境界線を越えてしまい、ミスに繋がる」。

だから、リアム・ローソンをはじめ、他のドライバーがこのマシンを手なずけるには、明らかに難しさが立ちはだかっている。

「正直に言えば、レッドブルのマシンは空力的には、少なくとも2チーム、多ければ3チームに劣っていると思う。でもマックスは、それを補って余りある走りができる。 マシンは硬くセットされ、空力的にも機械的にも「フロントが入りやすい」ように調整されていて、マックスはそれを使って見事に曲げられる。でも、そのためには本当に正確さが求められるんだ」。

■今、レッドブルが直面している“選択”

最速を追い求めた果てに誕生した、超・精密志向のマシン。
だが、その代償として操作性の難しさが常につきまとう。

そして、ここで根本的な選択が問われている。
ピークパフォーマンスをさらに突き詰めるのか?
それとも、ある程度の性能を犠牲にしてでも、どちらのドライバーでも速く走れる「扱いやすいマシン」にするのか?

そして、それはそもそも今の状況で可能なのか?

「さらに面白いのは、そんなマシンでさえも、フェルスタッペンが最近は苦戦し始めているという点だ。マックスはすごいけど、彼自身も不満を口にしている」。

「そして、このマシンは彼を中心に設計されたものだ。当然だよね。彼が勝ってるんだから。勝っているドライバーを中心にマシンを設計するのは当たり前だ。選択を迫られたとき、勝たせたいのはベストドライバーなんだから」。

もし、フェルスタッペンですら“扱いづらい”と感じるようになってきたのなら──
その問いの答えは、案外すぐに訪れるのかもしれない。