2025年シーズン序盤、ウィリアムズはミッドフィールドの中で最も安定した成績を収めている。第5戦終了時点でコンストラクターズランキング5位。特筆すべきは、アルボンとサインツの2人が25ポイントを稼ぎ、RB、アストンマーティン、ハースを上回っている点だ。
だがその裏側で、FW47の技術的な天井が明確になってきた。とりわけ露呈したのは、コーナリング初期における荷重移動とヨー発生特性に対する車体の応答性である。それを“可視化”したのが、カルロス・サインツの加入だった。

“コンバインド”とは何か:縦横のGを同時にコントロールする領域
F1で「コンバインド」とは、ブレーキング中にアクセルを残しつつ、同時に旋回を開始し、縦Gと横Gのベクトルを滑らかに繋ぐテクニックを指す。これによりドライバーはブレーキの抜き方とステアリング入力を協調させ、車体の姿勢変化(ピッチ+ロール)を利用してターンインを最適化する。
この複雑な操作を可能にするには、以下の技術的条件が求められる:
- 空力センターの安定性:車体ピッチングに伴う空力バランスの移動が小さいこと
- 前後のサスペンション周波数の整合性:特にリバウンド時の制動力に対してリアが過敏に反応しない構造
- 高精度なブレーキバイワイヤ制御(BBW):ドライバーの入力に対してリニアな制動力の変化
- ステアリングラックの応答性とフィードバックの一貫性:路面グリップ限界を高精度で伝達する機構
これらが不十分な場合、“コンバインド操作”はむしろ車体バランスを乱し、ターンイン過程でフロントの応答遅れやリアのブレイクを誘発するリスク要素となる。
サインツが直面した“フィーリングの断絶”
フェラーリSF-24においては、上述の条件がほぼすべて高いレベルで達成されており、サインツとルクレールは縦横Gの“クロスフェード”区間でタイムを稼ぐ習慣を身体に刻んでいた。
しかしFW47においては、その入力に対するシャシーの反応が非線形で、しかも急激である。つまり、ドライバーがブレーキとステアリングを同時に操作した際、
- 前後の荷重移動が予測しづらく、
- ダウンフォース量が減る局面で車体が不安定になり、
- 回頭が一瞬遅れ、そこからリアがスナップして破綻する
という現象が起こる。
特に鈴鹿のデグナー2(T9)とヘアピン(T11)では、この不安定性が極端に表れた。GPSテレメトリーでは、アルボンが早期ブレーキ+早期ターンインで慎重にラインを選んでいた一方、サインツは元来のコンバインド操作を継続し、リアが過敏に反応してタイムを失っている様子が見て取れる。
テレメトリ比較:各マシンの応答特性が分かるブレーキトレース
以下はヘアピン(T11)における3名のドライバーの挙動特性の分析:
ドライバー | ブレーキ開始速度 | 最低速度 | ブレーキ距離 | スロットル併用距離 | 減速Gピーク |
---|---|---|---|---|---|
フェルスタッペン | 264km/h | 77km/h | 64m | 10m(最大50%) | 約5.1G |
ピアストリ | 261km/h | 73km/h | 66m | 5m(最大33%) | 約4.8G |
アルボン | 267km/h | 71km/h | 58m | 9m(最大11%) | 約4.5G |
フェルスタッペンはより高い速度から短い距離で最大の減速を得ている。これはマシンの空力安定性と、ブレーキ制御系の精度、そして前後の荷重移動の速さをフルに活かしていることを意味する。
一方、アルボンはブレーキ操作の開始が早く、エンジンブレーキで減速しながら慎重に荷重をかけており、これは“コンバインドの代替行動”とも言える。

技術開発の方向性:空力センターと姿勢制御
ウィリアムズが今後解決すべき課題は明確だ。
- ピッチセンシティビティの抑制
→ 車高変化によるダウンフォース量の変動を小さく抑える空力設計(特にフロアとディフューザーの構造) - フロントアクスルの応答速度向上
→ 高速回頭性を得るため、プッシュロッド・ジオメトリとダンパーの再設計 - リアの安定性とトラクションの最適化
→ 加減速中のロール制御(ARBとスプリングレートの適正化)と、縦荷重に応じた空力バランス変化の補正(たとえばブレーキダクトウイングの再設計) - 高G領域における一貫したステアフィールの確保
→ シャシー剛性とラック比の再調整、さらにはEPS(電動ステアリング)のマッピング見直し
ドライバーの技術が“過剰”になるとき、マシンの課題が露呈する
サインツがフェラーリ時代に習得した高難度の“縦横Gのミックス操作”は、トップレベルのマシンでこそ威力を発揮する。しかし、それを受け止められないFW47は、むしろドライバーの技術が“オーバースペック”となり、ラップタイムを削る妨げとなっている。
とはいえ、この構造的な“食い違い”こそが、今のウィリアムズにとって最も価値ある診断装置になっている。ドライバーの入力とマシンの挙動のズレ――それを可視化し、開発に反映させることが、真の意味でのトップチームへの入り口となるのだ。