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マククラーレン、温存されたフロアアップグレード──勝利への慎重な一手

サウジアラビアGPで投入されると見られていたマクラーレンのフロアアップグレードは、テスト走行のみにとどまり、決勝では使用されなかった。開幕戦から強力なパフォーマンスを発揮してきたMCL39に、なぜ新パーツを即座に組み込まなかったのか。チームの戦略、判断の背景を詳しく読み解く。

マクラーレンが選んだ「使わない」決断

サウジアラビアGPの週末、マクラーレンは2種類の新パーツを持ち込んだ。ひとつはダウンフォースを向上させる新型ディフューザー、もうひとつはリアブレーキダクトウイングレットの新レイアウトだ。

オスカー・ピアストリのマシンにはFP1から新フロアが装着され、ランド・ノリスもFP2で使用した。しかしチームはセッション終了後、両ドライバーとも開幕戦と同じ仕様に戻す決断を下した。

特にノリスが予選でクラッシュした際、スペアパーツ不足の懸念がなかったことは、旧仕様のコンポーネントを引き続き使っていた証拠でもある。チーム代表アンドレア・ステラは「実際、僕たちはそれを使わなかった」と明言し、新パーツはあくまで評価用に持ち込まれたものであると強調した。

慎重なデータ分析とマイアミへの布石

開幕直後にシーズンを左右しかねない大規模な変更を加えるのではなく、マクラーレンはテストで得たデータを慎重に精査する道を選んだ。

マイアミGPまでの短いインターバル期間に、ピアストリとノリスそれぞれが新パーツで走ったフィーリング、ダウンフォース量の変化、タイヤ摩耗への影響など、細かなデータ解析が進められている。

昨年のマイアミでは、大型アップグレードを投入してシーズンの流れを大きく変えた。マクラーレンにとってマイアミは「勝負の地」であり、今回も本格投入の舞台となる可能性が高い。

サウジアラビアでは、別のアップグレード、低ドラッグ仕様リアウイングが初めてフルウィークエンドで使用された。このウイングはプレシーズンのバーレーンテスト、さらにオーストラリアGPの金曜プラクティスでもテストされたものだ。正式採用された背景には、空力操作疑惑が払拭され、FIAの強化テストにも問題なく合格した事実がある。

使われなかった新ディフューザー──その意義と影響

今回のディフューザーアップグレードは、いわゆる「パフォーマンスの底上げ」を狙ったものだが、チームはこれを「改善」であり「革命的な変更」ではないと認識している。

仮に金曜の走行データで、新ディフューザーがラップタイムを大幅に短縮する結果が出ていれば、週末を通して使用された可能性は高かった。だが実際には、マクラーレンが持つ通常のアドバンテージ──特にタイヤマネジメント能力──がサウジアラビアでは十分に発揮されなかった。

ステラは「通常なら終盤にタイヤをうまく使えるはずだが、今回はフェルスタッペンの方がスティントの後半に速かった」と語り、さらに「ルクレールも一段上のパフォーマンスを見せた」と認めた。

これはジェッダ市街地コース特有の高温・高負荷・低グリップコンディションが、マクラーレンのタイヤ管理能力を打ち消したことを示している。

MCL39、そしてアップグレードを急がない理由

2025年のMCL39は、すでにポールポジション争いや優勝争いが可能なマシンだ。昨年のように、シーズン途中で劇的なアップグレードによって別物に変貌させる必要はない。

だからこそマクラーレンは、「確信が持てるまで投入を待つ」という戦略を明確にしている。

今年は両ドライバーが選手権争いをしているため、一方だけに新パーツを与えてアドバンテージを偏らせるわけにはいかない。そのため、開発ペースを速める一方で、実戦投入には慎重さが求められている。

さらに、ステラ体制下のマクラーレンでは、「サーキットに持ち込むアップグレードはすでに信頼性と効果が確立されているべき」という方針が徹底されている。今回は特に、フロアというマシン全体に大きな影響を及ぼすパーツだったため、拙速な採用を避けたのだ。

マイアミでの「アップグレード第1波」を待つ

ステラは「間違いなくアップグレードを持ち込む必要がある」と明言している。マイアミでは、今回温存されたディフューザー、リアブレーキダクト、あるいはさらに微調整を加えた新仕様が正式投入される可能性が高い。

ただし、それは2023年のような大規模な改革ではない。むしろ、小さな改良を確実に積み重ねることによって、接戦のシーズンを制する戦略だ。

マクラーレンが選ぶ「急がない進化」。それは、タイトル争いにおける最大の武器となろうとしている。