2025年F1ベルギーGPは、マクラーレンのオスカー・ピアストリがタイトル争いのライバルであるチームメイト、ランド・ノリスを正面から破ったレースとして記憶されることになるだろう。そして、その分岐点は、まぎれもなく「スタート直後の一周」に凝縮されていた。

スプリント予選に表れた“ポールの罠”という予兆
この勝利の伏線は、週末初日の金曜にすでに現れていた。スプリント予選でピアストリは圧倒的な速さを見せてポールを獲得するが、直後のコメントが印象的だった。
「スパはポールポジションが最悪の場所のひとつだと思うよ」
実際、スプリントではその“予言”通りの展開となる。先頭で走るピアストリのスリップストリームをマックス・フェルスタッペンが完璧に利用し、スタート直後に前に出てそのまま逃げ切った。トップを走れば、クリーンエアを得られる利点もあるが、空力的に不利な“空気の壁”を切り開く役割が先頭には課されるため、低ドラッグ仕様のマシンにとっては追い抜きやすい展開になりやすい。ピアストリはそのリスクを肌で理解していた。
さらにスパは今や高速サーキットであり、モンツァ仕様のウィングを装着しているチームも多かった。ペラペラの薄いウィングは、元々ダウンフォースが少なく、ドラッグも少ない。となるとDRSで得られるゲインも少なくなる。スパで追い抜きが見られなかったのには、そういう背景もある。
雨の混乱、ローリングスタート、そして勝負の瞬間
決勝は天候に翻弄され、1時間20分のディレイの末、ローリングスタートで幕を開けた。ドライバーにとっては集中力の維持が難しい状況だったが、ピアストリはその間にも自らのプランを研ぎ澄ましていた。
レースは実質的にはほぼドライに近いコンディションで進行。5周目にグリーンフラッグが提示されると、ピアストリは即座に動いた。
ラ・ソース(ターン1)でノリスはわずかにトラクションを失い、後輪が滑る挙動を見せる。ピアストリはここで一気に距離を詰め、オールージュではアクセルのリフトを最小限に抑えて登り切る。ケメルストレートに入った瞬間、彼はノリスのスリップストリームに完全に入り込み、アウト側から驚異的なスピード差で並びかけると、ターン5(レ・コンブ)への進入で前に出る。
「勝てるチャンスは最初の周しかないと考えていた。だからオールージュではアクセルを抜かなかった」

分かれたピット戦略、ミスが命取りとなったノリス
コンディションがさらに改善しつつあったレース中盤、路面の乾きに合わせて各車がスリックタイヤへの切り替えを始める。
ピアストリはルクレール、フェルスタッペンと同時に反応し、即座にピットイン。選択したのはミディアムタイヤだった。一方ノリスは1周遅れてピットへ向かう。しかしこのタイミングが悪かった。タイヤ交換が1週遅れたことにより、5秒以上をロス。これは僅差の争いをしているふたりにとっては決定的な差となった。もちろん二台は僅差で争っていたので、ダブルストップをすればタイムロスがあった。しかし1周待ったことによるタイムロスは、それを遙かに上回った。
しかも左フロントタイヤの交換に時間を要して大きくタイムロス。さらに彼が選んだのは耐久性重視のハードタイヤだった。「ハードタイヤの方が最後まで走りきれると判断した。ピットストップの遅れは大きかったけど、あれがなければ違った展開もあったかもしれない」。
ノリスの主張には一理ある。実際、彼はハードタイヤで終盤ピアストリに迫っていく。しかし、問題は戦略だけではなかった。冷静さを欠いたドライビングが、幾度となく差を削るチャンスを自ら逃す結果となった。
プーオンではオーバーランし、ラ・ソースでは2度にわたるロックアップ。エンジニアのウィル・ジョセフが無線で「オーバードライブするな」と警告する場面もあった。
「焦らずに流れを取り戻せ。相手のタイヤは古くなり、自分の方がアドバンテージが出てくる」。というエンジニアリングチームの読みは正しかった。ピアストリのミディアムは残り5周でペースが低下したが、ノリスはその前にミスで自ら勢いを止めてしまった。
ピアストリが見せた“マネジメント能力”の進化
32周に及ぶミディアムタイヤのスティントは、タイヤの厳しいスパにおいては極めてリスクの高い選択だ。2023年のピアストリなら途中で再ピットを強いられていた可能性もある。だが、今回は違った。
「ミディアムで最初の5周は良かったよ」とピアストリ。「でもランドのハードがそれほど悪くなかったのを見て、25周近く残ってると考えると少し不安だった。でも最終的には想像よりうまくいった。少しは管理したけど、特別なことは何もしてない」。
ノリスには悔いはなかった。ハードタイヤ戦略が良かったと信じており、全力は尽くしたという。「ラスト数周はグリップの面で有利だった。でもピットストップは良くなかったし、僕は2番手で入ったから8〜9秒くらいロスした。そのギャップを埋めることができたのは誇れることだよ。全力を尽くしたけど、届かなかっただけさ」
そして改めて言えるのは、今年のベルギーGPはピアストリのタイヤマネジメントがどれほど向上したかを示したレースだった。他チームがドライバーを消耗品のように扱う中で、ピアストリは時間を与えられれば成長できることを証明した。
このコメントには、彼のタイヤに対する理解と信頼がにじむ。コンディションの変化を見極め、ペースとタイヤ摩耗のバランスを的確に取る判断力。タイヤマネジメントというスキルセットが、ついに彼の武器になりつつあることが証明された。

チームの方針と“リスペクトある自由”
マクラーレンCEOのザク・ブラウンは、2人のバトルについてこう語っている。
「彼らの争いは自由に任せている。ただし互いを尊重する限りにおいてだ。どちらかが無理をして相手に危険を及ぼすようなことがあれば、介入も辞さない。しかし現時点ではその必要はない」
また、戦略においてもチーム主導ではなく、ドライバー判断が尊重された。
「タイヤ選択は彼ら自身の判断だ。我々はそれぞれの選択にリスクと利点があることを説明した上で、自由に選ばせた」
この哲学こそが、今のマクラーレンを成功に導いている大きな要因である。
スパはピアストリ向き、ハンガリーはノリス向き?
スパ・フランコルシャンは、高速コーナーが連続するドライバーの“覚悟”が報われるサーキット。ピアストリの攻めの姿勢とマシンのバランス感覚が最大限に活かされた。一方で、次戦ハンガロリンクは低速域主体のテクニカルなサーキットであり、ノリスのスムーズなコーナリングと繊細なマシンコントロールが活きるはずだ。
現時点でピアストリがノリスに16ポイント差をつけてタイトルをリードしているが、展開はまだまだ予断を許さない。

タイトル争いは“精神面での戦い”へ
ベルギーGPで明確になったのは、勝敗を分けたのはマシンの速さではなく、メンタルと判断の精度だったということだ。
ピアストリは“計画された勇気”によって頂点に立ち、ノリスは“焦りからの空転”によって勝利を逃した。だが、次戦以降、同じ展開が繰り返される保証はどこにもない。
F1のタイトル争いは、今や技術戦争だけでなく、内なる闘志と冷静さの綱引きへと進化している。そして、観る者すべてを魅了する“チームメイト同士の頂上決戦”は、まだその序章にすぎない。


