スパ・フランコルシャンの空に差した光と陰。それは、まるで今季の角田裕毅そのものを映し出しているかのようだった。
予選ではキャリア最高ともいえるパフォーマンスを披露し、チームからは「素晴らしい」と絶賛される。しかし、決勝ではピット連携ミスによってポイントを逃し、6戦連続ノーポイントの記録を更新する結果となった。
ではこの週末を、ただの“惜しい一戦”として片づけてしまって良いのか? そこには、チームとの関係、新仕様の適応力、タイヤマネジメント、そしてレース運営に潜む課題が複雑に絡み合っていた。

レッドブル仕様のマシンを乗りこなした“スーパーブ”な予選
週末最大のポジティブ要素は、角田が予選で見せたパフォーマンスだろう。Q3に進出し、最終的に7番手を獲得。これはキャリアハイに匹敵する順位であり、特に注目すべきはその内容にある。
予選前に投入された新しいフロア──それでもフェルスタッペンと全く同じではないが──は、本来ならば週末途中での導入はセッティングの再調整や慣れの時間を要するリスクを伴う。だが角田は、このアップデートに見事に順応してみせた。
チーム代表ローラン・メキースは「新仕様で予選に臨むのは通常難しいが、角田は非常に早く適応した。本当に素晴らしい予選だった」とコメント。実際、彼の予選タイムはフェルスタッペンから0.4秒以内に収まり、これはスパでのチームメイト間としては2018年のリカルド以来となる接近度だった。
このパフォーマンスが示すのは、単なる一発の速さではなく、“トップチーム仕様のマシン”を自らの力で引き出せるドライバーとしての成長の証でもある。
フロアアップグレードの意味と影響
今回投入された新しいフロアは、レッドブルRB21の中でも最も影響力の大きい空力パーツの一つだ。ベンチュリートンネルを通じてグラウンドエフェクトを生むフロアは、ダウンフォースの半分以上を担っている。
アップグレードの狙いは、フロア後端部とディフューザーの気流管理改善によって、中高速域の安定性とドラッグ低減を両立させること。スパのような高速サーキットでは特にその恩恵が大きく、リアの安定性向上とターンアウト時のトラクション性能強化が見込まれていた。
このような新仕様に対し、角田は実戦投入初日に即座に順応した。予選ではその成果が数字となって表れたが、一方で決勝での効果は……後述する通り、やや疑問符が残る。

ミスコミュニケーションによる大失速
決勝レースでの最大の転機は、1スティント目終盤に訪れた。インターミディエイトからスリックへの交換タイミングで、角田が「ボックス?」と問いかけたのに対し、チームの返答はコーナー中という遅すぎるタイミングだった。
「ふざけんな! ドライだって言っただろ!」
無線越しの怒声は、その瞬間のフラストレーションだけでなく、自らのポジションが崩れていくのを悟った瞬間の本音だった。
レッドブルはこの判断ミスを全面的に認め、メキースも「呼び出しが遅すぎた。マックスと同じ周にピットさせる準備は整っていたが、呼ぶのが遅れた。それで3〜4ポジションを失った」と説明している。
結果的に、角田はポイント圏から転落。ガスリーの後方に貼り付きながら抜けず、最終的にノーポイントに終わった。
タイヤマネジメントに残された課題
新しいフロアが予選では効果を発揮した一方で、決勝での角田のロングランペースは物足りなかった。特にガスリー追走中、6周でようやくDRS圏内に入ったが、フェルスタッペンにはその間に1周あたり1秒差で引き離されていた。
これは、角田が以前から指摘してきた「タイヤが溶ける(graining)」現象が依然として解消されていないことを示している。
RB21は、特にリヤタイヤの温度管理に繊細なマシンであり、空力バランスとメカニカルグリップの両立が求められる。フェルスタッペンはその繊細なバランスを巧みに乗りこなしているが、角田は依然として“熱を入れすぎて持たない”という課題を抱えている。
今回は気温が低めでタイヤには好条件だったにもかかわらず、リヤタイヤのグリップが持続せず、ペース維持が困難だったという点は、次戦ハンガリーに向けた大きな不安要素でもある。

フェアな機会、そして限られた時間
スパで角田に与えられた新フロアは、フェルスタッペンとほぼ同等の装備だった。メキースは「今回はちょうどスプリントと予選の間という特殊なタイミングで部品が間に合った」と語っており、それが“特別扱い”ではないと強調している。
しかし、チーム内の雰囲気は明らかに変わりつつある。角田自身も、メキースとはより密な関係を築いていると語っており、これまで以上にチーム内での信頼と支援を得ている印象だ。
とはいえ、それでも“時間”には限りがある。すでに6戦連続でポイントを逃しており、これが続けばどれだけ内部評価が高くとも、結果が全てのF1では将来は保証されない。
次戦ハンガリーで求められるもの
次戦ハンガリーGPは、トラックポジションが極めて重要な低速サーキット。ここでの予選結果が決勝順位に直結する以上、角田には再びQ3進出、そして何より“決勝で結果を残す”ことが強く求められる。
スパでのパフォーマンスが“兆し”で終わるのか、それとも本格的な“転機”となるのか──。それは、アップグレードを活かすチームの運用精度と、角田自身のタイヤ管理能力が試される次戦に懸かっている。
輝きはあった。だが、それだけでは足りない
ベルギーGPで角田裕毅が見せた光は確かに本物だった。最新仕様への即時適応、予選での堂々たる走り、そしてチーム内での信頼獲得。
しかし、その光を覆う影──チームのミス、ロングランペースの課題、そして6戦連続ノーポイントという現実──は、まだ消えてはいない。
希望は見えた。だが、F1の世界でそれを“結果”に変えられなければ、次のチャンスは約束されない。次戦ハンガリーは、角田にとってその可能性を証明する重要な試金石となるだろう。


