F1ハンガリーGPでマクラーレンが見せた勝利へのアプローチは、シンプルな「スプリット戦略」の成功例ではない。そこには、刻々と変化するレース状況に応じた“判断の連鎖”があり、それぞれのドライバーの立場と心理に応じた選択があった。ランド・ノリスがワンストップ戦略を成立させて勝利を掴んだ一方で、オスカー・ピアストリもまた、理想的な2ストップ戦略を全うし、僅か0.698秒差まで詰め寄った。そして何より重要なのは、両者が“正しかった”という事実である。

■スタートでの遅れが分岐のきっかけに
予選Q3で風向きが変わったことが、すべての布石だった。ハンガロリンクは低速コーナーの多いテクニカルサーキットで、車体バランスやリアのトラクションに厳しい。マクラーレンはこの変化を読み切れず、対応することができなかったが、それでもピアストリが2番手、ノリスが3番手を確保したことは、マシンそのもののパフォーマンスの裏付けでもあった。
だが決勝では、序盤から両者の展開が分かれた。
ノリスはスタートで5番手に後退。ターン1でアロンソとラッセルに立て続けに抜かれ、1周目から防戦を強いられる形となった。一方のピアストリは2位をキープし、ルクレールとのバトルに突入。予想より速いペースで逃げるフェラーリに対し、14周目には3秒以上のギャップを許していた。
■ピアストリの「本命ルート」としての2ストップ
ピアストリに託されたのは、当初の戦略プラン――2ストップ。これはこのサーキット特有の「デグラデーションの大きさ」が理由だ。トラクションゾーンの連続と半径の長い低速コーナーが、ソフト〜ミディアムタイヤを容赦なく痛めつけるハンガロリンクでは、2ストップがセオリーとされていた。
ピアストリは18周目、予定よりやや早めにピットイン。新品ハードタイヤに履き替えてルクレールへのアンダーカットを狙ったが、フェラーリも即座に対応。順位は維持されるも、ギャップは約1.2秒まで縮まり、ピアストリの戦略は「正攻法」として進んで行く。
この時点でマクラーレンの戦略担当は、ピアストリに“正しい戦略”を与えたつもりだったし、それは実際に終盤の追い上げに繋がっていく。

■ノリスの「消去法」としてのワンストップ
一方のノリスは、ラッセルの後方で数周にわたり詰まり続けていた。DRS圏内にいながら抜けないフラストレーション。タイヤの消耗も進み、エンジニアのウィル・ジョセフが早めにタイヤ交換してアンダーカットを狙うと告げた頃には、すでに“通常の2ストップ”では勝てない状況だった。
そんな中、ラッセルが先にピットインして前が開けたことで、マクラーレン側に“変数”が生まれる。
「その時点で、オスカーから7秒、シャルルから8〜9秒離されてた。完璧な2ストップをやっても勝てる保証はなかった。それなら、やってみるしかない」。
ノリスは迷わずワンストップを選択。31周目にハードへ交換すると、そこから残り39周を持たせる“長丁場の耐久レース”に突入した。つまりノリスは積極的にワンストップを選択したというより、残された選択肢の中からワンストップを選択した。

■成立の鍵は「持たせながら攻める」技術
マクラーレンのアンドレア・ステラ代表も認める通り、当初はワンストップが成立するとは誰も思っていなかった。
「それでもランドは、すでにある程度使ったタイヤで、信じられないようなペースを維持した」
特筆すべきは、ピアストリが新品タイヤで走行していた33〜45周目の間。ノリスは20秒台中盤、ピアストリは21秒台前半〜中盤で推移しており、ラップあたり約0.3〜0.5秒という損失で踏みとどまっていた。これが、後の順位逆転を可能にした。
■ルクレール失速、そしてピアストリへの道が開ける
40周目、ルクレールが2回目のピットへ。ピアストリはその後、スティントをさらに5周延ばして45周目に最後のタイヤ交換を敢行した。これは、ルクレールを抜くだけでなく、最終盤でノリスを追うための布石でもあった。
実際、ルクレールは第3スティントで全くペースが上がらず、無線では「クルマが全くドライブできない」と怒りをあらわにしていた。後の調査で、シャシー側の不具合が疑われたが、ハードタイヤでの空気圧設定にも疑問が残る。
ピアストリは51周目にルクレールを攻略。ここから12秒差を追いかける“真の勝負”が始まった。

■残り19周の追撃戦――マクラーレン内部の自由なバトル
ピアストリは残り19周で12秒差を削り取るという、極めてタフなタスクを課されたが、チームからの指示は明確だった。
「好きにやっていい。ランドとのバトルに制限は設けない」
この“自由なバトル”の構図は、チームがドライバー双方に平等なチャンスを与えている証でもある。残り5周、差は2秒。ピアストリは全開で仕掛けにかかる。
だが、ここで立ちはだかったのは周回遅れの集団。ノリスはトラフィックに苦しみ、一時はラップタイムが大きく低下する。ピアストリが背後に迫った68周目には、いよいよマクラーレン同士の直接対決が発生した。

■ターン1の攻防と、その裏にあった“暗黙の了解”
68周目と69周目、ピアストリはターン1でのオーバーテイクを試みる。2度目のアタックではわずかにイン側へ飛び込みかけるが、ブレーキングでタイヤをロック。オーストリアGPの“ターン4事件”が脳裏をよぎった瞬間だった。
最終ラップ、ノリスはわずか0.6秒差で逃げ切りチェッカー。
「タイヤを持たせるのはできると思ってた。でも、それ以上に他のドライバーの前に居続けることが重要だった」と語るノリス。
「ランドと同じ戦略ができたか?それは僕にはわからない。でも勝つために最善のことをしたと思ってる」と悔しさを見せながらも、やるべきことがやったピアストリ。
両者のコメントには、互いの立場への理解とリスペクトが滲んでいる。

■マクラーレンの“統治”がもたらす自由と競争
このレースが示したのは、単なる戦略分担の成功ではない。マクラーレンが2人のドライバーに与えたのは、“最も勝てる可能性のある戦略”だった。
アンドレア・ステラはこう総括する。「ルクレールを意識しすぎて、理想の2ストップ戦略から外れてしまえば、それはオスカーにとってフェアではない。戦略の違いをどう活かし、どう尊重するか。我々はそのバランスを大切にしている」。
■この先の戦いへ――2人の“勝者”が進む未来
このレース後、ドライバーズランキングではピアストリが依然トップを維持しつつも、ノリスとの差は9ポイント。前半戦を経て、両者が拮抗した立場で夏休みに突入する。
戦略、技術、心理、そして信頼――それらすべてが噛み合って成立したこのハンガリーGPは、今季最も洗練された“レースマネジメントの結晶”だったと言っていい。
同じマシン、同じチーム、異なる道筋。だが、どちらも正解だった。
2人の若きエースが築くマクラーレンの新時代は、これからが本番である。



