フロア依存時代がもたらした新たな開発ターゲット
2025年のF1でアンチリフト型リアサスペンションが一気に注目を集める背景には、現行レギュレーションがもたらす構造的な要因がある。今のマシンはダウンフォースの大半をフロアで稼いでおり、ピークの数値を上げることよりも、そのピーク近傍で走れる距離と時間を延ばすことがラップ全体の速さにつながる。
言い換えれば、マシン姿勢を安定させること自体が性能の源泉になっているのだ。そこで、車高やピッチ変化を抑え、フロア空力を安定化させるための運動学的アプローチとして、アンチリフトが脚光を浴びた。

空力開発の飽和とリソースシフト
この動きの裏には、空力開発の限界効用が逓減している現実もある。エッジ形状やトンネル形状など、フロアの空力面は各チームが飽和域に達しつつあり、そこから大きなゲインを得るのは難しくなった。ならば、空力が安定する土台=サスペンションの運動学を磨き上げる方が効率的だという判断になる。
また、2026年レギュレーション対応のために風洞やCFDのリソースをシフトさせつつある後半戦では、空力以外で今季のパフォーマンスを伸ばせる手段として、サスペンション開発に目を向けるのは自然な流れだ。コストキャップの下でギアボックスやモノコックの全面刷新は難しいため、リンクジオメトリーやコンプライアンスの見直しは比較的現実的なアプローチでもある。
アンチリフトが狙うものと副作用
アンチリフトの基本的な狙いは、加減速やブレーキングといった荷重変化に対して、リアの車高やピッチ角の変化を抑えることにある。リンクの角度や取り付け位置を工夫することで、縦方向の力に応じた車体の持ち上がりや沈み込みを制御し、加速時のスクワットや制動時のリアのリフトを防ぐ。結果として、さまざまな速度域でフロアの“おいしい”高さを維持しやすくなる。しかし、姿勢を機械的に固める方向へ振ることで、路面追従性は犠牲になりがちだ。入力をいなす柔らかさを失えば、縁石での跳ねやすさやタイヤ温度の不安定さといった副作用が現れる。
効くサーキットと苦手な条件
そのメリットが最大化するのは、滑らかな路面と長い連続コーナーを持つサーキットだ。モントリオールのように縁石が低く、路面のバンプが少ない環境では、安定した車高管理が空力性能を存分に引き出す。一方で、モナコやハンガロリンクの一部のように縁石を積極的に使わざるを得ない場所や、低速からのトラクション勝負になる区間では、機械的なグリップ不足や挙動の過敏さがタイムロスを招く。

メルセデスが迷走した理由
メルセデスが経験した迷走は、その象徴だ。イモラで導入したアンチリフトは、一部のレースで外され、カナダでは見事な勝利を挙げたものの、ハンガリーで再び外される結果となった。この背景には、理想的なアンチ特性を設計するにはギアボックスの構造的自由度が大きく影響するという事実がある。
既存のケーシングに合わせて後付けでアンチリフトを組み込む場合、どうしても運動学的な妥協が生じ、理論上の理想からは離れてしまう。さらに、シミュレーターやリグで得られたデータと実際のサーキットでの挙動が一致せず、ある週末には効果的でも、別の週末には副作用が表面化するという“不安定な武器”になってしまった。カナダでの勝利は、路面や気温、縁石の条件が偶然にもこの仕様に最適化された結果であり、逆にハンガリーではその弱点が露呈したと見るべきだろう。
マクラーレンが成功させた鍵
一方で、マクラーレンはアンチリフトを単なる部品としてではなく、マシン全体の設計哲学に組み込むことで成功を収めた。フロントのアンチダイブ量やロールセンターの高さ、前後のピッチ剛性配分を空力マップと統合し、ギアボックスの設計段階からリンク取り付け位置を決めることで妥協を最小化している。
また、リンクを立ててもブッシュやベアリングのクリアランス、ケーシング剛性などで微小なたわみを許容し、路面入力を適度に逃がす工夫も施している。こうした全体最適化により、サーキットごとの条件に応じてアンチリフトの効かせ方を変え、メリットを確実に引き出しているのだ。

流行ではなく設計哲学
結局のところ、アンチリフトは“流行のパーツ”ではなく、“設計哲学”の一部である。それは単体で速さを生む魔法の装置ではなく、空力、車両運動学、コンプライアンス、そしてコース適合性を一体で設計したときに初めて真価を発揮する。逆に、そのいずれかが噛み合わなければ、セッティングの自由度を奪う“重い装備”に変わってしまう。
2025年のこのトレンドは、空力偏重時代の次のフェーズ――車両運動学で空力を活かすという発想の普及を示している。問題はただ一つ、自分たちのマシンにとって正しい効かせ方が何なのか、それを見極められるかどうかである。


