サウジアラビアGPは、オスカー・ピアストリにとってF1キャリア3勝目という華々しい成果をもたらしたが、その裏では、ターン1での攻防と、それに続くレースコントロールの判断が物議を醸す結果を生んだ。スタート直後、わずか168メートルで展開された攻防が、マックス・フェルスタッペンから勝利を奪い、同時に今シーズンのチャンピオン争いの流れを微妙に変え始めている。

スタート直後、主導権を奪ったのは誰だったのか?
予選でスーパーな走りを見せたフェルスタッペンに先行を許したピアストリは、自らのミスを日曜のスタートで取り返した。スタート直後、マクラーレンのマシンは圧倒的なトラクションを発揮し、ピアストリはわずか30メートルでフェルスタッペンの横に並びかける。その瞬間の加速力は、レースの流れを大きく変える決定打となった。
一方のフェルスタッペンは、軽度のホイールスピンにより加速がわずかに鈍り、ラインをイン側に変えて何とか防御しようとしたが、もはや手遅れだった。ピアストリはターン1のインを確保し、ブレーキングポイントでも優位を保つ。このとき、フェルスタッペンには2つの選択肢があった。1つは無理やりにイン側を締めに行くこと。もう1つはランオフエリアに逃げ、衝突を回避することだった。フェルスタッペンが選んだのは後者だった。
これは、F1でよく見られる「心理戦」だ。フェルスタッペンは、エイペックス(コーナーの頂点)で前に出ていれば、スチュワードからペナルティを受けることはないと考えた。彼は過去にも、同様の場面で「自分が前にいた」ことを主張して制裁を逃れた経験がある。今回も、その計算の上に動いたと言える。

審議の結果は「ピアストリに正当性あり」
FIAのスチュワードは、このターン1でのインシデントについて、ポジショニングデータ、テレメトリー、オンボード映像を精査した。その結果、ピアストリのフロントアクスル(前輪軸)がフェルスタッペンに並んでいたとして、フェルスタッペンが「アドバンテージを得た」と判断。ただ、スタート直後のインシデントだったこともあり、情状酌量の余地があると考え、通常の10秒ペナルティではなく、その半分の5秒タイムペナルティが科された。
この判断に対し、レッドブル代表のクリスチャン・ホーナーは激怒した。記者会見にはスクリーンショットの束を携え、「明らかにマックスはエイペックスで前に出ていた」と主張。だがFIAは「その瞬間」だけではなく、アプローチ全体を評価し、「オーバーテイクはトラック内で行われなければならない」という原則を貫いた。
マクラーレン側は冷静だった。ステラ代表は「オスカーは正当な位置にマシンを置いた」とし、以前ノリスが同様のケースでトラックリミットを超えた際には、自らポジションを戻すよう指示していたと強調した。つまり、今回マクラーレンは一貫した姿勢を取っている。

レッドブル 勝利への挑戦
レッドブルがポジションを戻さなかったのには、自分たちに正当性があると考えた以外にも理由がある。それは、ポジションを戻せばピアストリのダーティエアに巻き込まれ、不利になるからである。彼らは、もしペナルティを科されても、クリーンエアで走って5秒差を開いた方が優勝の可能性が高いと判断した。
そして実際、第一スティントの終盤、タイヤに優しいはずのマクラーレンのピアストリのペースが落ち、差が徐々に広がり始めた。これは、ジェッダの気温が下がってレッドブルに有利に働いたのと、ダーティエアの中で走っていたピアストリのタイヤが消耗したためである。
5秒以上の差がついてしまうと逆転できないので、差が3秒に近づいた時点でマクラーレンは、ピアストリを先にピットインさせる判断を下した。ただ、これにも課題はあった。まだ後続と差が開いていなかったため、渋滞の中にピアストリを戻すことになったのだ。実際、ここでピアストリはハミルトンの後ろでトラックに合流。しかもタイヤ交換にかかった時間は3.3秒。いいタイムとは言えない。
ここでピアストリは素晴らしい走りを見せる。通常は追い抜きが難しい場所で、しかも路面がかなり汚れているダーティサイドを通り、ハミルトンをオーバーテイク。もしこの時、ピアストリがハミルトンを即座に追い抜けず、あと2周ほど走っていれば、フェルスタッペンがタイムを稼いで順位を維持できていた可能性もあった。

「話さないほうがいい」フェルスタッペンの沈黙
レース後、ピアストリの勝利が決まった瞬間、カメラはフェルスタッペンに向けられた。パルクフェルメで元F1ドライバーのデイビッド・クルサードに「ターン1についてどう思うか」と問われたフェルスタッペンは、口を開こうとしなかった。
「うん、スタートがあって、ターン1があって、気づいたらラップ50だった。全部一瞬だったね。何か言えばペナルティを受けるかもしれない。だから、話さないほうがいい」
これは、明らかに心中に不満があることを示していた。だが、F1の世界では「不満を語る=政治的なダメージ」になるリスクがある。だからこそ、フェルスタッペンは沈黙を選んだ。

「最速はフェルスタッペンだった」──ノリスとピアストリの本音
優勝したピアストリも、「マックスの速さには驚いた」と認めている。特に第1スティント後半、フェルスタッペンのペースは明らかにマクラーレンよりも安定していた。気温と路面温度、そしてタイヤマネジメントという面で、RB20はMCL39を上回る可能性を見せた。
ランド・ノリスも同様の認識を持っていた。彼は「レッドブルは予選でも決勝でも我々と互角の速さ。マックスはたぶん今日一番速かった」と語っている。
ステラも、「サーキットのコンディションや温度、路面の性質が変われば、あるマシンが有利になることもある」と語り、「常にマクラーレンが最速だと決めつけるのは誤りだ」と釘を刺した。

ペナルティがなければ勝者は逆だったか?
このレースの構図を振り返ると、フェルスタッペンがクリーンに1周目を終えていれば、レースをコントロールして優勝していた可能性は高い。ペナルティによりピットストップ後のポジションが不利になり、ダーティエアの中で、結果として追い上げが困難になった。ただ、それでもフェルスタッペンにはペースがあった。
つまり、今回の勝敗はレースペースや戦略以上に、「誰がどこでスペースを与えるべきだったか」というレースガバナンスの問題に左右された。
そしてそれは、シーズンを通して再び物議を醸す可能性がある。なぜなら、この判断が前例となれば、今後同様のシチュエーションでドライバーたちは、より慎重な判断を迫られるからだ。

レッドブルの逆襲の始まり
今回の裁定は、マクラーレンとピアストリにとっては追い風だった。しかし、見逃してはならないのは、レッドブルとフェルスタッペンが「衰えている」という風潮に対して、実際のパフォーマンスがそれを打ち消しているという事実だ。
「見た目」と「実際」は、必ずしも一致しない。そして、その微妙なズレが、F1の本質を映し出している。我々は、もう今年マクラーレンのどちらかがチャンピオンを取ると決めかかっているようだが、どうやら物語はそれほど単純ではないかもしれない。なぜなら、レッドブルにはマックス・フェルスタッペンという魔法の杖があるからである。