2025年のF1は、開幕から予測不可能な展開が続いている。その中でも、オーストリアGPは今季屈指の“純度の高い”興奮を提供した。レースを支配したのはマクラーレン勢による接近戦——ランド・ノリスとオスカー・ピアストリによる、チームメイト同士とは思えぬ激しい攻防だった。
レース前からレッドブル・リンクは灼熱に包まれていた。スタートを前に、フェルナンド・アロンソは「シートが200度ある」と冗談めかして語るなど、極端な気温と路面温度が話題となった。これに拍車をかけたのが、カルロス・サインツのトラブルによるスタートディレイだ。待機時間が長引き、ドライバーたちの集中力とマシンのコンディションにも少なからぬ影響を与えた。
しかし、レースが始まってしまえば、物理的な暑さ以上に、マクラーレンのガレージに渦巻く心理的な“熱”が注目を集めることとなった。

チームメイト対決が意味するもの
マクラーレンは今季、ノリスとピアストリというふたりの実力派ドライバーに、ある程度の“自由なバトル”を許容してきた。しかし、2週間前のカナダGPでは両者の接触によりチーム内の緊張が一気に高まった経緯がある。そんな中で迎えたオーストリア。両者はあくまでクリーンに、だが妥協なき接近戦を展開した。
スタート時、ノリスは2番手スタートのシャルル・ルクレールのフェラーリを意識し、彼の進路をカバーするようにラインをインに寄せた。この判断によりルクレールは封じられたが、(3番手スタートの)アウト側スタートだったピアストリにはスペースが生まれ、彼はすかさずルクレールをパス。ターン3ではトップを伺い、さらなるポジションアップを狙ったが、直後にアンドレア・キミ・アントネッリがマックス・フェルスタッペンに激突。アントネッリの動きは、「意欲的すぎた」と表現するにはやや無理がある未熟なブレーキングだった。フェルスタッペンは予選での不運に続き、決勝でもオープニングラップでリタイア。これでセーフティカーが導入された。
このあと、ノリスは先行しつつも、ピアストリの猛烈なプレスにさらされる展開となる。ピアストリは背後に張り付き、ノリスのペースを崩そうと仕掛け続けた。この段階で既に、マクラーレンのピットウォールは極度の緊張感に包まれていた。
ノリスの冷静さが光った前半戦
ノリスは序盤にタイヤを温存し、後半でスピードを上げるスタイルを持つ。しかし今回は、ピアストリの接近によりその余裕は与えられなかった。セーフティカー明け、ノリスは即座に全開モードへ移行。ターン8での加速に始まり、序盤4周以内にDRS圏外へとピアストリを押し出そうと試みた。
だがピアストリは、それに対抗し0.9秒差を維持し、DRSを活かして猛追を開始する。この時点から約20周に及ぶ一騎打ちが幕を開けた。
ノリスはレース後、「(かなりプッシュしてた)、特に第1スティントはね」とノリス。「10周でフェラーリ勢との差は5秒くらい。タイヤがそこまでもつとは思ってなかった」と語る。極限のプレッシャーの中、タイヤのマネージメントを保ちながらリードを維持した彼の集中力は特筆に値する。

細部に宿る駆け引き:ピアストリの戦略的アプローチ
ピアストリにとって、勝負をかけるタイミングは10周目以降だった。DRSによるストレートでのオーバーテイクが難しいと判断すると、彼はミッドセクターに照準を定め、ターン6の進入ラインを調整するなど、空力の乱れ(ダーティエア)への対応も織り込んだライン取りでノリスに迫っていく。
ラップ11、ターン1での接近後、彼はターン3での仕掛けを選択。ノリスが早めにインを守ると、ピアストリはアウトから並びかけ、DRS検知ラインでは前に出ることに成功。これにより、次のターン4でノリスがDRSを獲得し、ポジションを守る形となった。
この攻防は、単なるスピード勝負ではなく、0.1秒単位の“心理戦”でもあった。
ピット戦略の駆け引きとチームの判断
14周目、ノリスのリヤタイヤが限界を迎えつつあった。ターン9ではグラベルに一瞬はみ出す場面も見られ、ピアストリが決定機を伺う展開に。そして迎えた20周目、ターン4でのブレーキングでピアストリがロックアップ。数センチの差で接触は免れたが、マクラーレンのエンジニア、トム・スタラードからは即座に「もう二度とやるな」と厳しい無線が飛ぶ。チームメイト同士の接近戦には、越えてはならない一線がある。
その後、ノリスはピットイン。だが左フロントの交換に手間取り、わずかなロスが生じる。一方、ピアストリには「今入れば1.5秒差、引っ張ればタイヤ差込みで4秒差」という2択が提示された。彼は後者を選び、後半のスティントに勝負をかけた。
「あの状況では、自分が2番手でピットするのは分かってた」とピアストリはレース後に語った。「だから、もしDRS圏内に留まれなければ、再び1秒以内に戻すのはかなり厳しいと思った。だから違う方向に行って、少しでも新しいタイヤで勝負しようと考えた。うまくいかなかったけど、意図としてはそれだったんだ」。

後半戦:トラフィックと判断が運命を左右
しかし、彼のピット作業でも左フロントの装着にわずかな遅れがあり、ピットアウト時の差は実際には約5.5秒となった。ピアストリのハードタイヤはノリスより4周分新しく、高速コーナーでのペースに優れていた彼は、ノリスとの差を徐々に詰め始め、一時は6.5秒あった差が、3秒台にまで縮小。
ただノリスは、多少余裕を持てるようになっていた。というのも、ピアストリからの猛烈なプレッシャーを受けていた序盤は、バッテリーを満足に充電することができなかったが、この時は比較的落ち着いてエネルギーを回収できる状況にあったからだ。
ピアストリがタイヤ差を活かし、近づいてきていたが、中盤に差し掛かる頃には、ノリスがトラフィックに引っかかるようになり、その影響でピアストリがさらに差を詰める展開となった。
「ピットストップのあと、ランドにあれだけフリーエアを与えたのは、ちょっと良くなかったかもね」とピアストリは語った。事実、その差はやがて再び安定し始めることとなった。
だが、その流れを断ち切ったのは、ノリスの2回目のピットイン時に伝えられた無線だった——「ドイツ・シチュエーションだ」。
これは2019年ドイツGPでの、セーフティカー下での判断ミスを暗示するコードワード。今回は、ピットのタイミングが勝敗を分ける鍵になるという意味だ。ノリスは52周目にミディアムへ交換し、トラフィック前に戻ることに成功。一方のピアストリは1周遅れてピットイン。戻った場所は、角田裕毅とフランコ・コラピントによる接近戦の直後だった。
コラピントがターン3でのバトル中に膨らんだ結果、ピアストリは芝生に押し出され、ここでの数秒のロスが最終盤のバトルに響くこととなる。それでもピアストリは追撃を続けて、差を詰めていく。

最終局面:わずかに届かなかった逆転劇
だが、残り3周というところでピアストリの追撃は止まった。差はついに1.8秒にまで縮まっていたが、そこに現れたのはラップ遅れになろうとしていた2台——アロンソとボルトレート。師弟関係にある2人が7位争いで真っ向からぶつかり合う中、ノリスはうまく間を縫って突破。一方のピアストリは彼らに引っかかり、オーバーテイクのタイミングを逃してしまった。あの壮絶な巻き返しは、まさにゴール直前で止まったのだ。
振り返ってみれば、最初のピットインの判断こそがピアストリの勝利を遠ざけた最大の要因だったと言える。ノリスに反応してすぐにピットしていれば……と彼自身もレース後に口にした。1.5秒差を同じライフのタイヤで詰めていくのは厳しいと感じていたようだが、序盤の驚異的なペースを見るに、それは不可能ではなかったかもしれない。
勝利の価値と意味
それでも、ノリスの勝利には大きな意味がある。メンタル面での揺らぎを指摘され、カナダでの接触事故という挫折を乗り越え、極限の状況下で勝ち切った。この勝利は、数字以上の価値を持っている。
ノリスは語る。「今週末になって急に全部うまくいき出したわけじゃない」とノリスは語った。「僕はすごく努力してる。トラックの外でも、チームと一緒に、シミュレーターでも、自分のチームとも、前よりもずっとたくさんのことをやってる。走りの面でも、それ以外の部分でも全部を改善しようとしてるんだ」。
「だからこそ、そういう努力がすぐ結果に現れてるのを見ると、前向きな気持ちになる。いい方向への一歩だよ。でも、まだ足りない。まだもっと欲しいんだ」。

チームメイト対決は序章にすぎない
今回のオーストリアGPは、ノリスとピアストリの実力がほぼ互角であること、そして両者が互いを本気でライバルと認識していることを印象づけた。マクラーレンにとっては朗報でもあり、同時にマネジメントの難しさが今後一層高まる兆しでもある。
この“チームメイト対決”が今後、さらなる飛躍を生むのか。それとも亀裂を生むのか。いずれにせよ、このチーム内対決は2025年シーズン最大の注目バトルの一つであることに疑いはない。
次戦の舞台で、ふたりは何を見せてくれるのか——再び、視線がマクラーレンに集まる。