2025年シーズン、マクラーレンは開幕から圧倒的なスピードを見せつけ、序盤戦を完全に支配した。だからこそ、アブダビでランド・ノリスがなんとかタイトルを獲得したときには、多くの人々が「マクラーレンは自らを苦しめる展開を招いたのではないか」と批判の声を上げることになったのは当然だった。実際、シーズン終盤には何度もマクラーレンがタイトル争いを決着させるチャンスがあった。にもかかわらず、ラスベガスでの失格やカタールでの作戦ミスといった失敗によって、マックス・フェルスタッペンとレッドブル陣営にタイトル争いの可能性を残してしまった。

開幕時の独走状態と、終盤に見せた不安定さとの落差は、「マクラーレンはチャンスを台無しにした」との見方を生み出し、その声をさらに大きくしていった。フェルスタッペン自身もカタールで、「僕らがこの戦いに残っていられるのは他のチームの失敗があったからで、僕らの一年間の努力の成果ではない。あれだけ支配的なマシンを持っていたマクラーレンの立場だったら、チャンピオンシップなんてとっくに終わっていたはずだ」と語っていた。
「同じマシン」ではなかった後半戦
だが、ここで早合点して「マクラーレンはチャンスを逃した」と結論づけるのは、実は大きな誤りだ。なぜなら、開幕時点でのマクラーレンの優位と終盤での苦戦は、まったく異なる条件下での出来事だからだ。メルボルンとアブダビでは、マクラーレンのMCL39とレッドブルのRB21は形式的には同じシャシーナンバーだったとはいえ、その実態はもはや“別のクルマ”だった。両者のパフォーマンスはシーズンを通じて絶えず変化し、互いに進化していたのだ。
マクラーレンの開発戦略:序盤集中、後半は切り替え
このような変化が起きたのは、両チームの開発方針が根本的に違っていたからに他ならない。マクラーレンは早い段階で今季をどう戦うかの方針を固め、現行レギュレーション最終年において、開幕から一気にパフォーマンスを引き上げることを狙って、非常に攻撃的な新設計を採用した。それによって序盤戦での主導権を握るだけでなく、頻繁にアップグレードを行わなくても優位を維持できると考えたのだ。そして、その浮いた開発リソースを、より早く2026年マシンの開発に振り向けることができるようにした。
実際、MCL39の開発で得た技術的な前進によって、マクラーレンは他チームよりも自分たちのマシンコンセプトとパフォーマンスを決定づける要素を深く理解していた。例えば、ダウンフォースが増したことでドライバーはマシンを無理にプッシュする必要がなくなり、それによってタイヤのスライドが減り、タイヤ温度の管理にも好影響を及ぼした。これは結果として、デグラデーションにも良い影響を与え、レースペースの安定性につながった。

レッドブルの後半戦攻勢とメキースのアプローチ
一方のレッドブルは、開幕時点で苦しい立場に置かれていた。RB21はコーナーでのバランスに難があり、マシンの弱点がパフォーマンスに直結していた。しかし、ルーラン・メキース新チーム代表は、あえてリスクを取りながらアップグレードをシーズン終盤まで続けるという、アグレッシブな開発戦略を選んだ。その結果、RB21のパフォーマンスは時間とともに向上していき、終盤にはサーキットによってはマクラーレンを凌ぐ速さを見せるようになっていた。
ただし、RB21には「セットアップウィンドウが非常に狭い」という構造的な弱点が依然として残っていた。その影響が大きく出たのがブラジルだったが、アブダビにおいては、マクラーレンのアンドレア・ステラが「レッドブルのほうが再び最速マシンだった」と認めるほど、RB21は進化を遂げていた。ステラはさらに、「彼らは中盤で直面したパフォーマンスの課題を非常にうまく克服してきた。シーズン最後に最も完成されたマシンになっていたことは、まったく驚きではなかった」と振り返っている。
レッドブルは「今季に全力」、マクラーレンは「未来に全力」
この両チームの開発戦略の違いは、実は前提条件の違いから来ている。レッドブルとしては、2026年から自社製パワーユニットに切り替えるという大きな転換期を前に、2025年がタイトルを狙える最後の年になる可能性があると考えていた。あるいは、2026年の競争力には不安があり、いま全力でやれることをすべてやっておこうという割り切りがあったのかもしれない。だからこそ、今季は多少のリスクを取ってでも組織の限界を試し、弱点を洗い出すことに意味があった。
それに対してマクラーレンは、今季の成績を少々犠牲にしてでも、2026年に向けてベストなスタートを切ることを優先した。ステラは、「もしMCL39の開発を続けていたら、確かにレース運びは今よりも楽になったかもしれない。しかしその代わりに、2026年の競争力は大きく損なわれていた」と語っている。
実際、カナダからオーストリアにかけての最後のアップグレードの段階では、たった1ポイントのダウンフォースを見つけ出すのに数週間を要していたほど、マシンはすでに限界に近づいていた。マクラーレンのエンジニアリングディレクターであるニール・ホールディは、「あの時点では0.03秒短縮できれば“良いアップグレード”とされていた。マシン全体で0.1秒削るのがやっとだった。そんな状況なら、設計初期段階で進歩のスピードが圧倒的に速い2026年のマシンに全リソースを投入すべきだというのが我々の判断だった」と明かしている。
さらにマクラーレンには、空力開発制限(ATR)によって全チーム中最も風洞とCFDの使用時間が短いという構造的なハンディキャップもあった。この制約の中で、2025年に全力を注ぎ続けることは、現実的ではなかった。

迫るレッドブル、揺れるマクラーレン
こうしたアプローチの違いが、最終的にはパフォーマンスの収束を生み出した。レッドブルはどんどん追い上げてきて、サーキットによってはマクラーレンを上回るようになった。特にMCL39の得意とする中高速コーナーが少ないサーキットでは、その優位性を発揮しきれず、接戦が増えていった。プレッシャーを感じたマクラーレンは、セットアップや戦略においてリスクを取らざるを得なくなり、その結果ミスが起きやすくなった。ラスベガスでの失格、カタールでの戦略ミスは、まさにその結果だった。
たった2点差でも、それは「勝利」
それでも最終的にノリスがアブダビでタイトルを獲得したことは、チームにとって“必要な最低限”の結果だったと言える。F1では、30秒差で勝っても3秒差で勝っても同じ25ポイントが与えられるし、チャンピオンシップを20点差で取っても2点差で取っても意味は同じだ。かつてアラン・プロストが語っていたように、「僕の理想は、最小限の努力でポールを取り、可能な限り遅いスピードでレースに勝つことだ」。つまり大事なのは“どれだけ速く走れたか”ではなく、“きっちり勝ち切ったかどうか”なのだ。
そういう意味では、マクラーレンにとって完璧ではなかったとはいえ、結果としてタイトルを取ったという事実だけでも、開発面においては「最高の仕事をした」と言えるのかもしれない。なぜなら、それ以上の努力をしても、得られる結果は変わらなかったからだ。

真価が問われるのは2026年
ただし、その判断が本当に正しかったかどうかが明らかになるのは、2026年シーズンが始まってからだ。もしマクラーレンが来季出遅れるようであれば、「あのときもっと今季に力を注ぐべきだった」と後悔することになるかもしれない。だが、逆にまた最速マシンを引っ提げて登場し、ライバルたちが2025年に力を使い果たしていたとすれば——そのときこそ、マクラーレンの2025年の判断は完全に正しかったことになる。




