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メルセデスの勝利が浮き彫りにした「フロントウイングのフレックス問題」

メルセデスがシンガポールGPのナイトレースで挙げた勝利は、ここ数ヶ月F1の技術的な舞台裏に隠されていた「フロントウイングのフレックス問題」を浮き彫りにした。

ファンの間では、メルセデスとレッドブルがシンガポールに投入した新型フロントウイングに対する注目度は決して高くなかった。しかし実際には、両チームとも2026年マシン開発に多くのリソースを割く一方で、直近の数戦を通じてこの領域の空力アップデートを継続していた。

レッドブルのアップグレード

メルセデスは7月末のベルギーGPで、レッドブルはその1か月後のオランダGPで、それぞれフロントウイングに特化した改良を導入。シーズン終盤に向けてのパフォーマンス向上を狙っていた。

4か月前のスペインGPから適用された技術指令「TD018」は、フロントウイングの過度なしなり(フレックス)を制限することを目的としたものだ。しかし、メルセデスとレッドブルの両陣営は、その厳しい制限内であっても、ある程度のフレックスを実現できる複合素材の開発を進めていたと見られている。

メルセデスがシンガポールで導入した新ウイングは、公式には「上部フラップの空力的改良」として発表された。見た目の変化は控えめだったが、オンボード映像にはフラップが明らかに“しなる”様子が映し出されていた。

あるメディアの報道によると、メルセデスのエンジニアたちはフロントウイングの柔軟性に注目し、とくにフラップ部分に焦点を当てて開発を続けていた模様だ。というのも、TD018によって、60Nの垂直荷重に対しフラップが3mm以上しならないように制限されているからである。

一方レッドブルは、RB21のアンダーステア改善を目的とした空力開発の一環として、シンガポールに新仕様のフロントウイングを投入。この仕様もまた、特定の荷重条件下で意図的にしなる構造となっている可能性が高い。

新ウイングはミルトンキーンズで設計され、シンガポールではマックス・フェルスタッペン車のみに装着された。特に注目すべきは、フラップを支える“フック”の配置が従来と異なり、構造的にも重要な役割を担っている点だ。

フレックスは依然として“制御された技術”の核心

F1マシンにおける最大の秘密のひとつは、依然として“制御されたフレックス”にある。この技術があれば、直線スピードを損なわずに最適な空力バランスを実現できる。

TD018の制約は厳格だが、チーム側にはスペインGPまでに新ルールに適応することが求められ、以降はFIAの検査をクリアしつつ空力弾性を取り戻すための開発期間が与えられた。

メルセデスは春以降、スペインGP以前と同等の“しなり”を再現するフロントウイングの投入を目指してきた。ただし、今回の焦点はウイング全体ではなく、フラップ部分に絞られている。これはコストや開発時間の制約によるものだ。というのも、2026年マシン開発はすでに初夏から風洞テストが始まっているためである。

フェラーリの失速と開発停滞

一方、フェラーリははるかに厳しい局面に立たされている。

先月のアゼルバイジャンGPでは、コンストラクターズランキング2位の座を明け渡し、シンガポールでも競争力を発揮できず、失望の週末となった。

SF-25は完全に開発の停滞期に入り、メルセデスやレッドブルに思わぬ形で追い抜かれている兆候がいくつも見られる。

関係者の話によれば、TD018の導入以降、フェラーリはフロントウイングの開発を実質的に停止。“制御されたフレックス”の研究も行われていないようだ。

その結果、SF-25のフロントウイングはスペインGP時点の仕様から大きく変わっておらず、残された開発リソースは、7月のベルギーGPで投入されたリアサスペンションの改良に集中された。

このサスペンション変更は、ドライバーの信頼感やブレーキング時の安定性向上を目指したものだったが、得られたデータによると、明確なパフォーマンス向上には結びついていない。

シャシーテクニカルディレクターのロイック・セラとチーム代表のフレデリック・バスールは、このサスペンション開発への集中を承認。空力部門を率いるダイエゴ・トンディが提案していた、バクー仕様の新型フロアを含む空力アップデート案は、棚上げされたままだ。

マクラーレンもまた、フロントウイングや構造的フレックスの開発はすでに打ち切っており、現在の順位に満足している様子がうかがえる。

だが、フェラーリ内部では失望の声が広がっている。なぜなら、サスペンションの変更は期待された成果を生まなかったうえ、空力開発の余地までも制限してしまったからだ。

マシンが悪化したわけではないが、改善にもつながらなかった。

それでもフェラーリは、メルセデスが今季初めに行ったような旧サスペンションへの回帰は行わない方針を示している。とはいえ、SF-25はすでにパッケージとして性能の限界に達しており、これ以上の伸びしろは見込めない。

投入リソースの選択が命運を分ける

空力開発とフレックス技術にリソースを投入し続けるレッドブルとメルセデスに対し、フェラーリはリターンの少ない領域に賭けた。その代償として、シーズン終盤の戦いにリスクを抱えることになっている。

現時点では、コンストラクターズランキング3位のポジションさえも、安泰とは言えない状況だ。