見えない境界線――プランクが決める速さと失格
F1マシンは数千点に及ぶ精密な部品で構成されている。空力的に洗練されたフロア、複雑な形状を持つサスペンション、緻密に制御されるパワーユニット。そのどれもが、現代F1の高度な競争を支えている。
だが近年、最も大きな話題を呼んでいるのは、そうした最先端技術の結晶ではない。むしろ、驚くほど「素朴」に見える部品だ。それがプランクアセンブリ、そしてスキッドブロックである。
2025年中国GPでのルイス・ハミルトンの失格、バーレーンでのニコ・ヒュルケンベルグの失格。さらにF2では、2024年ハンガリーでリシャール・フェルシュホールが同様の理由でリザルトから消えた。いずれも原因は、プランクの摩耗だった。
なぜ、これほど単純な部品が、最先端のレース結果を左右してしまうのか。

車高という「絶対条件」
現代のF1およびF2マシンにおいて、アンダーフロアはダウンフォース生成の中核を担っている。ベンチュリトンネルとロングディフューザーによって、車体下面では空気の流速が意図的に高められ、低圧領域が形成される。
ベルヌーイの法則が示す通り、流速が上がれば圧力は下がる。この単純な原理が、マシンを路面に押しつける巨大な力を生み出している。
そして、その効果を最大化するために不可欠なのが、極端に低い車高だ。マシンを地面に近づけるほど、ベンチュリトンネル内の気流は安定し、ダウンフォースは増大する。
つまり「低ければ低いほど速い」。これがグラウンドエフェクト時代の基本原則である。
しかし、その誘惑を無制限に許せば、マシンは路面に叩きつけられ、制御不能なダウンフォースの喪失や跳ね上がりを引き起こす。安全性と競争の公平性、その両立のために設けられた“物理的な歯止め”こそが、プランクなのだ。
プランクは「安全装置」であり「速度制限装置」
プランク(かつてのスキッドブロック)は、1994年、イモラでのアイルトン・セナの事故死を受けて導入された。目的は明確だった。
車高を物理的に制限し、過剰なコーナリングスピードを抑えること。そして、マシンが路面に強く接触することで生じる、突発的で危険な挙動を防ぐことだ。
プランクはフロアと完全に面一で取り付けられ、マシンのセンターライン上、前後車軸の間に配置される。位置や寸法は、F1・F2ともにミリ単位で厳密に規定されている。
これは単なる形式的なルールではない。プランクの摩耗量は、そのマシンがどれほど限界まで車高を攻めていたかを示す、動かぬ証拠だからだ。

ミリ単位が命運を分ける検査
F2では、プランクの厚さは5mm。公差は上下0.5mmで、レース後には最低4mm以上が求められる。測定は直径80mmの3つの穴で行われ、そのいずれかが基準を下回れば失格となる。
フェルシュホールのケースでは、後方の測定穴で3.7mmしか残っていなかった。それだけで、レース結果は無効となった。
F1はさらに厳しい。プランクの厚さは10mmで、公差はわずか0.2mm。セッション終了後には最低9mmが必要とされる。
ハミルトンのフェラーリは中国GP後の検査で8.6mm、ヒュルケンベルグのハースは8.4mmと判定された。数字だけを見れば、わずかな差に思える。しかし、この「わずか」が、レギュレーションの世界では決定的だ。
素材に込められた思想
F1のプランクは、パーマグラスと呼ばれるガラス繊維強化樹脂で作られている。後方にはチタン合金製のスキッドブロックが配置され、高速走行時に火花を散らすあの演出は、実は摩耗の副産物に過ぎない。
一方、F2で使われるジャブロックは、ブナ材を樹脂で圧縮成型した複合素材だ。軽量で、安価で、かつ摩耗特性が安定している。
F2ではコスト管理も重要な要素であり、素材選択そのものが、カテゴリーの思想を反映している。
さらにF2では、プランクは毎ラウンド新品使用が義務付けられ、シリアル番号による管理が行われる。セッション間での交換も許されない。
ここにも、プランクが単なる消耗品ではなく、「競技を成立させる基準点」であることが表れている。

地味だが、絶対に無視できない存在
プランクアセンブリは、F1マシンの中で最も目立たない部品の一つだ。空力アップデートのように注目されることもなければ、技術革新の象徴として語られることも少ない。
だが、その摩耗量は、マシンがどれだけ限界を踏み越えようとしたかを、雄弁に物語る。
グラウンドエフェクト時代のF1とF2において、速さと違反の境界線は、文字通りミリ単位で引かれている。そしてその境界を可視化し、守らせる役割を担っているのが、他でもないプランクなのだ。
華やかさとは無縁だが、これほどまでに厳格で、これほどまでに残酷な部品はない。
プランクは今日も、マシンの底で静かに削られながら、レースの正当性を支え続けている。




