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マクラーレンが封じた“逆転の青写真”——ノリスがつかんだ2025年王座の真実:アブダビGP観戦記

マックス・フェルスタッペンが勝ち、ランド・ノリスが表彰台を逃す——その二重の条件がそろって初めて、逆転王座のドラマは成立するはずだった。だが、マクラーレンはレッドブルの意図を事前に読み切り、その一手一手を封じ込めた。最終的に勝利を挙げたのはフェルスタッペンだったが、最大の栄光はノリスのものとなった。アブダビ最終決戦の裏側には、緻密な戦略戦が渦巻いていた。

アブダビの空気を満たした重圧

ヤス・マリーナに降り立った瞬間から、誰もが胸の奥に異様な緊張を抱えていた。世界三大スポーツのひとつとも形容されるF1の、その頂点を決める58周の勝負。結果だけを見れば、フェルスタッペンが力強く勝ち、2台のマクラーレンが続く「順当なレース」だった。だが、2025年というシーズン全体の文脈の中では、このレースはノリスに宿る一年分の重圧を振り払う儀式でもあった。

彼に安息など訪れない。フェルスタッペンも、そして同じマクラーレンのピアストリも、ノリスに一瞬の油断すら許さない強敵だった。しかし、ノリスは耐え抜いた。一年を通して彼を追い詰め続けてきた数々の試練。そのすべてが最終戦で再現されたかのようだったが、彼はついにそれを乗り越えた。フィニッシュラインを越えたとき、王冠は確かに彼の手に落ちた。

夏以降のレッドブル反攻と、マクラーレンの“逃げ切り構図”

フェルスタッペンは夏休み明けから獣のような勢いで追い上げた。ザントフォールト時点でタイトルは「死んだも同然」とまで言われたが、そこからの反攻は驚異的だった。104ポイント差を縮め、最終戦で逆転可能な12点差にまで近づけた。

RB21は後半戦で再び牙を取り戻し、アブダビでもフェルスタッペンはポールからレースを支配した。
しかし、マクラーレンはただ逃げたわけではない。レッドブルの“逆転シナリオ”をすべて予測し、2台の力を基盤にその包囲網を築いていた。

「平等」か「エース集中」か——哲学の違いが決勝を分けた

マクラーレンは1年を通して「2人に平等なチャンスを与える」という姿勢を崩さずにきた。それは柔軟性を欠くと批判されることもある。一方、レッドブルは明確なエースを中心とした戦略を構築するスタイルで、局面ごとの対応力は高い。しかし、その柔軟性こそが今回ばかりは裏目に出た。

マクラーレンはピアストリを“動く盾”としてではなく、戦略的価値を最大化するピースとして配置した。
ノリスとフェルスタッペンがミディアムでスタートしたのに対し、ピアストリは唯一ハードを選択。セーフティカーが出れば優位に立てる可能性を残し、出なかった場合もロングスティントで終盤の攻勢に備える構えを取った。

ローラン・メキースはレース後にこう認めている。「彼らの戦略は複数のシナリオに対応できる優れたものだった。我々はそこまで読めていなかった」。そしてもう一つ、重要な狙いがあった。

レッドブルの“バックアップ戦法”を封じ込めた瞬間

フェルスタッペンがタイトル逆転を果たすためには、単に勝つだけでは不十分だった。ノリスをトラフィックに落とし込み、表彰台圏外へ押し出す必要があった。そこで想定されていたのが、2016年ハミルトンがロズベルグ相手に用いた「意図的に遅く走る作戦」だ。トップに立ったフェルスタッペンがペースを落とし、後続を詰まらせることでノリスの走行を妨害するというものだ。だが、この計画には重大な弱点がある。

ピアストリが2番手に上がれば、フェルスタッペンは“車間を詰める”ことができないのだ。理由は、その状態でフェルスタッペンが先にタイヤ交換に入ると、彼は渋滞の真っ只中で戻ることになる。前が空いたハードタイヤを履いたピアストリはクリーンエアを利用して全開走行が可能で、勝利の可能性が大きくなる。そうなるとタイトルの条件上、フェルスタッペンは勝利を手放すわけにはいかず、意図的なスローペースが取れなくなる。

レッドブルが2016年のハミルトンのようにフィールド全体を引き寄せる戦術を考えていたか問われると、マルコはこう答えた。「彼ら(マクラーレン)は、ピアストリにハードタイヤを履かせるという賢い手を打ってきた。だからこそ、フィールド全体を引き寄せることができなかった。やったところで、その恩恵はピアストリ側にいってしまうだけだったからね」。

マクラーレンはこれを正確に読んでいた。そしてそのシナリオ通り、ピアストリは序盤のターン9でノリスを抜いて2番手に浮上した。アンドレア・ステラは後に語る。「クリーンに戦うという合意があり、ノリスが過度に抵抗しないことは戦略の一部だった」。つまり序盤にピアストリがオーバーテイクしたのは、作戦のひとつだったのだ。これにより、レッドブルの逆転戦略は“発動不可”となった。

王座へ向けたノリスの最終関門

ノリスがタイトルを得る条件は「3位以上」。序盤、調子を取り戻したフェラーリのルクレールが激しく攻め立てたが、ノリスは10周にわたりその攻勢を退けた。この耐久戦が後の展開を大きく左右した。

ピットインで生じたトラフィックの中でも、ノリスはアントネッリ、サインツ、ストロール、ローソンを連続で切り裂くように抜き去った。その先に立ちはだかったのが、角田裕毅だった。

角田には「ノリスを抑えろ」という明確な指示が出ていた。「2021年ペレスの再来」が期待されたが、そのブロックは不規則で、縫うような蛇行はスチュワードが問題視するレベルだった。ノリスはオフコースを使わざるをえなかったが、裁定は「角田がノリスを押し出した」という判断。ノリスはペナルティ負わず、重要な局面を突破した。

最後のピット戦争と、ノリスの“逃げ切り”

2ストップを選んだルクレール、1ストップのピアストリ、そして状況に合わせて動くノリス——
三者三様の戦略が最後の20周を彩った。39周目、ルクレールはミディアムを投入してツーストップの勝負に出る。ノリスも反応してピットへ向かった。勝負の分岐は、ピットアウト直後にラッセルを抜けるか。ノリスは一撃で仕留めたが、ルクレールはそれに数周を要し、その代償としてノリスとの差は5秒以上に広がった。

あとは“守るだけ”。ハードのノリスに必要なのは安定したラップを積み重ねること。追うルクレールはミディアムでタイヤは優位でも、その差を埋める時間が足りなかった。

レッドブルに必要だったのは、セーフティカー、運命の介入だったが、それは訪れず、マクラーレンがタイトルの主導権を完全に握ったままレースは終盤へ流れ込んだ。

「フェアに戦って勝てた」——ノリスが語った王者の矜持

レース後、ノリスは静かな誇りを湛えて語った。「自分のやり方でチャンピオンになれたと思っている。フェアに戦って、正直なドライバーであり続けたかった」。「もっと攻撃的になれたかもしれない。でも今年はそうする必要がなかったし、それが僕のスタイルじゃない」。

2025年序盤、マクラーレンの強さにより「退屈なシーズン」になると揶揄する声もあった。しかし実際には、フェルスタッペンが後半9戦で6勝を挙げ“104ポイント差を2点差まで縮める”という前代未聞の追い上げを見せたことで、一気に「歴史的シーズン」へと化けた。

フェルスタッペンは言う。「今年は人生で最も良いドライビングができた」彼が失ったのは王座ではなく、RB18以来4年間貼り続けた「#1」のステッカーだった。

そして、次の時代へ

2026年、新レギュレーションの幕開けとともに、新たな覇者が生まれるだろう。
フェルスタッペンが再び王座へ戻るのか、それともノリス、ピアストリ、あるいは第三の勢力が新たな物語を描くのか。

2025年のアブダビで刻まれたこのドラマは、確かにF1の歴史の新たな1ページとなった。
忘れ得ぬ一年——その終幕に立っていたのは、穏やかな笑みを浮かべた新王者ランド・ノリスだった。