イタリアGP決勝は、まるで2023年のシーズンをそのまま切り取ったかのようなデジャブを呼び起こした。かつて22戦中19勝を飾った“支配者”マックス・フェルスタッペンの姿が、モンツァで再び鮮やかに再現されたからだ。
ただし、単なる再演ではない。今年の勝利は、空力パッケージの選択、路面特性への対応、そしてドライバー自身の判断力が噛み合った進化版の“方程式”だった。しかし、どうして最速マクラーレンをフェルスタッペンは破ることができたのであろうか。振り返ってみよう。

スタート直後 ― 熾烈な1コーナー攻防
シグナルが消えると同時に、フロントロウの2台がほぼ同時に飛び出した。ポールポジションのフェルスタッペンは一瞬ホイールスピンを起こし、イン側から鋭い加速を決めたランド・ノリスが並びかけるが、そこはフェルスタッペン。いつもの厳しさを見せ、イン側を締めてノリスを芝生に追いやる。それに激昂したノリスはターン1のブレーキングを極限まで遅らせた。ただそれでノリスはアウト側にフェルスタッペンが走るスペースを残せず、フェルスタッペンは接触を避けるために、シケインをカットしてリードを守った。
通常のフェルスタッペンなら、追い出されたとか、スペースを残さなかったと主張し、順位を戻さない。実際、ノリスはフェルスタッペンが走るスペースを残せていないし、ノリス自身もコースから飛び出しそうになっていて、順位を戻す必要はないようにも見えた。ただこの日のフェルスタッペンは、チームからの指示に素直に従った。
それはなぜか。それはフェルスタッペンもレッドブルもこの日は、自分たちの方がマクラーレンより速いことをわかっていたからだ。そのため不必要なリスクを冒す必要はないと判断。フェルスタッペンは2周目のストレートでノリスにあっさりと順位を渡した。大観衆は総立ちとなり、一瞬だけマクラーレンの反撃かという期待が沸き立った。
だが、フェルスタッペンは冷静そのものだった。彼の無線からも焦りは感じられず、むしろ「ここからレースが始まる」と言わんばかりの余裕が漂っていた。
3周後、フェルスタッペンは冷静にスリップストリームとDRSを活用し、ターン1で再逆転。アウトから被せるように抜き去るその一撃で、早くも勝負は決まった。ノリスはレース後に「バトルはちょっと荒れたけど、まあ想定内だった。タフだったし、楽しかった。2周だけでもトップに立てたのは良かったけど、それが長くは続かなかった。マックスのペースが良すぎた。特に第1スティントではね」と敗戦を認めた。
トップに返り咲いたフェルスタッペンは順調にリードを広げた。5周目から26周目にかけて、フェルスタッペンは平均0.244秒ずつ差を広げ続けた。必要な時だけペースを上げ、ライバルの抵抗を封じ込める。これは2023年に見られた“勝利の方程式”の再現だ。

勝敗を分けた“極薄ウイング”の決断
ではどうしてフェルスタッペンは最速マクラーレンに勝つことができたのであろうか。
今年のフェルスタッペンは、予選で時には信じられない速さでポールを奪ってマクラーレンの計算を狂わせてきた。ただし、逆に“予選で速くても決勝ではタイヤで負ける”という展開も多く、レッドブルはタイヤマネジメントの面でマクラーレンに一歩劣っていた。
たとえばスパでは、フェルスタッペンのエンジニアたちはスプリントに向けてダウンフォースを削って勝利したが、44周の決勝ではタイヤが保たないと見て、再び空力を戻さざるを得なかった。
だが今年のモンツァでは事情が違った。昨年新たに舗装された路面が、タイヤのデグラデーションを劇的に抑えることに成功していた。フェルスタッペンとレッドブルは、昨年のレース内容をしっかりと分析し、モンツァ用の低ダウンフォースパッケージをきちんと開発し(昨年はなかった)、低デグラデーションでの可能性を最大限に探った。その結果、RB21はレースを「極薄ウイング」でスタートした
レッドブルのエンジニアたちはFP3終了後、少しだけダウンフォースを戻したがっていた。テクニカルディレクターのピエール・ワシェもリスクを懸念していたが、フェルスタッペンは「最低限のウイングでいきたい」と主張し、ワシェは彼の判断を受け入れた。この決断こそが、勝敗を分ける最大のポイントだった。フェルスタッペンは「限界は自分のドライビングで補える」と主張。リスクを受け入れた決断が、直線スピードとタイヤマネジメントの両立を可能にした。

マクラーレンの苦しい賭け ― セーフティカー頼みの戦略
マクラーレンには、勝つための選択肢がほとんどなかった。タイヤでの持久戦に持ち込もうにも、フェルスタッペンのミディアムは終盤に多少ペースが落ちていたとはいえ、第一スティント終盤にノリスが取り戻したタイムはわずかだった。
そこでマクラーレンは、スティントを引っ張り、セーフティカー登場に賭ける戦略を選んだ。ピレリのマリオ・イゾラは予選後、「ミディアムで30周以上走れれば、ミディアム→ソフトという戦略もあり得る」と話していた。実際には30周以上の走行もさほど難しくはなく、フェルスタッペンは37周目にピットインし、ハードタイヤでレースを締めくくる選択をした。
一方、マクラーレン勢は同じタイミング・同じタイヤで反応しても意味がないことを理解していた。もしレッドブルがピット作業を終えた後にセーフティカーが出れば、マクラーレンはロスタイムの差を利用して逆転できるかもしれなかった。
そしてそれが実現するかもしれなかった。41周目にサインツとベアマンが接触し、両車がスピン。コース上に立ち往生すれば、セーフティーカーが登場し、マクラーレンがフェルスタッペンを逆転できる。しかしながら、サインツとベアマンは何事もなく、立ち直り走り出したので、逆転劇が実現することはなかった。
その後、新品のハードを履くフェルスタッペンのペースは速く、瞬く間にセーフティーカーウィンドウを閉じさせて、機会の窓が開くことはなかった。
加えて、マクラーレンはピット作業の遅れや順位調整の判断で自ら可能性を狭めた。先にピアストリを入れた後、ノリスのピットが遅れ、順位を戻すための無線指示が飛ぶ――その間にフェルスタッペンは余裕を持って差を広げていた。
議論が巻き起こったのは「ノリスとピアストリを入れ替えるべきだったか」という点だが、本質はそこではない。なぜマクラーレンが勝利を争う位置にすら立てなかったのか、という問いこそ重要だ。

フェルスタッペンの存在感
対照的に、フェルスタッペンは一切の雑音を気にしない。彼の目的はただひとつ――勝つこと。会見ではマクラーレン勢に注目が集まる中、淡々と答えて会場を後にし、静かに家族のもとへ帰っていった。
芝生へ押し出されたと訴えるノリス、ピット戦略を巡って議論を重ねるマクラーレン。その喧噪をよそに、フェルスタッペンはモンツァでも冷徹に勝利を積み上げた。
イタリアGPは、フェルスタッペンの“勝利の方程式”が今も健在であることを証明した。極薄ウイングというリスクに見える賭けも、実際には緻密な計算に基づいたものだった。
一方でマクラーレンは、セーフティカー頼みの戦略に活路を見出そうとしたが、結果的に自ら機会を逃し、内部処理に追われる形でレースを終えた。
2025年のモンツァは、単なる2023年の再演ではなく、進化したRB21とフェルスタッペンの直感が融合した“新しい勝利の形”として記憶されるだろう。



