一時は絶望的に思えたタイトル争いに、再び火が灯った。オースティンの地でマックス・フェルスタッペンが挙げた完勝は、単なる勝利ではない。“逆襲”の始まりを告げる象徴的な一戦だった。

40ポイント差に迫る現実
夏休み明けのオランダGP終了時点で、フェルスタッペンとオスカー・ピアストリの差は104ポイント。タイトルの行方はすでに決したかに見えた。しかしその後の5戦で流れは一変する。フェルスタッペンが3勝を挙げた一方で、ピアストリは低迷。アメリカGPを終えた今、その差はわずか40ポイントにまで縮まった。レース後、フェルスタッペンは珍しく穏やかな笑みを見せた。「まだチャンスはある」。その言葉には、自らとチームの復調を確信する自信がにじんでいた。
F1ドライバーたちは現実主義者だ。チャンピオンシップについて問われれば、「一戦一戦に集中している」と答える。それは決まり文句ではなく、自らの精神状態を保つための自己暗示に近い。フェルスタッペンもまた、その信念を貫きながら、いつしか自らの言葉を現実に変えた。

マクラーレンの誤算:スプリントの代償
フェルスタッペンの勝利は、速さだけで得たものではなかった。マクラーレンはスプリントレースのターン1で両車を失うという痛恨のミスを犯す。ヒュルケンベルグがピアストリに接触し、その反動でノリスにもダメージが及んだ。
このリタイアで失ったのは、ポイントだけではない。ミディアムタイヤのデータがまったく取れず、レース本番に向けたロングランの材料を失ったことが致命的だった。さらにプランクの摩耗に関するデータが取れず、車高を保守的にセットしなければならず、これも決勝レースのペースに大きな影響を与えた。
対照的に、フェルスタッペンはスプリントでリアが跳ねる現象に苦しめられたが、決勝に向けた修正を完了。バンプの多いCOTAでも安定した挙動を得ていた。

メキース体制の“リスクを恐れぬ自由”
レッドブル陣営は、チーム代表ローラン・メキースによると、レースセットアップにおいていくつかリスクを取った。それは予選ではうまく機能したが、レッドブルの今季の弱点はそこではなかった。問題は決勝の56周をどう走るかだった。今年序盤、レッドブルは、フェルスタッペンの怪物的なアタックで予選は速いが、レースではマクラーレンに比べてタイヤのデグラデーションで劣る、というものだった。
しかし今のレッドブルは別物だ。夏以降、メキースが指揮を執ってから、エンジニアたちは大胆なセットアップ選択を試す自由を得たようだ。そして、今季型マシンの開発終盤にも関わらず、アップデートを続けている。これは技術的観点では意味がある。現マシンの弱点を深く理解しておけば、来季のマシン開発にも役立つからだ。この姿勢が、レッドブルのタイヤデグラデーション問題を劇的に改善させた。アメリカGPではミディアムの摩耗が最小限に抑えられ、レースペースの安定性が際立った。
フェルスタッペンの最大のライバルはノリスだと想定されていた。レッドブルの復調があっても、マクラーレンがレース中に主導権を握る力はあると見られていた。だがスプリント欠場の影響で、タイヤ戦略においてマクラーレンはリスクを取れなかった。

フェラーリの賭けが招いた“静かな援護”
ルクレールの戦略も、フェルスタッペンにとって追い風となった。上位で唯一ソフトタイヤを選択し、リスクを取ったフェラーリ。結果的にノリスの前に出たことで、フェルスタッペンは序盤から独走体制を築けた。
ルクレールはこう振り返る。「FP1でハードが最悪だった。もう使いたくなかったんだ」。その判断が、皮肉にもレッドブルの勝利を助けた。ノリスはソフトのルクレールを抜くためにミディアムを酷使し、序盤でタイヤを浪費。それがフェルスタッペンの9秒のリードという形で現れた。
フェルスタッペンにとって有利だったのは、クリーンエアとノリスがタイヤ交換後に再びルクレールの後ろに戻ったこと。タイヤ交換後にノリスは再び猛追し、6周でDRS圏内に入ったが、追い抜きは再び難航。ターン12での勝負に持ち込むには、ターン11から良い脱出を決める必要があったが、ルクレールの背後にいることでソフトタイヤがオーバーヒートし、ペースが上がらなかった。
タイヤの温度が限界に達し、ノリスはすべてを失ったと感じた。だがエンジニアのウィル・ジョセフが冷静に助言。「一度クールダウンして、あとで再アタックしよう」。これでノリスはルクレールを追い抜いたが、最大9秒まで広がっていた差を7.9秒にまで縮めるのが精一杯だった。
「タイヤマネジメントは今日本当に重要だった。でもそれが簡単じゃなかった。周回ごとに感触やバランスが違って、グリップも時々おかしかった」とフェルスタッペンは語った。「今日はとにかくミスをしないこと、一貫したドライビングをすること、バンプを避けて走ることが大事だった」。
「今日はペースがかなり接近していて、それが難しさの原因だった。確実に僕らの方が速かったけど、僅かな差だった」とノリス。「何度もプレッシャーをかけて、ミスを誘おうとしたけど、彼(ルクレール)はほとんどミスしなかった。でも第2スティントでは、タイヤを適正な温度に戻して、一度引いてから再びアタックして、うまく奇襲できたと思う。2位は素晴らしい結果。正直、2位は難しいと思ってたけど、最後には抜けて良かった」。

ピアストリ、沈黙の5位
ピアストリは5位でフィニッシュ。ラッセルを抜いて序盤は存在感を見せたが、それ以上は伸びなかった。マシンバランスを崩し、タイヤマネジメントにも苦しむ。ラップ平均でフェルスタッペンに0.4秒遅れを取ったことが、勢いの差を如実に示している。
次戦メキシコでは巻き返しが急務だ。しかし、過去2戦での最高位は8位と相性が悪い。対照的にノリスは昨年2位を記録している。それでも流れは明らかにレッドブル優勢だ。

“チャンピオン”が甦るとき
今季のフェルスタッペンは、もはやマシンの優位に頼る存在ではない。むしろ、逆境こそが彼を研ぎ澄ませる。「一貫したドライビング」という言葉の裏にあるのは、勝利への執念と冷静さの融合だ。
ピアストリがリードを守るには、マシンではなく“心”を整える必要がある。プレッシャーの下で真価を発揮できるか。そして、その隙を見逃さない男――フェルスタッペンが、再び“王者”として頂点に立つ日が来ると話しても、誰も笑わないだろう。
オースティンでの完勝は、数字以上に意味深い。フェルスタッペンが取り戻したのは、単なる速さではなく「勝つ理由」そのものだ。そしてピアストリにとって、それは初めて経験する“本当のタイトルプレッシャー”の始まりでもある。




