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フェルスタッペンが“風の街”を制した理由 ― バクーで示された王者の真価:アゼルバイジャンGP観戦記

アゼルバイジャンGPは、しばしば「波乱の舞台」として知られている。市街地特有の狭いコーナー、2kmを超えるロングストレート、そしてカスピ海から吹き込む強風。これらが絶妙に絡み合い、ドライバーの集中力を一瞬でも切らせば、容赦なくバリアへと吸い込む。

そんな“風の街”で、マックス・フェルスタッペンは圧倒的な強さを見せつけ、2連勝を飾った。だが、その勝利は単なる偶然やライバルの不運ではなく、周到に準備された戦略とドライバー本人の技量、そしてRB21の特性が見事にかみ合った結果だった。

予選での「決定打」

今回のレースは、実質的に予選で勝負がついていたと言っても過言ではない。赤旗6回という前代未聞の展開に混乱したフロントランナーたちが次々と脱落していく中で、フェルスタッペンだけが冷静さを保った。

ランド・ノリスはレッドフラッグにタイムアタックを妨害されるのを避けるために、Q3再開直後に飛び出す判断を下したが、それが裏目に出て汚れた路面の掃除役を引き受ける羽目になり、結果的に7番手。ピアストリは壁に激突し、ルクレールも壁に突っ込み5年連続ポールの夢を断たれた。ハミルトンに至ってはQ2で姿を消す始末だった。こうしてライバルが次々と転げ落ちる中で、フェルスタッペンは確実に、そして迷いなくポールを取った。

今回ピレリは、昨年よりも一段階柔らかいセットを投入し、最もソフトなC6コンパウンドを持ち込んだ。多くのチームがこの扱いに苦しむ中、フェルスタッペンはデグラデーション(性能劣化)を見事に制御した。FPから「C6はピークが短く、その後はグリップを失いやすい」という声が多かったが、フェルスタッペンはピークを無理に引き出さず、温度上昇を抑えながら安定したラップを刻んだ。レース後本人はこう語っている。「C6は難しいタイヤだけど、序盤からプッシュせず、必要なところでだけ負荷をかけた。だから最後まで感触を失わなかった」。

この冷静なアプローチこそ、同じ条件で苦しんだマクラーレンとの差を生んだ。

レッドブルのポール・モナハンはこう振り返る。「マックスは路面状況と風の影響を瞬時に理解し、それを走りに反映できる。彼はステアリングの微妙な修正とタイヤ温度管理を同時に行える数少ないドライバーだ」。

ハードスタートの妙

勝因のひとつは、ハードタイヤでのスタートだ。通常ならスタートでライバルに抜かれないように、柔らかい方のタイヤ(今回はミディアム)を履いてスタートするのが常道である。しかし今回、周りにいたのはウィリアムズのサインツやローソン、アントネッリといった“フロントランナー候補”ではない面々だった。つまり、固い方のタイヤを履いても、スタートや序盤で抜かれる心配が少なかった。

ローラン・メキースが語ったように、「マックスは“ハードで逃げ切る”という作戦を明確に持っていて、それをそのまま実行した」。これは単なる勇気ではなく、状況を見極めた上での必然だった。

セーフティカーの可能性が高いバクーで、序盤からリスクを負うよりも、硬いタイヤで引っ張り、状況をコントロールする方が合理的だ。もちろんこれは10周過ぎあたりにセーフティーカーが出ると、困ったことになる可能性もあった。ミディアム勢はこのタイミングでハードタイヤに交換して、最後まで行けるが、ハードを履くフェルスタッペンにはその作戦は取れないからだ。

それでもフェルスタッペンはそのリスクを引き受けた。ピアストリのオープニングラップのリタイアによってセーフティカーが出たが、これはさすがのミディアム勢にもタイヤ交換するには早すぎた。さらにフェルスタッペンは再スタートの加速タイミングを完璧にコントロール。サインツがタイヤを暖めるために蛇行した瞬間に加速するという、見事な駆け引きを見せ、サインツにまったく仕掛けの余地を与えず、この時点で、このレースはほぼ決していた。

RB21の特性と“自然体”の走り

今季序盤のレッドブルは、特に中高速コーナーでフロントの安定性を欠き、リアの動きも乱れがちだった。だが夏以降、フロアとディフューザーの設計を見直し、ブレーキングから旋回にかけての姿勢変化が滑らかになった。

この改良により、空力的なダウンフォース配分が安定し、風の影響を受けてもマシン全体が破綻せずに挙動を保てるようになった。バクーのようにストレートと低速セクションが混在するコースでは、この“安定性の回復”が決定打となった。特に旧市街セクションの低速区間では、アンダーボディ由来の強力なダウンフォースを発揮し、ドライバーに安心感を与える。

比較対象として興味深いのは角田裕毅との走りだ。角田は同じマシンでありながら、常に「暴れるマシンにしがみついている」ような挙動を見せる。一方でフェルスタッペンは、力でねじ伏せるのではなく、自然体でマシンを手懐けている。この差こそが、彼を無敵たらしめる要因だ。

事実、フェルスタッペンは全ラップで余裕を持って走り、タイヤマネジメントも完璧。気温の低さや突然の風向きの変化といった要素を吸収しつつ、自分のリズムを崩さなかった。

消えたオーバーテイクの可能性

今回のバクーでは、例年に比べてオーバーテイクが極端に少なかった。理由は2つある。

1つは、ピレリが持ち込んだ最も柔らかい三種類のタイヤが、予想に反してデグラデーションをほとんど見せなかったこと。タイヤ差によるペース変化が少なく、戦略的な逆転が難しくなった。また前を走るマシンに接近するとタイヤがオーバーヒートの兆候も見せた。ノリスが角田を抜けなかったのも、角田がローソンを抜けなかったのも、この特性によるところが大きい。

もう1つは、各チームが空力効率を高めるためにリアウイングを小型化している影響だ。メルセデスのショブリンが指摘したように、トウ効果とDRS効果がともに減少し、0.5秒差であっても追い抜けない状況が頻発した。

しかし、これらの“閉塞感”はフェルスタッペンにとって追い風にしかならなかった。ライバルが彼に迫ることすら難しい環境で、トップを独走する展開は理想的だった。

王座争いに吹く新たな風

今回の勝利で、フェルスタッペンはランキング首位との差を「69点」にまで縮めた。依然として大きな差ではあるが、タイトル争いの経験と実績を考えれば、決して安全圏とは言えない。

メキースは「シンガポールはまた別の話になる」と強調する。バクーのように低速区間は多いが、今度は高ダウンフォースが要求される。ブダペストで苦しんだように、レッドブルにとって再び試練の舞台となる可能性は高い。気温の高さやタイヤ管理の難しさも加わり、フェルスタッペンが再び優位に立てる保証はない。これはマクラーレンには有利に働く環境だ。

だが、バクーで見せた走りを踏まえれば、彼が再びタイトル争いに絡むシナリオは十分現実的だ。むしろ、マクラーレンにとっては「気を抜けば一気に追い上げられる」という警告のレースとなった。

この週末前に、マクラーレンのステラがチャンピオン争いにおいて、フェルスタッペンは侮れないと話していたが、誰も真剣に耳を傾けようとはしなかった。しかし、このレースを見る限り、彼の見立ては間違ってはいないことが証明された。

王者の真価

アゼルバイジャンGPでのフェルスタッペンは、予選の混乱を冷静に切り抜け、戦略を完璧に遂行し、マシンの強みを最大限に生かした。そこには、かつてモンツァやイモラで見せた圧倒的な支配力が甦っていた。

マクラーレンが築き上げたリードは依然として大きい。しかし、この勝利は「チャンピオン争いはまだ終わっていない」という強烈なメッセージである。バクーの風を手懐けたフェルスタッペンが、再びシーズン全体の風向きを変えるのか――シンガポールでの答えが待たれる。