Formula Passion

カタールが照らし出した“二つの真実”:マクラーレンの判断ミスと、ノリスの揺れる資質:カタールGP観戦記

カタールGPは、単なる戦略ミスによって勝敗が動いただけのレースではなかった。むしろレースの本質は、マクラーレンが下した“唯一の(間違った)判断”が引き起こした連鎖反応と、ランド・ノリスというチャンピオンシップリーダーの揺らぎをあらわにした点にある。そしてその裏では、マックス・フェルスタッペンの冷徹な勝利と、オスカー・ピアストリの復調が、静かにタイトル争いの風向きを変えつつあった。

週末前から、ノリスの言葉にはどこか不安定さが漂っていた。フェルスタッペンが「今年のマクラーレンに乗っていれば、すでにタイトルを決めていた」と挑発すると、ノリスはすぐに反応し、マックスはわかったふりをしているだけだとか、レッドブルは意味不明なことばかり言うと語気を強めた。挑発とは、受けた瞬間にその効果が成立するものであり、ノリスはその罠に真正面から飛び込んでしまったように見えた。王者に求められるのは、相手の心理戦に乗らない冷静さだが、この週末のノリスにはその余裕が欠けていた。

しかし皮肉なことに、そんなノリスの不安定さを表面化させず、むしろ覆い隠してしまったのがマクラーレン自身の判断ミスだった。ピアストリがスプリントで圧勝し、予選ではノリスに0.1秒差をつけてポールポジションを奪った。序盤6周までのレース展開は完全にピアストリのものだった。ロサイルは高速コーナーが多く、乱気流が発生して前走車を追いかけにくい。ピアストリは「抜かれないコースで、抜かれないペース」を手にしており、通常の展開であればこのレースは彼以外の勝利を考える必要がなかった。

しかし、7周目のセーフティカーがすべてを変えてしまう。ヒュルケンベルグとガスリーの接触という偶然の出来事が、ピレリが設定していた25周スティント上限にぴたりと重なり、ほぼ全チームが“圧倒的に有利なピットストップ”を得るためにピットインを選択した。唯一の例外がマクラーレンだった。アンドレア・ステラ代表は、全車がピットインするとは想像していなかったと語っている。トラフィックへの懸念があり、ダブルスタックによるロスも頭にあったというが、実際にはそれらの想定は誤りであり、むしろピットインしないことこそが致命傷となった。

色々と言い訳はあるのだろうが、トップを走るドライバーは2位と同じ作戦をとるのがセオリー。実際ピアストリが同じタイミングでタイヤ交換すれば勝てていただろう。そうするとノリスが待たされて順位を失うことになるが、それでもレースはまだ50周残っていて、順位の挽回は十分可能だった。確かに2位以下のドライバーがタイヤ交換に入るかどうかはわからないが、他の全チームがこのタイミングでタイヤ交換をした方が「圧倒的」に有利だと判断したのに、マクラーレンだけがそうしなかったのは、やはり誰が何と言おうと失敗したと言わざるを得ない。

この判断ひとつで、ピアストリは勝利を失い、ノリスは表彰台から滑り落ち、タイトル争いは一気に混迷へと向かった。フェルスタッペンは、まさにこの瞬間に勝利を確信したと言う。レース後、彼は「ピットのタイミングで勝てると思った」と淡々と語ったが、その言葉の裏には、マクラーレンの迷いを嗅ぎ取った確信があったのだろう。

ピアストリのレースは、それでも非の打ちどころがなかった。ピット後はアントネッリを速やかに抜き去り、サインツに圧力をかけ続けた。終盤に彼自身が提案したアンダーカット——ハードタイヤで早く攻めに転じるという判断は、ただ差を縮めるためではなく、フェルスタッペンを追撃するための“攻めの姿勢”だった。エンジニアのトム・スタラードから、1分22秒台を何周も続けないと勝ち目はないと伝えられても、ピアストリは迷いなく「やってみる」と返した。その気迫は、勝てるかどうかではなく、勝ちに行く姿勢そのものだった。

結果的には、最後までフェルスタッペンとの差を詰め切ることはできず、7.9秒差でのフィニッシュとなった。しかし、敗北の中でも彼が示した強さは鮮烈だった。ここ数戦で精彩を欠いていたとは思えない力強さで、ロサイルはまるで彼のホームコースのようですらあった。

一方、ノリスの週末はその対極にあった。Q3ではターン2でのエラーによってポールを逃したが、それでもフェルスタッペンの一つ前のグリッドは得た。ただしここは奇数グリッドの方がグリップが良く、スタート直後に出遅れて、フェルスタッペンに対してポジションを失ってしまう。さらに第2スティントではトップ勢よりも明らかに遅れを取り、フェルスタッペンにDRS圏内に入られる場面もあった。さらにレース中にはターン5で縁石を跨いだ際にフロアを傷めたりして、精神的な余裕を欠くような場面も目立った。

ハードへ交換した後もオーバーテイクの糸口をつかめず、アントネッリやサインツの背後で膠着状態に陥った。12周新しいタイヤを持ちながらも攻め切れなかったのは、物理的な難しさだけでなく、心理的な硬直も影響していたように思える。それでも終盤、アントネッリがミスをして順位を譲ったことで、ノリスは4位を確保し、フェルスタッペンとの差は10ポイントから12ポイントへとわずかに広がった。結果だけ見れば“命拾い”と言えるが、内容は王者としての安定感には程遠かった。

このマクラーレンの間違った判断で、ピアストリは実質タイトル争いの権利を奪われた。レース後の彼の表情は、勝利を失った以上にタイトルを実質失った絶望感に満ちあふれていた。そう考えるとマクラーレンのこの判断は正当化されるものではないだろう。ノリスとの16ポイント差は、ノリスがよほどのトラブルに巻き込まれない限り、逆転は難しい。

そして今、マクラーレンが最も避けたかった状況が現実味を帯び始めている。ステラ代表はシーズンを通じて「二人に自由に戦わせる」と語ってきた。しかし、アブダビでピアストリが前方を走り、順位を入れ替えればノリスがタイトルを獲得できるという瞬間が訪れれば、チームはどう判断するのか。ピアストリがそれを受け入れるとは限らないし、受け入れたとしても禍根は残るだろう。チームとしても公平性を掲げてきただけに決断を下しづらい。だが、タイトルの重みは、時に“公平”よりも優先される。ステラ自身が明言しなかったことが、その葛藤を物語っている。

対照的に、フェルスタッペンには何の迷いもない。失うもののない男は、時として最も危険な存在になる。カタールでフェルスタッペンは、スタートからピット戦略まで、すべての判断を正確に積み重ね、勝利への一本道を歩んでみせた。レース後の彼の口調は静かだったが、そこには揺るぎない自信が宿っていた。アブダビでも、彼は迷いなく攻めてくるだろう。いつものように勝利だけを求めて走れる者ほど怖いものはない。

カタールGPは、マクラーレンの判断ミスが注目を浴びたレースであり、ノリスの揺らぎが隠された週末でもあった。しかしその裏側では、ピアストリの復活とフェルスタッペンの冷徹な躍進が静かに物語を動かし、アブダビへ向かう緊張感を高めている。今年のタイトルは、最後の最後まで簡単には決まらない。むしろ、ここからが本当のクライマックスなのだ。